六 なし崩し 一
岩瀬がこだわっているのは、薄山の主張そのものではない。ここ数日、自分の容態が不安定になってきているとの自覚がある。一つには、不可抗力とはいえ薬を飲む機会があやふやだった。同時に、自分がどんなきっかけでこの病気とつきあうことになったのかが漠然と解き明かせそうでもあった。皮肉にも、薄山が自分だけ安全な家に閉じこもったせいで掴むことができた。
二人で話をしたとき、薄山は天邪鬼を否定しなかった。ブログにもはっきり鬼と記している。こうなると、彼は本気で天邪鬼が実在すると信じているようだ。しかし、それはあくまで薄山の見解である。
岩瀬としては、もう一度薄山に会ってブログにせよ覚正村での件にせよ問い質したいことが山ほどできた。質問の背景となる予備知識は、豊富であればあるほどいい。
つまり、この母娘からもっと詳しい話が聞けるなら是非とも語って欲しいところだ。
「そこの台座に木辻 周平ってありますよね? 彼がそうです」
岩瀬と恩田は反射的に台座を見直した。まさしくその名があった。享年三六歳。大人ならば、ますますはっきりさせたいことがある。
「非常線を張っていた警官でしょうか?」
我ながら、いささか不躾な尋ね方だと岩瀬は思った。
「いえ、昔の軍隊で研究か何かをやっていたとか。余り知りません」
岩瀬は恩田と顔を見あわせた。薄山のブログにでてくる『D』だろう。
「あなたも覚正村のご出身なんですか?」
岩瀬が驚きから回復するのを待たず、恩田はさらに攻めた。
「いえ、私の親が幼い頃いただけです」
さすがに、あの廃村で生まれ育った可能性は低かった。
「この記念碑は作ったあとで差し替えか何かをしたんでしょうか?」
ようやく、岩瀬はもう一つの要点を思い出した。
「さぁ……私は耳にしてないですね」
ますます不可解だ。現物がここにある以上、薄山の写真こそ本物ではない。適当に画像を加工したのだろうか。そんな小細工をして薄山にどんな利益があるのか。
「そういえば、事故が起きた磯ってどこなんですか?」
恩田も、地味ながら重要なことを追求した。
「満潮だと海面に隠れるんですよ。干潮になれば顔をだします」
つまり、まだ潮は引いてない。
「ありがとうございます」
「そろそろ失礼していいですか?」
「はい、お手間になって申し訳ありません。とても助かりました」
岩瀬は礼儀正しくお辞儀した。恩田もそうした。
「いえいえ、とんでもない。じゃあ」
母娘は退場した。波の音が急に戻ってきた気がする。
「覚正村で、木辻って名前を手がかりにすればもっと新しい発見がありそうですね」
「ああ。だが……一日では無理だな」
まさかキャンプを張るわけにはいかない。




