十 分裂と統合 一
がばっと起きあがった。バリケードに使ったベッドの脇から、朝日が漏れている。
何はさておき、岩瀬は身体中をなで回した。どこもおかしくない。少なくとも肉体的には全く問題ない。
それはそれで安堵したものの、あんなめちゃくちゃな夢は二度と見たくなかった。
いつまでも引きずるわけにもいかない。両目をこすって目やにを落とし、ベッドから出るとまず湯ざましを飲んだ。それから二、三滴を自分の右人指し指に落とし、両目の縁をなでた。
次いで、服を身につけた。完全に乾いていて、ささやかな幸せを感じた。新たな釘抜きもベルトにさしておく。
準備が整ったところで、これからどうする。
久慈が、意図的に岩瀬の病気を『調整』していたのはほぼ確実だろう。信頼を食い物にされて腹だたしいが、証拠もなしに糾弾しても効果はない。毛野から手に入れた記録はあるが、知らぬ存ぜぬですまされて終わりだ。警察も動きようがないだろう。何故なら、岩瀬はまがりなりにもまともな社会生活を送っていたのだから。でたらめな薬を処方したと訴えることもできるが、本人である岩瀬は何の異常もない。せいぜい謝罪となにがしかの慰謝料で終わりだ。
ギ計画に久慈がかかわっているのも明白ながら、こちらはもっと怪しい。
何もかも諦め、知らぬ顔をすることすらできない。覚正村から出る手だてがない。
出るといえば、外はどうなったのだろう。
バリケードを床に下ろし、一目野外を眺めた岩瀬は声を失った。運動場の向こう側は茶色い濁流の底だ。
保健室の鍵を開け、廊下に出てから反対側の窓に近よった。こちらはまだましで、裏庭のほとんどが水浸しなものの歩けなくはない。裏庭を横ぎって数百メートル行けば山……すずり山の斜面になる。運動場側より高い位置にあるからこそ洪水を免れているのは一目瞭然だった。
昨日読んだ地図からして、役場も診療所も神出建築事務所も絶望的だろう。控えめにいっても歩いていける場所ではなくなった。
夕べの内に恩田を探すべきだったか? いや。洪水がどのタイミングでここまで深刻になったかわからない以上、やはり安全策で正解だった。
彼女が生きていて、まともに生き延びようとするなら山に入るだろう。頂上には展望台があるはずだが、あずまやくらいはあってもおかしくない。薄山を殺した人間も脅威だが、自然災害とは比較にならない。
最悪なのは、彼女が逃げた先で犯人とハチ合わせすることだ。そこは、恩田の運と実力に賭けるしかない。




