五 浜辺の悲劇 五
そのオランダ船は、交易のために南米のスリナムに向かった。当時スリナムはオランダ領ギアナとして栄えていた。鬼はそこで逃亡したと記録にある。
僕は、スリナムにおける同時代の記録……特に宗教絡みの事件……をできるだけ洗っていった。キリスト教圏では、仏教圏などよりはるかに嘘が嫌われる。案の定、詐欺や偽証が急増していた。どの記録にも『フードをかぶった小柄な中国人』がかかわっていた。先方からすれば、アジア人は誰でも中国人で片づけていたことだろう……この場合、人ですらないのだが。
鬼は行く先々で地元を混乱させながら、ついにマサチューセッツ州はマギレムに至った。鬼にとって、清教徒の潔白さは……正確には潔白さを汚す行為は……垂涎の大好物。つまり、あれを起こしたのは天野こと鬼だ。
鬼は魔女裁判を生き延びた。何故なら被告になったのはマギレムの貧しい小作人達であり、全員が白人だったからだ。それどころか、マギレムをでた鬼はウィンチェスター家に雑用係として雇われた。記録では、数年後に病死したとある。
そんなはずがない。死んだように見せかけて、新しく雇われ直されただけだ。
ウィンチェスター家は、一九世紀に至って世界に轟く武器商人となった。歴代当主のおもむくところ、影のように『中国人の雑用係』がついて回った。
南北戦争が始まると、ウィンチェスター社はその名を冠したライフルで莫大な利益を獲得した。
そこに、鬼が闇の干渉を果たす。南軍が機雷を頻繁に使うようになると、ウィンチェスター社は極秘に機雷の試作を開始した。もとより専門外の兵器であり、結果として失敗するものの、鬼はライフルよりは機雷に興味を持つようになった。陰湿さが彼の好みに合ったのだろう。
第二次大戦が始まると、鬼の記録はウィンチェスター家からなくなった。代わりに米海軍の兵器試作局に姿を現すようになる。例によって『中国人の雑用係』だ。
大戦末期、米軍は日本に『飢餓作戦』を実行した。簡単に説明すると、機雷を日本近海にばらまいて海上交通を麻痺させるという作戦だ。
『飢餓作戦』はずば抜けた成果を修めた。日本は瀬戸内海でさえ安全に往来できなくなり、流通網はおろか漁船でさえ安全に出漁できなくなった。
自らの策謀で日本を文字通り飢餓地獄に追い込んだ鬼は、さぞ鼻高々だったろう。そして、惨状を極めた日本に『錦を飾る』べくちょっとした洒落を企画した。即ち、機雷に乗って太平洋を渡り日本に帰るという内容だ。まさに鬼畜の発想そのものだ。
だが、世界史にも日本史にも酷い混乱をもたらし続けた鬼はついに天の裁きを受けた。それこそが、勝田川機雷爆発事故というわけだ。策士策に溺れる。
僕としては、鬼は新たな悪事の対象に既述の元海軍研究者Dの資料を選んだのではないかと考えている。
どのみち鬼もDも木っ端微塵になったから最終的に解決、と読者は片づけたいだろう。
鬼は、肉体こそ失ったが形を変えて生きている。次の考察は都市伝説の『ホラフキさん』だが、今しばらく資料の充実を期したい』
「先輩、薄山先輩って友達いました?」
「おい、いくら何でも失礼だろ」
たしなめつつも、いないだろうなとつい同調してしまう。薄山の考察は、良くいっても資料のつまみ食いを無理やり合体させたものだ。少なくとも岩瀬にはそう思えた。恩田も似たような感覚だろう。
「あ~あ。もっとましなことがわかるかなって思ったのに」
恩田は両手を頭のうしろで組んだ。




