七 疲弊という名の休息 一
気がつくと、ベッドの上だった。窓ごしに明るい陽ざしが室内へと注がれ、静かで穏やかな空気を暖めている。
身体を起こして布団をはぐると、衣服がガウンに変わっていた。下着も違う。
首を左右に振って、病室だとすぐに理解した。もっとも、丸部整形外科や浦原病院とは何かが異なる。数分考えて、間取りの広さだとわかった。ごく小ぢんまりとした病院なのだろう。
「先輩……」
恩田に呼ばれて、初めて彼女がいるのに気づいた。部屋の隅で、パイプ椅子に座っていた。どことなくやつれた表情をしている。
「良かった……気がついたんですね」
いつになく弱々しい口調だった。
「ここは……病院か?」
「はい。二人で食べたうどん屋さんの近くにある診療所です。先輩、一晩中寝てたんですよ」
対照的に、恩田はほとんど寝てないようだ。
「恩田が救急車を呼んでくれたのか?」
「いえ。あたしのスマホは壊れてますし、先輩のは画面ロックがかかってましたから救急車が呼べなくて」
「なら、相当苦労しただろう。すまなかった」
「そうですよ、命がかかってましたから。必死でした」
「あれからどうなったんだ?」
「先輩を海から引っ張りあげて浜辺まで運んでからうどん屋さんに行って助けを頼みました」
スマホは使えないし、公衆電話もなかったから非常手段に頼らざるを得なかったろう。
「大将も仰天しただろうな」
「それはもう。でも、お客さんの中にここの診療所に勤めてる先生がいて助かりました。その人の車で運んでもらったんです」
「うどん屋さんにもお詫びしに行かないと」
「菓子折り必須ですね」
ドアがノックされた。
「はい」
岩瀬と恩田は同時に答え、気恥ずかしくなってたがいに顔を背けた。ドアが開いた。
「こんにちは」
入室するなり、白衣姿で聴診器を首にかけた男性が現れた。そろそろ中年というところか。かなり背が高く、痩せているが筋肉量は岩瀬より高そうだ。人好きのする笑顔を二人に向けている。
「こんにちは」
二人はまたしても異口同音になった。ただの挨拶だから恥ずかしがる必要はない。
「初めまして、古里と申します。当診療所の所長です」
「初めまして、岩瀬です。助けて頂いてありがとうございます」
「いえいえ、仕事ですから。ご気分はいかがですか?」
「はい、お陰様で」
「恩田さんは? 疲れたでしょう」
古里は、黙って聞いていた恩田にも気を配った。
「はい、少し。待合室にいてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
恩田は部屋を出た。
「さて、岩瀬さん。まずは聴診器を当てたいです。ご自分でガウンをはだけられますか?」
「はい」
そこからは、古里の診察がしばらく続いた。
「ふむ……どうやら問題はないようですね。では、夕べの事情を詳しく伺っても構いませんか?」
「はい」
「失礼して、椅子に座ります。あと、診察の一貫としての聞き取りなので記録につけることをお断りします」
「わかりました」
それまで恩田が使っていたパイプ椅子を、古里は岩瀬のいるベッドに近づけてから着席した。
岩瀬の説明は、磯で幻聴を耳にした云々だけであるから三分とかからなかった。




