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ホラフキさんの罰  作者: マスケッター


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35/80

五 浜辺の悲劇 四

 地味なことだが薄山が『僕』という一人称を使っているのにも鈍い衝撃があった。あの内気さなら当然かとも思う一方で、ふだんは『俺』だった。人前では、精一杯背のびした言い方をしたかったのだろうか。


「でも、これだけじゃ薄山先輩と覚正村を結びつけることはできませんね」

「そうだな。俺が襲われる理由にもならないし」

「先輩はどうだったんですか?」


 恩田が尋ねるのは当たり前だ。


 『合理主義と新大陸の魔女』を、薄山も言及していた。岩瀬としては、八十年近く前の爆発事故よりそちらを詳しく知りたい。が、恩田にそれを告げると自分がどんな経緯で同書を知ったか説明させられるかもしれない。


 薬でコントロールできるとはいえ、精神にかかわる具合を他人に告げるのはできれば避けたかった。それこそ、打ち明けるかどうかは完全に岩瀬の自由意思に基づくはずだ。


 ちょっとだけなら。恩田は自分に好意的なようだし、ちょっとだけなら構わないのではないか。


 一度そんな発想が湧いてくると、もう手放せなくなった。ちょっとだけなら悪影響はない。


「俺の知ってる本についてコメントしてたな」


 岩瀬は決断した。いや、『ちょっとだけ』という言葉に従った。


「どんな本ですか?」

「『合理主義と新大陸の魔女』だ」

「ふーん。知らないですね」


 知らないというのは知識として存在しないのか、関心が持てないから無視したいのか。


「どっちかというと、爆発事故よりこっちがあいつ好みだと思う」

「へー。どれどれ」


 幸か不幸か、恩田は該当する記事に興味を持った。岩瀬もじっくり読む機会を得られた。


『三か月ほど前、僕は勝田川機雷爆発事故について述べた。今回、本書を紹介する動機もそこにある。


 本書は十七世紀の末にアメリカ合衆国の北東部で起きた魔女裁判から、合理主義について考察している。


 結論から述べよう。勝田川機雷爆発事故(以後は単に事故と呼ぶ)の遠因は、まさに本書で触れられた魔女裁判にある。


 お断りしておくが、僕は正気だ。疑似科学の類を開陳するつもりもない。


 一見無関係なはずの両者が結びつくには、事故で亡くなった医師D(詳細は勝田川機雷爆発事故を参照)の故郷に光を当てねばならない。


 くだんの魔女裁判当時、日本は江戸時代である。覚正村は天領、つまり幕府の直轄地で代官がいた。


 事故の背景を探る内に、覚正村にまつわる民話や伝説を図らずも収集するようになったが……興味の向くまま脇道にそれるのが僕の悪いくせだ……思ってもいない収穫をもたらした。


 魔女裁判は一六八七年に起きている。これから明かす覚正村の出来事は一六八四年に起きた。


 その年、覚正村は飢饉に襲われ年貢がだせない状態になった。このままだと村ぐるみで処罰を受けることになるが、どのみち餓死は免れない。


 そこへ、一人の浪人が現れた。天野若空あまのじゃくうと名乗り、自分は将軍家の遠い親戚と主張した。天地は村の金銀一切と引き換えに年貢を免除する手続きが取れると主張し、村人達は半信半疑ながらも金銭を渡した。


 それから数週間たつが何の音沙汰もない。代官からは年貢の取り立てについて日時が知らされる。追い詰められた村人達は、天野が手下とともに村を襲って年貢を横取りしたと事件をでっち上げた。


 すぐに代官から使いが派遣され、詳細を吟味し始めたときに天野が姿を現した。それは人間の姿をしておらず、額に角を生やした鬼だった。使いは刀で斬りかかったが、斬りつけられた鬼の身体から青い血が吹き出した。鬼の青い血はひとりでに集まって別な鬼になった。


 二人になった鬼は代官の使いを素手で引き裂くと、合体して天野の姿に戻り刀と馬を奪い代官所に向かった。天地は代官を斬り捨ててどこかに去った。


 数日して、幕府から検分役がきたが真相は全く掴めずじまいだった。とりあえず、代官所の役人は全員が……死んだ代官自身も含め……年貢米の横領があらわになり取り潰しなどの処分を受けた。覚正村の年貢は予定よりはずっと軽くなり、村人におとがめはなかった。


 それだけならむしろ痛快な逸話になる。問題はこれからだ。


 覚正村で、嘘が流行りだした。厳密には、思ってもない出鱈目をいいふらすことが蔓延した。村人全員がそんな調子になるので秩序が保てなくなり、新しい代官が庄屋など村の有力者を呼んで厳しく叱責した。


 その席で、庄屋の額から突然角が生え始めて鬼になった。代官も他の人々も仰天するなか、鬼は高笑いしながら空を飛んで西へと去った。


 次に鬼が目撃されたのは数週間してから、現在の長崎県出島となる。出島に停泊していたオランダ船の船長が、『アジア産の悪魔猿』として同乗していた画家に描かせた絵に残っており、何らかの要領で捕獲されたようだ。

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