十 分裂と統合 二
岩瀬は、まず校内で役にたちそうな品々をかき集めた。リュックも見つけたので、全部入れてから背負った。保健室の鍵は一応かけ直しておく。
非常口を開け、岩瀬は校舎を出た。裏庭を経由してすずり山を目指した。ここからなら、展望台へはそれほど難儀せずにたどりつける。職員室で読んだ資料から把握しておいた。
展望台……山頂に至ると、時刻は朝の十時にさしかかっていた。猫の額ほどしかない土地に、木造のあずまやがある。赤紫色の屋根はスレートふきで、柱は意外にしっかりしていた。六角形の壁に沿ってベンチもある。あずまやからは、二、三十メートル隔たって水場つきの公衆トイレもあった。水道が機能しているかどうかはわからない。
なんのしがらみもなくここに来ていたら、景色を一通り楽しんで記念撮影でも残しただろう。
これまでの経緯といい展望台に集まっている人々といい、とてもではないが楽しい思い出になどならない。
「恩田……無事だったか!」
一番気がかりだった人間があずまやのベンチに座っていて、喜ばしいはずなのに喜べない。
「岩瀬さんこそ、ご無事でなによりです」
あずまやの奥から、恩田をさえぎるようにして久慈が現れた。相変わらず白衣姿だ。
「久慈先生……私に偽の薬を処方して頭の中身をコントロールしていたのはあなたでしょう!」
遠慮など必要ない。恩田はひとまず置いておき、久慈がいるなら有効だろうが無効だろうがとにかく糾弾しないと気がすまない。
「申し訳ありません」
予想外にあっさりと、久慈は謝罪した。
「ギ計画だか何だかのためですか?」
「それをご存知とは話が早い。仰る通りです」
「いっときますけど、金輪際協力なんてしませんから。というより、どこまで私はおかしくなったんですか?」
「回転体眩惑症を別にすれば健常です」
「健常が聞いてあきれますよ! 謝罪する気があるなら警察に自主して下さい」
「できません」
そらきた。結局、うわべだけ頭を下げただけなのだ。
「なら訴えるまでです。薬のサンプルも処方箋も私の家にありますから」
ここまで悪事を企むなら、そうした可能性も想定して対策ずみなのだろう。さっき小学校で推察してはいるが、いざ久慈の顔を目にすると言葉にしなければ気がすまなかった。岩瀬にも、個人の尊厳を始めとする人権はもちろん喜怒哀楽がある。
「それも無理です」
「はぁっ!? ここで私を始末して口封じですか?」
我知らず、釘抜きに手がかかった。
「恩田さん」
久慈が肩ごしに振り返った。
「はい」
恩田はベンチをあとにして、あずまやを出た。彼女は久慈の隣に立ち、自分のポケットから薬が入ったままの薬包紙を出した。
「先輩がいつも服用していた薬です」
恩田の説明が何を主眼としているのか、にわかには回路がつながらなかった。
「古里君」
久慈は再び肩ごしにあずまやを向いた。
「はい」
今度は古里が出てきた。彼もまた白衣姿だ。何やら書類めいた物を両手で広げた。
「九月三日夜十時十五分、『たもかん』の会員サイトに接触。同五日昼二時三十分、近所のコンビニでシャンプーをオンライン決済」
いずれも岩瀬自身がネットを介して行ったことだ。
「これでわかったでしょう。あなたの人生は丸ごと監視されていたんですよ」
久慈の言葉遣いに自己陶酔はなかった。さりとて淡々としたものでもない。




