六 なし崩し 七
聞き覚えこそあるが、二度と思い出したくない声音だった。ドスの効いた低く太い……ホラフキさんの。
相変わらずホラフキさんの姿は目に見えない。声がするだけ。つまり、赤い布をかぶっているのが事実かどうかは知りようがない。にもかかわらず、あたかもその姿でつきまとっているような錯覚を感じた。
「早く教えてやれよ。かわいそうだろ」
「ど、どこから話しかけてきている!?」
「どこだっていいじゃないか」
「俺は罰を受けた! 終わったはずだ!」
「ところがまた始まったのさ」
「どうして俺にばかりつきまとうんだ!」
「じゃあそっちのお嬢さんにしてやろうか?」
「……」
「俺や覚正村の謎を解きたいんだろう? 俺はむしろ、親切心で来てやったんだぜ」
「お前にいわれる筋あいはない!」
これは妄想や幻聴の類なのか。浦原病院で以前より強い薬を処方してもらい、今日は飲んだ。変則な飲み方になったが、ここまではちゃんと効いていた。夜に飲む時刻にはなってない。
「あんなオクスリで俺を消せるはずがないだろう。とにかく彼女を待たせるなよ」
「うるさい!」
「せ、先輩……いきなり変な独り言始めちゃって、何の冗談です?」
「俺は冗談じゃなくてちゃんと存在するぞ」
「いや、してないだろ。じゃなかった、無視してくれ」
「はぁ……。で、それは一体……」
「機雷の部品だ」
岩瀬は素で答えた。
「ええっ? すごい! ちょっとした遺物じゃないですか! 先輩、良く知ってましたね」
「俺が教えてやったからな」
「……いや、それほどでも」
音声多重のせいで頭が破裂しそうだ。
「どんなことに使う部品でしょう?」
「電気が余計なところに流れないようにするための絶縁体だ……おい、早く復唱しろよ」
従わないと、どう騒ぎ出すか予想もつかない。しぶしぶ復唱した。
「へえええっ。先輩、物知りですね」
「ま、まあな」
どうせなら、岩瀬こそホラフキさんに聞きたいことがいくつもある。しかし、まともな答が帰ってくるとは思えない。
「よしよし、ちゃんということを聞いたな。なら、褒美をやるよ」
いかにも押しつけがましくホラフキさんは宣言した。
さっき岩瀬が絶縁体を出したばかりの亀裂から、一枚の写真がひとりでにせり上がってきた。まるで、昔のファックスのようだ。海面はまだ引き潮のさなかで、物理的にあり得ない。
「さあ、手にしろよ。さあ、さあ」
ホラフキさんに促されるのはしゃくにさわる。無視できないのがなおさら。
絶縁体をポケットに入れてから、写真を拾った。海水まみれではあるが、はっきりと内容が理解できる。崩れたり破れたりする気配もなかった。
岩瀬は、現像された写真を直接さわった経験がほとんどない。まして白黒写真とあっては生まれて初めてになる。
色こそ不明瞭ながら、写真には明らかに天邪鬼が写っていた。背景は民家だが、洋風に思える。
「先輩……写真が岩から出てくるってどうなっちゃってるんでしょう?」
「俺にもわからん」
「いいじゃないか、出てきたものはしかないだろ? それより、俺について知りたかったんじゃないのか? 大事な手がかりだぜ」
ホラフキさんは一向に消える気配がなかった。
「先輩、私にも見せて下さい」
恩田が気にするのも当然だ。




