十 分裂と統合 五
おずおずと頭蓋骨の割れ目に手をやると、何事もなかったかのように回復している。
ゆっくり立ちあがると、恩田も床から両手を離したところだ。つまり同じ力がほどこされたのがわかった。
「これで良しと。で、俺は聖徳太子じゃないから一つずつ答えてやる」
鬼……ホラフキさんと呼び続けた方が把握しやすいか……は、余裕に満ちた笑みを掲げて岩瀬達を見回した。
「まず、お前らは薄山が調べた話を知っているな? だいたいはあの通りであってるよ。だが細かい抜けがあった」
薄山が生きていたら、一生ホラフキさんの奴隷になってでも聞きたがっただろう。
「抜けっていうのは、江戸時代になる。俺は元々、人間よりはるかに生命力が強いし寿命も長い。俺の血は俺の分身を産むことすらできる。代官の使いに斬られた時の俺の血は、完全には消えなかったんだ。というより結構派手に残った」
それは、いわれてみれば理解できなくもない。
「何か特別な力があると考えて、わざわざ布でふいてから容器に集めた奴がいたんだよ」
「それが、俺の祖先か」
「そうだ。理解が早いじゃないか」
「機雷と一緒に展示してあった資料から、充分匂わされていたからな」
岩瀬は、吐き捨てる気持ちを隠さなかった。天邪鬼に、本当に唾でも吐いてやりたい心地だ。
「お前の祖先は、俺の血を飲めば何か特別な力を授かると考えた。だが恐ろしくもあった。だから、血はそのままとっておいて神事でついた餅に混ぜたんだ。発想は悪くなかったが、神事の餅程度じゃ俺の血に潜む毒はそれほど薄まらなかった」
「だからこそ、血眼になって研究した奴らがいたわけか。木辻大尉のように」
岩瀬からすれば、傍迷惑なこと甚だしい。
「その調子でどんどん進めろよ。俺の手下になれるかもしれないぜ」
天邪鬼はにやにや笑った。
「おいっ、いい加減に……」
「まあ、落ち着け岩瀬。どれほど薄まったかはさておき、今どき風に表現するなら何といったかな。『みんなでやれば怖くない』だ。岩瀬は村の知りあいを誘った。神出、木辻、薄山、恩田それぞれの祖先を」
「あたしの……」
「おっと恩田、お前はあとのお楽しみがあるんだぞ。とにかく、岩瀬も交えて五人でこっそり餅を食った。しかし、神出と薄山は食うふりをしてあとで吐きだした。まあ、ビビったわけだ」
ちゃんと食べた三人と差が出たのは、岩瀬にせよ他の人々にせよ容易に想像できた。
「五人は、俺の血のせいで自分達の頭の中に小さな俺ができた。小さな俺は五人に常人よりはずっと強い知恵や体力をつけたが、気まぐれに嘘やでたらめもいわせた」
騒動が終わったつもりの村で混乱が静まらなかった背景は、そこにあった。
「もっとも、庄屋の頭から角が生えて云々は俺の話とお前達の祖先の話がごっちゃになった誤解だ。いずれにしても、幕府は覚正村を潰して廃村にした。不祥事の隠蔽だな。住民は最寄りの村に引き取られたが、顛末はあやふやな形で語り継がれた」
それがギ計画で擬似的に復活したのは、岩瀬にも明白に掴めた。
「俺は、覚正村の件を境に日本が飽きてきた。江戸幕府のせいで世の中が秩序だてられて、やりにくくなったからな。だからアメリカに行った」
まだ植民地だったアメリカは、ホラフキさんからすれば『天国』だったろう。巻きこまれた人々にとっては地獄だった。
「そこから第二次大戦が終わるまではアメリカにいた。日本が惨敗してそろそろ帰りたくなったが、少しばかり調子に乗りすぎたんだよ。機雷を船代わりにするのは我ながら奇抜で気に入ってた。しかし海岸で暗礁に接触した」
そのまま爆死すれば良かったものを、と岩瀬は考えずにいられなかった。
「さしもの俺も、一度は消しとんだ。肉体が。しかし、何の偶然か因縁か、俺の血を飲んだ人間の子孫が巻きぞえを食った。魂だけになった俺はそいつらの肉体の破片にしがみつき、他の子孫を探した。それと意識すれば自然に血のつながりや所在を掴めるんだが、欠点もある」
ホラフキさんが、自分から欠点をはっきりさせるとは意外だ。




