九 逆回転 六
右手は動いているはずなのに、こめかみにはあやふやな手応えしかない。
「手術は無事成功です。おめでとうございます」
「手術……?」
不吉なこと甚だしい。
「はい、義体適合手術です。まだ手足はつけていませんが、おいおい追加していきますよ」
「先生、何の話ですか?」
「室野さん」
「はい」
いつぞや自分を介添えしてくれた女性の看護師が、暗闇からついと現れた。岩瀬の胸くらいはある四角い鏡を両手で持っている。
彼女に鏡を向けられ、自分の姿がはっきりした。
「げぇっ!」
演技やギャグではなく、素で絶叫した。首から下が、円筒形のプラスチックか何かになっている。しかも、透明になっていて内蔵が丸見えだ。両手両足はついておらず、まさに芋虫のような姿だった。
「現代医学でここまで成し遂げたのは、ノーベル賞を数倍上回る快挙ですよ! ただ……一つお詫びすべきことがありまして」
「何なんですか、一体!」
この上さらに悪い知らせがあるというのか。
「いやー。生殖器官をですね、切除せざるを得なかったんですよ。丸ごと」
「……」
手足があれば絞めあげている。
「本来はあっても良かったんですけど、久慈先生が研究したいからってご要望されましたから。ま、口があればまだやれることあるでしょ」
三宅は笑いながらしめくくった。
「先生、不謹慎ですよ」
室野も笑っている。
「ふざけるな!」
怒鳴るくらいしかやれることがない。また、怒鳴らないとこの惨めで理不尽な境遇を仕方ないとでも思いそうな気がして恐ろしくもあった。
「ふざけてなどないですよ。あ、セクハラジョークは忘れて下さいね」
自分勝手な理屈を並べる三宅。
「先生、そろそろ時間です」
室野が口調を改めた。
「おっと、いかんいかん」
三宅は室野と向かいあい、両手を握りあった。ついで、両足を絡めあう。まさか情事でもやらかすのかと思いきや、手足をつないだ状態で車輪さながらにぐるぐる回転し始めた。
「もう嫌だーっ! 誰か俺をここから出してくれーっ!」
叫ぶ岩瀬の意識はまた暗転した。
実家にある自分の部屋で、勉強机に向かっている。五体満足で、何ら欠けたところはない。ベッドのうしろには学生服がハンガーにかけられていた。高校時代の物だ。
ドアがノックされた。
「どうぞ」
岩瀬が許可すると、二人の男性が入室した。
「薄山……神出!」
大学で知りあった二人。両方とも死んだはずだ。
薄山が岩瀬に数歩近づく一方、神出はドアを後ろ手に閉めた。
「ホラフキさん、結局いたよな?」
薄山が、まっ青な顔で岩瀬を見下ろした。
「こうならないように、俺は免疫をつけて回ってたつもりだったんすよ」
神出は、薄山より血色はいい。ただし、良く観察すると頭の一部が欠けていた。
「免疫?」
突拍子がなさすぎる。
「ホラフキさんに慣れたら、あんま命令とかどうでも良くなってくるんす。だから怖がらなくていいかなって」
「それで自分、死んだんだろ」
薄山が陰気な顔でぼそっと突っ込んだ。
「いやー、ちょっとなめてたっす」
神出は頭をかいた。指が、頭蓋骨の欠けた部分にかかってかりかりと耳障りな音を立てた。
「お前ら何がいいたいんだ」
三宅や室野に対した時とはまた別個の不快感が岩瀬の心に染みついた。
「俺達、岩瀬先輩がうらやましいんすよ」
「どうして? まだ生きてるからか?」
「それもあるんすけど、恩田はみんなが狙ってたんす」
「なら告白でも何でもすれば良かっただろうが」
ただの嫉妬で亡霊が出てきたのなら、これまでに比べてある意味可愛らしい。不快は不快だとしても。
「やっぱりお前を殺しておけば良かったよ」
薄山が恨みがましくいった。
「俺を見捨てたくせに何をいう」
岩瀬も黙っている筋合いはない。




