ブライト2
ホーリーという女の子を巻き込んでしまった。
目撃者にしてしまったワケだが、警察に預ければ恐らく大丈夫だろう。俺を追いかけてる連中が警察と繋がっていたとしても、子どもを殺す事までは流石に許さないだろうし、警察の力で事態を有耶無耶にする事だって難しくはないはずだ。
だから、俺は逃げられなくなるが、それが一番無難だと判断したわけだ。
俺のやってる事ってのは、所詮は単なる悪足掻きだしな。
けど、このホーリーは、こう言ってくれた。
「まだ、ブライトの追手はいるはず……車があるから、まずはここを離れましょ?」
「車?」
俺は面食らって問い返す……と言うか、俺が追われてるってのは、さっきの大立回りを見てただろうから理解できただろう。が、さらに追手がいるってところまで察することができるって、この娘は何者だ?
俺の問いに、このホーリーは笑ってこたえる。
「ワケありってのは、あたしも同じよ?」
幼い家出娘……としか思ってなかったが、さっきの大立回りや俺が撃たれる所を見ていたにも関わらず、ホーリーは落ち着いている。
撃たれた場所が痛む。
二枚重ねのスペース・ジャケットのお陰で痣で済んだが、剥き身のところに喰らっていたら恐らく死んでいた。
高速で飛来するスペース・デブリからの防御を目的としたジャケットではあるが、本当にスペース・デブリとの衝突から身を守れた例はあまりない。
拳銃弾が秒速数百メートルほどであるのに対し真空の軌道上を巡るデブリは、その何十倍という速さまでも達する。防弾服程度の防御しか見込めないスペース・ジャケットでは、はっきり言って気休めでしかないのだ。
銃弾を受け、俺が吹っ飛ばされるところも見ていただろうから、あれが実弾だったってことも察せてるはずだが……落ち着きから見て、実は全く理解していなくて察せていないとか?
「お前……一体、何者だ?」
ホーリーを見極めるため、俺は問う。
「オマエじゃなくてホーリー!」
「ホーリー……お前は一体、何者だ?」
名前で呼んでもらいたいらしいホーリーに訂正され、俺は溜め息をついて問い直す。
「俗に言うサラブレッド。遺伝子操作されて造られた『優秀』な人間の試験体……その集大成たる三人目!」
サラブレッドとは、長い時間をかけた交配によって品種改良された競走馬の呼称である。徹底的な、あるいは完全な品種という意味だが、それを人間で遺伝子改造まで行って造られたのがホーリー……自分自身だと言いたいらしい。
そもそも、そんな事をやってる組織が、この国に存在するのか?
疑問は尽きないが、ここに留まっているのは危険だ。
まずは場所を変える事で、とりあえずの安全を確保する必要がある……それに、俺はもう腹を括っていた。
他人を巻き込むぐらいなら、もう終わりにしても良い……そう思っていたから、ホーリーを体を張って守ったのだ。
ここに留まっていると、次の追手が来るだろう。そうすればホーリーを、また巻き込んでしまう。それは避けたい上、実のところ俺としても命は惜しい。
「込み入った話は、場所を変えてからだ……車があるって運転手付きの車か?」
そう言いながら周囲を見回す。
とりあえず、新手は居ないようだが長居は禁物だ。
「運転手と言うか……自動運転のロボットカー。免許なんかなくても、大抵の場所に行けるわよ?」
この手の車はセキュリティがしっかりしているので、簡単にデータの差し替えなどできないはずだが?
横着してセキュリティを完全に解除してしまうような例もあるが、その稀な例がホーリーの車だったってことだろうか?
そう考えていると、ホーリーは歩き出し……そして付いてこいとでも言いたげに足を止めて振り替える。
俺は溜め息を吐き、着ているスペース・ジャケットを裏返すように脱いで再び着直す。
このジャケット。いわゆるリバーシブルになっており、裏返すことで違う柄のジャケットとして使えるのだ。
普段は黒地を表にして着ているが、今は裏返し黄色と黒の警戒色のような色使いになっている……船外作業で目立つよう意識された配色だ。
これで、ちょっとした変装もできるってワケだ。
持ち物が限られる船乗り御用達のジャケットで……船乗りだった頃、親父が着ていたそうだ。それを俺が持ち出し使っているわけだ。
俺より親父の方が一回り体格が良かったので、軍で支給されたワスプの艦章入りのジャケットの上に着ることができる。撃たれても無事だったのは、二枚重ねのジャケットのお陰ってトコロもあるな。
撃たれた場所が痛んだので、俺は思わず顔をしかめる……間違いなく、ひどい痣になっているだろう。骨が無事だったのは本当に運が良かった。
「撃たれた場所が痛むの?」
「痛いで済むレベルで良かったよ……」
体の動きに大きな支障は出ない程度の怪我だ。大した事はない。
「その服……防弾服?」
「スペース・ジャケット……宇宙服の上に着る丈夫なジャケットだ」
この時代の宇宙服は、素肌の上に直接着るボディ・スーツに近い。人類が宇宙に踏み出したばかりの頃に使っていた、雪ダルマのような宇宙服とは比較にならないほどスリムだ。だから、上にジャケットを着る事だってできるわけだ。
「だから、そんなに派手派手なんだ」
そう言って笑うと、ホーリーは俺の手を握り歩き出した。
ホーリーに手を引かれ、駐車場へ連れていかれ一台の車の前まで案内される。
……完全自動運転可能なロボットカー。その中でも、かなりの高級車に分類される車だ。
電気と水素エンジンで動くハイブリットカー。エンジンとモーターの併用で圧倒的な加速力が特徴らしいが、AIによる自動運転じゃ、その特性も無用の長物と言われバカ車と揶揄されている車種である。
「ブライト……運転できる?」
そりゃパイロット・ライセンスも持っている手前、車の運転ぐらいできるがね……ハンドルあるけど、俺の運転を受け付けてくれるのか?
「運転はできるが……この車って、軍用機並みのセキュリティがあったんじゃ?」
「解除済みよ……ただ、位置情報を特定できないようGPSは止めてあるからナビの誤差が、だいぶ大きくなってると思う」
GPS情報がなくとも、登録された地図と道や建物から現在地を特定するぐらいは、今日日のAIなら普通にやってくれる。誤差もあるが慣れた人間が地図を見て案内するのと大差ないレベルなのだ。地図さえ正確ならば、途中に通行止めがあろうと目的地まで行ける。
ただ、ナビやGPSよりも、俺には気になることがあった。
「この車のセキュリティを解除したっ!?」
そう言いつつ、俺は運転席のドアを開ける……あっさり開いた。
席に座り運転席周りを確認するが、特に弄られている気配はない……いや、ナビや車のAIとのデータ通信用の有線ケーブルの挿し込み口が開いているな。
バタバタと助手席側に回り、ホーリーが乗り込んでくる。明けた扉を、そのままに手帳型の携帯端末からケーブルを伸ばし件の挿し込み口に繋ぐ。
直後にエンジンが始動し、静かに助手席の扉が閉まる。
『シートベルトを装着してください』
車の合成音声による警告である。
言われるままに、俺とホーリーはベルトを着けるが……大人用のベルトはホーリーには大きすぎるようだ。本来なら襷掛けになるはずのベルトが顔にかかってしまっていた。
それに気づいたホーリーは、顔をしかめ、襷掛けになる部分のベルトを背中に回た。
『シートベルトを、正しく装着してください。もしくは、リアシートをご利用ください』
「うるさいなぁ……」
再度の警告に、ホーリーは端末に指を走らせる。
直後に、メーター表示の上で点滅していた赤いランプが緑色に変わった。
問題が全てクリアできたと、車の安全装置は判断した……正しくは、ホーリーに、そう誤認させられているワケだが。
俺の見立てでは、この車のセキュリティには問題は感じられない。
正規のコード・キーを持っていたとしても、安全装置を誤認させるのだって一筋縄ではいかない。それをホーリーは易々とやってのけたのだ。
そっとアクセルを踏むと車がゆっくりと走り出した。どうやら、車のAIはホーリーの制御下に置かれたらしい。
「ナビと連動してるGPS機能は止まってるけど、後付けされた発振機があった場合は、この車の所在が施設にバレちゃうかも……」
施設……恐らくホーリーが居た所だろう。
「施設の名前は?」
「フェアリー・リングって孤児院……将来性のありそうな子どもを引き取って教育し、成人後に大手企業や軍部への紹介や斡旋しているところ」
一応、俺も知ってる施設だな。
士官学校時代に、そこ出身の奴が同期の友人に居た。
孤児ってワケじゃなかったが、親との折り合いが悪くて施設に引き取られたクチだと本人は言っていた。
何でも、そつなくこなせる器用な奴だったんで印象に残ってる……グレイ・ハリスンって名前だった。
「なら、将来は安泰だろうに」
グレイ自身は自分を不幸だとは思ってなかったようだし、当の施設を悪くも言ってなかった……親の愚痴は散々聞かされたけどな。
「将来性を担保に飼われている、あたしの気持ちがわかる?」
「わかるワケねーだろ……とは言え人間なんて大なり小なり、そんなモンだと思うぞ?」
そもそも教育自体が、人間を社会と言う組織の部品にするためにあるとも言える。俺だって、軍と言う組織の部品だったわけだ。
「ブライトって……撃たれてたけど、命を狙われてるんだよね。そして仲間はいないみたい……身のこなしや咄嗟の状況判断力から察し軍人だった? そしてブライトを殺そうとしている相手も軍関係者……属していた組織に不要とされ処分されかけてる?」
鋭いね……ホーリー。お前は一体、何者だ? ……って、試験的に造られた優秀な人間。その集大成たる三人目って名乗っていたな。
が、俺は何も言わない。否定も肯定もしない。
「もう、ブライトは軍に義理立てする必要は無いよね? あたしも軍の意向で造られ、方針転換で不要とされフェアリー・リングに払い下げられた……」
いや、軍ってのは中に幾つも派閥があって、俺としても義理立てしなきゃいけない派閥もあるんだが?
というか、その手の派閥とコンタクトをとろうと足掻いているのが現状なワケだが。
俺は溜め息を吐き、ハンドルを握り直す。
「おしゃべりは、そこまでだ……場合によっては飛ばすぞ?」
どうも、俺のお客が車で現れたようだ。
俺が車に乗り込んでいることが知られていないなら、このまま逃げ切れるが……どうなるかね?




