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第一章 夢と現実を見る少女 六話

 「はあー。分かった。とにかく入れ。試験を始める」


 男は深く落ち込みながら診察室へ入る。


 「はあー。幸先不安だな」


 しょげてしまう理亜。


 あの男の奇天烈な言動ばかり見ていたら、誰だってそう思って当たり前だ。


 理亜の立場ならなおさら。


 「安心しな理亜。もしもの時は、これで黙らせるから」


 郁美は自信満々にそう言いながら理亜の前で拳を強く握る。


 鉄拳制裁ですか?


 理亜は郁美に決め顔で親指を立てる。


 そして、中に入ってみても、至って普通の診察室。


 男の挙動から随分、ギャップがある印象を持つ理亜。


 どこが竜宮城なのか? そんな名前をコンセプトにしているなら、むしろ名誉棄損で訴えられてもおかしくないのに……。


 「で、何しに来た?」


 男は、理亜と座って向かい合うや否や、またもや奇矯な態度をとる。


 本当に先程の会話を綺麗さっぱり忘れたかのように。


 理亜と郁美は目を大きく開かせながらギョッとした表情で男を凝視する。


 「……冗談だ」


 男は口を真一文字にさせ渋い表情になる。


 理亜も似た表情になる。


 郁美だけは呆れて溜息を吐いていた。


 「テストを始める前に簡単な自己紹介でもしておこう。私はこの竜宮城病院の主治医、神崎豪真(かんざきごうま)だ」


 「私は千川理亜です。よろしくお願いします」


 淡々という豪真に対し、理亜は丁寧に挨拶をする。


 「母の郁美です。よろしくお願いします」


 郁美も先程とは打って変わって真摯に挨拶をする。


 「うむ。では早速始めよう」


 「ところで豪真先生は、おいくつ何ですか?」


 さっそく、と気持ちを切り替えた豪真だったが、理亜が興味本位でそう聞いた。


 「ん? 三九だが」


 「へえー。年齢より若く見えますね」


 豪真が首を傾げながらそう言うと、理亜は感心したような態度になる。


 「……プラス五点だ」


 そこで、豪真が少し訝しい目を理亜に向けていたかと思いきや、急ににっこり、頬に笑みを浮かべながらそう言う。


 「「えっ⁉」」


 理亜と郁美は、またまたシンクロし一驚する。


 「勘違いするなよ。私はこれでも人を見る目はある方だ。君が世辞で発言したかどうかは、一目で分かる」


 豪真が笑みを崩さず、見透かしているかの様な目でそう言う。


 理亜と郁美は、内心、ちょろい、と思いながら黙って頷く。


 「よし。今度こそ始めるぞ。君は義足を手に入れて何がしたいんだ?」


 豪真の主治医としての目線での質問に、理亜はどこか暗い面持ちになり、目線を下に下ろす。


 郁美は、理亜の精神状態が不安になり、憂慮するような目を理亜に向ける。


 「……実は私、小さい頃からバスケをやってたんです。でも、通り魔の様な人に、去年、刃物で、足を刺され、右足を失いました。それ以来、バスケをやる事は諦めてたんです。義足が欲しい理由は、またバスケがしたいからです」


 勇気を振り絞って口にする理亜に、先程とは違い、真剣な眼差しを理亜に向け、コクコクと頷く豪真。


 「でも、将来の事を考えると、バスケを続けるより、現実味のある職業に就いて、金銭を稼いだ方が良いんじゃないかとも思いました。家には余裕が無いから」


 「あのね理亜。仮に義足を付けて貰えなくても、障碍者のスポーツ。パラリンピックに出る事も、夢じゃないんだよ。お金の事は気にしないで、あんたは夢を追いかけていいんだから」


 理亜の覇気の無い声に心配した郁美は、理亜と同じ目線になり、心を込めて口にする。


 「ありがとうお母さん。でもね、私、足を失って大切な事に気付いたの。それは家族が居るありがたみなんだ。私は、お母さんや明人の笑顔さえあればそれで十分だから。だからそのありがたみに報いるためにも、早く働いて、お母さんと明人にゆとりを持ってほしいの」


 「……理亜」


 瞳をウルウルさせ、感謝の思いを口にする理亜に、郁美は心に大きな穴でも開いたかの様な衝撃を感じた。


 その声も、どこか寂しげだった。


 実の娘が、ここまで考えていた事に対しての、親としての立場でなければ分からないだろう。


 それに、パラリンピックを目指すにしても多額のお金もいる。


 「ごめんなさい。せっかくの質問に、こんな矛盾した様な事を言って。これじゃ駄目ですよね」


 後頭部をポリポリかきながら空笑いをする理亜。


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