ラブレター
pixivにも同様の文章を投稿しております。
(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)
【1通目の手紙】
前略、お元気ですか?
型どおり訊いてみますが、返事を求めているわけではありません。きっと、永原は元気に過ごしていることと思います。
まず、最初に僕は永原に謝らなくてはいけません。とつぜん姿を消して、ごめんなさい。
謝っても許されることではないでしょうし、許しを請うつもりもありませんが、でも、どうか謝らせてください。
きみとコンビを組んで、まだ、たった三年でした。それなのに、こんなことになって申し訳なく思っています。
本当は、こんな手紙を書くつもりはありませんでした。でも、そのままの状態で放置していた僕のブログのフォームメールの履歴を、先日、気まぐれに確認したところ、きみからのメッセージで溢れかえっていたので、ペンを握った次第です。
以前持っていた携帯を解約してしまったので、きみはブログのほうのメールにメッセージをくれたのでしょう。今、僕は新しい携帯を持っていますが、そちらをきみに教えるつもりはありません。これを書いている今も、この手紙を投函するべきかどうか悩んでいます。しかし、こんなことを言っていても話が進まないので(僕たちの会話は、いつも僕のせいで脱線していましたね)、投函するかどうかはひとまず置いておいて、とにかく書き進めてみようと思います。また脱線するかもしれないけど、なんとか書いてみる。
その前に、これだけは伝えておきます。僕は元気でやっています。ちゃんとごはんも食べています。どうか心配しないでください。
きみのくれたメールは、?マークだらけでした。「どこにいるんだ?」「元気なのか?」「金はあるのか?」「ちゃんと食べてんのか?」「寝るところはあるのか?」そして、「どうして、いなくなったんだ?」
当然の疑問です。どうして僕が姿を消したのか、話したいと思います。永原が悪いわけじゃない。すべて、僕自身の問題です。
きみが僕にくれたメールには、「自分に悪いところがあったら直すから」という意味のメッセージが、言葉は違えど大量に綴られていました。もう一度言いますが、永原が悪いのでは決してありません。
嫌われるのを承知で、告白します。
僕は、永原のことが好きです。
友だちや相方としてではなく、恋愛対象として、好きです。
こんなことを言うのは、すごく勇気が要ります。きみが目の前にいるというわけでもないのに、手が震えてしまう。本当は、こんなことを言いたくはなかった。永原が困るだけだとわかっているから、というだけではなく、なによりも自分を守るために、こんなことは隠しておきたかった。
こわいのです。情けないことに、僕はまだ、この期に及んで、きみに嫌われたくないと思ってしまっています。
だけど、このことは僕自身の問題であると同時に、きみに迷惑をかけた原因でもあるので、ちゃんと話したいと思います。
ずっと隠していましたが、僕は同性愛者です。誰にも言ったことはありません。両親や兄弟にも言えませんでした。もちろん、今まで好きになった相手にも、気持ちを伝えたことはありません。そんなふうに、永原にもずっと隠しておきたかった。そうするべきだということはわかっていたのですが、永原にだけは無理でした。ごめんなさい。
養成所で知り合ったころ、僕たちは、お互い別のコンビを組んでいましたね。でも、卒業も間近という最悪のタイミングで、お互いの相方がそれぞれの事情で辞めてしまい、深くも考えず、なりゆきで僕らはコンビを組んだように思います。養成所を卒業した時のコンビ名は、『永原松井』という、ふたりの名前を合わせただけの適当なものだったけど、結局、面倒くさいからという理由で、コンビ名は三年間変えず終いだったね。ふたりとも面倒くさがりなところは、似ていたような気がします。
組んだ当初はお互いツッコミ同士で、お互いネタを書いたこともなく、すごく不安だったし、苦労もしたね。最終的には、永原が大まかな流れを考えて、ふたりでそれに肉付けしていくという形に落ち着いたけれど、やっぱりずっと手探りな感じだった。結局、ふたりともボケだかツッコミだか曖昧な立ち位置になってしまったし。
僕はすぐにネタ打ちに飽きて、本を読み始めるから、しょっちゅう永原に怒られた。ネタ打ちは、よくファミレスでやったね。「テーブルの上に文庫本を出すな!」という台詞を、僕はもう何度聞いたかわかりません。仕方がないので、テーブルの上には出さず膝の上に本を置いて読んでいたら、また怒られました。当たり前だよね。怒られるのはやっぱり嫌だから、真面目にネタを考えるんだけど、やっぱり僕はすぐに飽きてしまって、また文庫本を手に取ってしまって、ネタ打ち→飽きる→怒られる→ネタ打ち……の延々ループでした。永原には、本当にいつも迷惑をかけていました。でも、僕はそういうネタ打ちも、とっても楽しかったです。
永原は短気でよく怒ったから、僕は最初、きみのことが苦手だった。でも、付き合っていく内に、永原はただただ不器用なだけだと気付きました。
一度、まだお互いに相方がいたころ、僕が大風邪をひいたことがありました。その日は、ネタ見せの授業がありました。各自、練習してきたネタを披露して、みんなであれこれ言い合うあれです。僕は、その授業が実は苦痛だったのだけれど(芸人として根本的に問題ですね)、当時の僕の相方だった木戸はその授業をとても楽しみにしていました。やっと芸人らしいことができる、と言って張り切ってネタを書いていたのを知っています。だから、僕は休みたくなかった。木戸の書いたネタを、ちゃんとふたりで演じたかった。
木戸は、高熱でふらふらしている僕を心配して、どうしていいのかわからない様子でした。僕に、「帰れ」と言うべきかどうか、迷っていたのだと思います。結局、誰も「帰れ」と言うやつはいなかったけど、それで正解です。その時は授業でしたが、本番では、風邪をひいたくらいで舞台に穴をあけるわけにはいかないのだから。勝手にいなくなった僕が言うことではないけどね。
ぐったりと壁にもたれて、他のコンビのネタを見ている僕の頭を、固いもので殴ったやつがいました。
永原。きみです。
きみは軽く小突いたくらいのつもりだったのでしょうが、熱のある僕にとっては、ひどい衝撃でした。僕はその場に座ったままの格好でぶっ倒れてしまいました。きみは慌てて僕を抱き起こし、僕を殴った凶器でもあるコンビニのビニール袋を僕の胸に押しつけてきました。わけもわからず受け取って、中身を見ると、スポーツ飲料にビタミン飲料、それに栄養ドリンクに野菜ジュースが入っていました。あと、冷えピタも。
「こんなに飲めねーよ!」と全力でツッコんだつもりでしたが、声がちゃんと出せていたかどうかはわかりません。
その後、冷えピタを額に貼って、なんとかネタ見せを終えることができたのは、永原のおかげです。永原は覚えていないかもしれないけれど、僕はこの出来事を度々思い出しては、今でもうれしい気持ちになってしまいます。
このころから、僕は永原に好意を抱くようになりました。なりゆきとはいえ、きみとコンビを組むことになった時、内心では「どうしよう」と思っていました。僕には、きみの近くにいて平常心を保てる自信がありませんでした。それでも、平常心を保とうと努力はしました。でも、どうにも無理でした。僕は、きみと過ごせば過ごすほど、きみのことを好きになっていきました。結局、平常ではいられなくなって、僕はきみから逃げてしまった。
きみの前から姿を消したこと、後悔はしていません。今回のことで、きみにはたくさん迷惑をかけたけれど、それでも、僕はこれでよかったと思っています。
僕は、相方としても圧倒的に頼りないやつでしたし、友人としても失格でした。あのままいっしょにいたら、僕はきっと、きみに気持ちの悪い思いをさせることになったでしょう。
これが、僕がきみの前から姿を消した理由です。
どうか、もう僕のことはきれいさっぱり忘れて、新しい相方を見付けてください。ピンでやってもいいと思います。永原は、その気になればなんでもできると、僕は思っています。ただ、ちょっと面倒くさがりなだけで。
こんなことを言う資格は、僕にはないのかもしれません。僕は、理由はどうあれ、まだまだこれからだった『永原松井』を捨てたのですから。
僕のことを許さなくてもいいです。僕のことを嫌ってもいいです。でも、もう、僕のことを心配するのはやめてください。永原は自分と、そしてこれから組むコンビのことだけを考えて。
僕はずっと、永原を応援しています。これからたくさんテレビに出て、きっと有名になってね。そうしたら、僕がどこにいても、きみの様子がわかるから。永原には、それができると思います。永原は、僕が知っている中で、いちばんおもしろい芸人なのだから。
20X5年某日 松井龍二
永原大輝様
追伸
ブログは、削除しておきました。
【未送信メール1件目】
手紙読んだぞ。
なんだあの無駄に長い手紙は。
俺は字が苦手なんだ。
知ってんだろ相方なんだから。
それから、俺が、
わかった、俺は新しい相方を探す。
おまえも元気でやってくれ。
とでも言うと思ったかばーか!
ばーかばーかばーか!
でも 元気そうで少し安心した。
俺は一応健康だ。
フットワークも軽いぞ。
手紙の消印を頼りにおまえを探しに行ってしまったくらいだ。
見つからなかったけどな。
いいかげん隠れてないで出てこいよ。
おまえは悪くない。
いなくなったのは悪いけど そんなには悪くない。
やっぱ俺がちょっと悪かったんだ。
いつも怒ってばかりでごめん。
おまえの気持ちも知らずホモネタごり押ししてごめん。
帰ってきてくれ。
俺はおまえとやりたいんだ。
おまえがブログ削除したせいで メール送れねーじゃんか。
ばーーーか!
なあ まっつん。
捨てたなんて言うなよ。
俺を捨てないでくれよ。
【2通目の手紙】
前略、ご無沙汰しています。
このままご無沙汰していたかったのですが、やっぱりペンを取ってしまいました。
最近は、テレビでがんばっている永原を度々目にします。元気そうな永原の姿を観ることができて、すごくうれしい。やっぱり、永原はおもしろい。
ただ、永原の名前のテロップだけが、気になります。
『永原大輝(永原松井)』
必ず、前か後ろにコンビ名が付けられているよね。まさか、新しい相方の名前も僕と同じ松井だというわけではないと思います。そもそも、きみはピンで活動しているようなので、やっぱりまだ以前のコンビ名を名乗っているのでしょう。
初めてそのテロップを観た時、驚いて鼻水を出してしまいました。それから、うれしくて、うれしくてうれしくて、泣きました。うれしがれる立場でもないくせに、です。
僕は、もうきみの相方ではありません。だから、そのコンビ名も、もう捨ててしまってください。僕が戻ることはありません。だから、そこに僕の居場所は要りません。
永原はやさしいから、僕のことを気にかけてくれるのかもしれない。でも、そのやさしさも、僕に対しては必要ありません。
あの手紙を読んだでしょう。僕のことは、忘れてください。今すぐにです。それが、永原のためです。僕の存在は、永原にとって邪魔にはなるだろうけど、得には決してなりません。だから、もう本当に僕のことを気にかけないで。
どうか、お願い。
20X8年某日 松井龍二
永原大輝様
追伸
健康にだけは気をつけてください。
きみはすぐ風邪をひくんだから。
【未送信メール2件目】
手紙読んだ。
すぐ風邪ひくのはおまえのほうだ。
てゆーか消印、前と変わってるじゃねーか。
まっつん、おまえいったいどこにいるんだよ。
それから、
ごちゃごちゃうるさい、ばか。
俺は絶対忘れないからな。
俺にはおまえが必要だ。
おまえがいなきゃ漫才もコントもできねーよ。
おまえと俺で、いつも流れを考えちゃうんだ。よ。
俺と誰か、なんて考えらんねーよ。
おまえは やっぱりばかやろうだ。
ばーかばーかばーか!
おまえは俺の相方だからな。
おまえがなんて言おうと、ずっとずっと俺の相方だからな。
ばかなことばっかうじうじ言ってないで、早く帰ってこい。
ちょっと待ちくたびれてんだぞ。
ばーーーか!
おまえがどこにいても 俺のことがわかるように、結構がんばったんだからな。
(!)その日の偶然
永原が松井を見つけたのは、本当に偶然だった。ロケの仕事のついでに後泊で、先輩芸人、後輩芸人と三人で京都大原の民宿に泊まった。安いわりに、大きな温泉のある、いい宿だった。三人とも、ちょうどまとまった休みがあったのだ。こんな偶然、滅多にないぞ、ということで少し京都観光をして帰る予定だった。
夕飯は、大部屋に各部屋番号のついたテーブルが用意してあり、そこで他の部屋の客たちと入り交じった状態で、という賑やかな感じだった。温泉に入り、浴衣に着替えた永原たち三人は、大部屋で、夕飯の鍋に火を点けてもらう順番を待っていた。従業員が四人体制で、各テーブルの簡易コンロに火を点けて回っている。
その時、「あ」と先輩芸人が小さく声を漏らした。
「あっちの鍋に火つけてる従業員、なんかまっつんに似てない?」
言われて、永原は勢いよくその人物を振り返る。坊主に近いくらいに刈り込まれた髪の毛で、印象が全く違ったが、それは松井に間違いなかった。
「まっつん」
膝を立て、追いかける準備をしながら永原は松井の名前を呼んだ。その声に、永原の姿をとらえた松井は目を見開いた。そして、次の瞬間には民宿の法被をひるがえし、テーブルの間をきれいに縫って、走り出した。
「やっぱ逃げんのかよ、ばか!」
想定内だぞ! と叫びながら永原は松井を追う。廊下をどたどたと走りながら、浴衣が少しはだけたのを感じたが、気にしてなんかいられない。永原は、とにかく松井だけを視界に確認し、追った。松井の足は思ったよりも速く、廊下の突き当たりに追い詰めた時には、永原の息は上がってしまっていた。反対に、まったく松井は息切れをしていない。
「まっつん、足はえーな。意外な特技持ってんじゃん。知らなかった」
永原は言う。松井は永原から目をそらし、黙っていた。松井の両手首を永原がしっかりと掴んでいるので、もう逃げられないだろう。松井のほうが少しだけ身長が高いので、永原は背筋をぴんと伸ばして松井の顔を観察した。少し、日に焼けたようだ。不健康そうだった白い肌が、健康的な色になっている。
「ひさしぶり」
永原はそう言って、松井がこちらを見るのを待った。
「お願いだから、僕のことは放っておいてよ」
松井が、蚊の鳴くような声で言う。
「そんなわけにいくか」
怒鳴ってしまい、永原は少しトーンを落とす。もう短気は起こさないようにしようと思っていたのだ。気をつけないと。
「逃げるな。帰ってこい」
今度は静かに言った。
「怒らないから」
松井は、永原が掴んでいる手首に視線を落としている。
「帰らない。帰れない」
松井は言った。
「だって、こんなふうに、永原にふれられただけで、どきどきするんだ。こんな気持ち悪いやつとコンビなんか組めないだろ」
永原は、右の眉をぴくりと上げる。
「自分のこと、気持ち悪いとか言うな。俺は、おまえのことをそんなふうに思ってない」
永原の言葉に、松井の目が見開かれる。
「本当に?」
松井の口からこぼれた言葉には、不安の色が滲んでいた。しかし、もう一押しだ、と永原は思った。もう一押しで、松井は落ちる。きっと、帰ってきてくれる。
「おまえがうだうだ気にしてることとかなあ、俺は全然気にしてないんだ」
永原は、はっきりと言う。そして、半開きになっていた松井の唇に口づけた。しっかりと舌を絡ませ、手首を掴んでいた片手を松井の背中に回して抱き寄せると、松井は小さな子どもがいやいやをするように、身をよじって抵抗した。
「だ、誰かきたらどうすんの」
松井が、泣きそうな声を出す。みんな夕飯で大部屋に集まっているので、廊下には人通りがない。しかし、いつ誰が来るともわからない。永原は、誰かに見られても、別にいいと思っていた。松井が帰ってくるのなら、それくらいなんでもないと思っていた。
「いいよ、別に」
だから、そう言った。
「よ、よくない!」
松井はぶるぶると首を振る。
「こんなところ見られたら、永原が……」
「だったら、帰ってこいよ」
永原は言う。
「だったらの意味がわからない」
松井は、なおも首を振る。
「帰ってきてくれないなら、もっぺんする」
松井の顔に自分の顔を近づけた瞬間、股間に衝撃があった。松井を捕まえていた手を放し、永原は股間を押さえてうずくまる。膝で股間を蹴り上げられたのだ。
「……なにすんだ、まっつん」
「なにすんだは、こっちの台詞だよ」
松井は、尖った声で言う。
「こんなこと、軽々しくすんな」
「だって」
永原は、なんとか立ち上がり、壁にもたれて松井を見る。松井の目は、真っ赤だった。それが怒りのせいなのか、悲しみのせいなのか、永原にはわからない。松井は、もう逃げる素振りを見せなかった。どうやら話を聞いてくれるつもりらしい。
「好きなんだ。まっつんのことが」
永原はストレートな言葉を選ぶ。まわりくどい言葉では、意固地な松井には伝わらない気がした。
「まっつんがいなくなって、いろいろ考えて、思った。好きだよ、まっつん。手紙、うれしかったよ。好きだって言ってくれて、うれしかったよ。つらいのに勇気出して告白してくれて、うれしかったよ。俺も好きだよ、まっつん。ずっと俺の隣にいてくれよ」
松井は目を見開き、口もぽかりと開けたまま、永原を見ている。なんともぶさいくな表情だ。今、松井がどんな気持ちなのか、やっぱり永原にはわからない。驚いているのだろうということだけは、なんとなくわかる。
「帰ってきてくれるなら、なんでもするよ。それでもだめなら、力づくで連れて帰る」
永原は続ける。
「おまえがいないと、困る。俺にはおまえが必要だ。頼むから、帰ってきてくれよ、まっつん」
そう言いながら泣き出した永原を、松井はぽかんと眺めていた。
了
ありがとうございました。