四 偽りの村 八
細かい事情はあえて伏せ、とにかく無事かどうかだけ問い合わせた。ごく短い文面なのですぐすんだ。
返信がいつ来るか、あるいは来ないのか。やろうと思えばもう一人送ることができる相手がいる。いうまでもなく薄山だ。
恩田とは異なり、悩むべきところだった。まだあの家にいるならメールしても届かないだろう。しかし、現に自分がこうしている以上どこか受信できる場所にいるかもしれない。
メールを送るとして、しめだしたのを糾弾すべきか。ただ自分が無事だと伝えればいいのか。容易に結論は出そうにない。
警察に連絡するのは、ぎりぎりまで待ちたかった。恩田が行方不明なのを別にすれば、誰も傷ついたり死んだりしてない。岩瀬に限れば所持品を奪われたのでもない。
岩瀬の心の整理がつかないまま、バスは進んだ。どの停留所にも人はおらず、街並みにもまばらな人影しか目につかない。それでも自分のいる場所に帰ってきたという安堵は、一言では現せなかった。
とうとうバスは終点……岩瀬の自宅からすぐのバス停についた。運転手に一言感謝してからバスを降りると、自然に足が速まった。
「先輩」
アパートの階段脇から、恩田がにゅっと顔を突き出した。
「うわぁっ!」
「きゃあっ!」
岩瀬の驚愕ぶりと大声に、恩田は驚かされたようだ。
「お……お……」
「先輩、いきなり大声出さないで下さいよ」
昨日と同じように冗談めかして要望する彼女は、寸分狂わず昨日と同じ格好だった。
「き、昨日は大丈夫だったのか?」
「メールでも聞いてましたよね、それ。あたしこそ先輩を探してたんですよ」
「え……?」
「洞窟の天井が落ちてきたのと、いきなり地面が割れたのとで何故か川に落ちてそのまま流されたんです、あたし。スマホも調子悪くなっちゃうしもうめちゃくちゃだったんですよ」
「川に……?」
「洞窟の中を流れてたみたいです。それからどうにか地上の岸辺に上がって、ずぶ濡れでしたけどそのまま帰るのも恥ずかしいし傍迷惑だし……。せめて先輩がいたら心強かったのにな」
「いや、すまなかった」
自分でも、何故謝るのかわからなかった。
「で、あちこち歩き回ってたらラブホテルがあったから一人で泊まりました。いっときますけど一人ですからね、一人」
「わかってる」
「そこで服も乾かして、ようやくここまで来たんですよ」
「ものすごく大変だったのはわかったが、俺がここに来るってよくわかったな」
「なにいってるんですか、自分からこの辺だって『たもかん』で語ってたじゃないですか」
「ああ、そうだったな」
「それで、先輩。寒いですね」
「もうすぐ冬だからな」
実のところ、岩瀬は一刻も早く帰宅して食事やシャワーをすませて薬を飲んで寝たい。
「そうじゃないでしょ! せっかくこんな女の子が近くまで来たんだから、コーヒーの一杯くらいおごって下さいよ」
「え?」
どこかの青春恋愛小説めいた展開だった。岩瀬も一応は女性に興味がないわけではない。ならば恩田の図々しい態度もむしろ歓迎としたいところだ。
残念ながら、異様過ぎてそうはならない。同じ場所で遭難したのに、岩瀬は山奥にいて恩田は川に落ちたなどとは不可解すぎる。百歩譲って最初から岩瀬も川に落ちたならまだ理解はできるが。
ではきっぱり断るのか。それも選びにくい。昨日の一連は、恩田には話しておきたいし意見も聞きたい。他人に主張したところで失笑を買うのがおちだろう。
「先輩、黙ってないでなんとかいって下さいよ」
恩田が上目遣いに岩瀬を促した。




