六 なし崩し 三
今にして思えば、洞窟のもそうしておくべきだった。結果論ながら。
「もし同一人物なら、大人かそれに近い年代と考えた方がしっくりきますよね」
「その通りだ」
「でも、天邪鬼とは必ずしも関係ないかもしれませんね。姿が姿ですし」
「天邪鬼が布をかぶってホラフキさんのふりをしているかもしれん」
天邪鬼は人をあざむくためなら何でもする。
「あ、それ結構重要かも。って、思っただけですけど」
恩田はオレンジジュースの残りを飲み干した。
薄山は、ホラフキさんから岩瀬を殺すよう命令されていた。天邪鬼もまた、殺意とまではいえないにしろ岩瀬が危うく死にかける場面へ彼を追いやった。
そもそも、どうして岩瀬はそこまで憎まれねばならないのか。ただの気分で選ばれたのか。
いずれにせよ、自分にまとわりつく理不尽な不可解さをどうにかするには改めて覚正村へ行かねばならないだろう。洞窟はもう使えないから、湿地を渡る手だてがいる。抜け道でもいい。
「先輩、どうしたんですか?」
「ちょっとこれから先のことを考えていたんだ」
「お昼、卵ご飯だけでしたよね」
「そういう問題じゃないだろ!」
「晩ご飯の段どりじゃないんですか?」
「違う!」
そのとき、風に乗って鰹節の効いたダシの香りが流れてきた。二人の口が同時に閉ざされた。
「この香り……タイムリー!」
「だから、違うって……」
と、口論しつつも岩瀬はつい風上に関心を向けた。
「あっちの角の方だな」
「落書きも見つけましたし、寄って行きますか?」
「うーん、時間が押してるし地磯も行かなくちゃいけないし」
「いいじゃないですか、ちょっとくらい」
「そ、そうだな」
恩田に押し切られるのが習慣めいてきた。
鼻を頼りに、二人は香りの源を探した。苦労というほどのこともなく、すぐにたどりついた。赤地に白抜きで『セルフうどん きつじ』と現した横長の看板が玄関の上に掲げてある。暖簾もでていた。
「先輩……」
「ああ……」
きつじ、木辻。台座にあった犠牲者の名前と同じだ。漢字にすると別かもしれないし、地域によっては同じ名前の人間がまとまって住むのも珍しくない。だが、ここまできたら無視はできない。
ためらっているほど時間は残ってなかった。岩瀬は率先して店へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ。失礼ですが、前金で先にご注文頂いております」
自動ドアをくぐると、右脇のレジにいた若い男性が挨拶した。彼の背後にはカウンターつきの厨房があり、初老の男性が鍋をかき混ぜている。間近にすると、いっそうダシの香りが食欲をそそった。厨房と食堂を仕切る壁には一通りの献立と料金を説明した板が釘打ちしてあった。




