四 偽りの村 五
普段、ろくに話をしない人間かと思ったら意外なところでしっかりしていた。
「ありがたい。どっちが先に寝る?」
「岩瀬が先だろう。きたばかりだし」
「いいのか?」
すぐに休めるのに越したことはないが、早速飛びつくのはさすがに気が引けた。
「構わないよ。二階へいこう」
薄山は回れ右して崩れかけた床を踏みしめた。岩瀬は彼の背を追った。
階段は、厨房をでてすぐ右手にあった。一階より保存状態はましなものの、狭く急で滑りやすい。健常者でも歳を取ったら難儀するだろう。
階段を昇りきると、廊下は左右に別れていた。右側は床が抜けている。必然的に左側へ進んだ。
廊下の突き当たりに部屋があるのは当然として、ドアはおろか仕切りもない。無論、ぜいたくが口にできるはずもなかった。
「ここだ」
薄山は、廊下と部屋の境目をまたいだ。岩瀬も室内に至った。
黄土色のカーペットが敷かれ、ガラス戸が廊下の真向かいにあった。ガラス戸をでれば物干し場にでる。岩瀬の胸くらいの高さを備えた金網に囲まれていた。そして、金網には布団がかけられている。白いかけ布団と緑色の敷き布団が一枚ずつだ。
部屋の奥にはふすまがあり、開いたままになっていた。中身は空だ。
「布団を取り込もう」
薄山はガラス戸を目指した。
「足がまだ治ってないんだろう? 俺がやるよ」
いくらなんでも甘えっぱなしというわけにはいかない。
「そうか。悪いな」
薄山はガラス戸を開けた。寒々しい空気が吹きつけてくる。
物干し場に上がると、床がぎしぎしうなった。薄山は布団に手を伸ばしかけて、引っ込めた。良く見ると、敷き布団は無数の小さな渦巻きが白抜きで染めてあった。
まだ薬が完全に切れる時間じゃない。時間じゃないはずだ。時間じゃ……。
頭がくらくらして、岩瀬は倒れた。弾みで物干し場の床が抜ける。もがく両手が穴の縁を掴みかけた。ほんのわずかな希望を持ったが、寝そべった格好だと両手だけでは体重を支えられない。はい上がる余裕もなく、木の破片と一緒に落ちた。このとき、穴の縁に手がかかっていたお陰で微妙に軌道がずれた。
どさっと音をたてて、岩瀬は背中から地面に落ちた。悲鳴もでないほど恐ろしい苦痛だ。無意識に手足を動かし、右腕がなにか硬い物に触った。苦痛を我慢しながら手で触れてみると、岩といっていいくらいの大きな石だった。後頭部から直撃したら良くて大ケガだったろう。
すぐ近くで足音がした。どうにか頭をめぐらせると、天邪鬼が数メートル先の路上にいる。包丁も持っていた。




