六 なし崩し 五
海岸からはすっかり潮が引いていた。波打ち際の濃い線だけが残っている。
地磯も姿をはっきり示していた。くるぶしが濡れるくらいで、歩いて数分で行けそうだ。記念碑からすると南東にある。
「ぱっと見、割れたりヒビが入ってたりはしてませんね」
「うん」
岩瀬は足を止めた。靴下を脱ごうか迷ったものの、どのみち結果的には変わらないと判断してそのまま海へ入った。恩田も同じ要領でついてきた。
寄せては返す波のさなかに足を浸らせるのは、夏なら楽しい運動だったろう。海水は思ったより暖かいものの、夜に空気が冷え込むのを想像するにつけぐずぐずできなかった。
「小学校の遠足でこういうの良くやりましたよね」
恩田は懐かしそうに目を細めた。
「そうか」
「先輩はないんですか?」
あるよといいかけて口ごもった。岩瀬はごく平凡な家庭で育った。自他共に認めている。なら、平凡な体験があって然るべしだ。
思いだせない。中学辺りからの記憶はしっかりしている。それだけに、頭痛めいた割り切られなさが心にまとわりついてくる。
「あったような気がする」
「何ですか、それ?」
恩田は軽く笑い、根掘り葉掘り求めたりはしなかった。
磯に至ると、夕陽がかなり傾いてきていた。大人三人がかりでどうにか抱えられそうな岩が二、三個、海面から五十センチほどの高さに突き出ている。
「おにぎりみたいですね」
恩田が率直な感想を述べて、一人で笑った。
実際、こういうきっかけでなければのどかな場所だ。小さなカニが岩と海水の境目で柄のついた両目をひっきりなしに動かし、空になった貝殻がその足元でゆらゆら揺れている。
岩にへばりついた海藻は、ワカメとすぐ分かる物もあれば知らない物もあった。
「うえっ、虫がいますよ」
海藻の間を伝って、ミミズに似た虫がうねうね這い回っている。
「人畜無害だ。それより、爆発で損傷してないかどうか見極めよう」
「あ、あたし……見学でいいですか? ちょっとこういうのは……」
こういうのとやらがミミズもどきなのは岩瀬にもすぐ理解できた。誰にでも苦手な物はある。
「いいだろう。どっちみちすぐ終わる」
「すいません」
恩田はしばらく置いておいて、磯に集中した。機雷は沖からやってきたに決まっているから、海岸側とは真反対の部分を見るのがいいだろう。
結果として、岩瀬は磯を挟んで恩田の真向かいに立った。用心しつつ岩肌に手を伸ばし、軽くなでた。やはり、亀裂や傷はない。
岩瀬は軍隊オタクではないが、機雷が船を沈めるための爆弾だというくらいは知っている。であれば相当強力な代物だろう。現に、ある程度は離れていたはずの野次馬まで死んでいる。




