ホーリー2
探すまでもなく、さっきの男は見つかった。
ベンチに座って、かっ込むようにホットドッグを食べてるけど……さっきの様子から察し、そんなにお腹が空いてるようには見えなかったんだけどなぁ?
あと、美味しそうに食べてる気配でもない……あたしは美味しいと思ったけど?
そのまま男に向かって歩いていくが、サングラス越しでも目が合ったってことはわかった。
だから、 男に向かって駆け出した……だって、すぐにどこかへ行っちゃいそうな雰囲気だったもん。どことなく嫌そうな表情を浮かべてたが、あたしは見なかったことにした。
「ねえ、おじさん!」
「お兄さんっ!」
即座に言い直された……実際、若く見えるしね。
とりあえず電子マネーの現金化だけでも何とかしたいところだ。そこまでの無理難題じゃないし、そのぐらいなら頼めると思うんだ。
「お兄さん、お願いがあるんだけど?」
あたしの言葉に、男はサングラスを外し真っ直ぐあたしを見つめる。
生え際まで金色だから本物の金髪だ。瞳も深い青色で、とっても綺麗な色だった。
「お兄さん、お願いがあるんだけど?」
「実は悪い奴らに追われていて、これから一悶着起こるところだ……お願いを聞いてる暇はない」
追われている?
つまりワケアリって事で、それなら面倒な事も頼みやすいかも……って無理強いしたら話が拗れるかな?
あたしが手助けできるとも思えないけど、終わってからならお願いを聞いてもらえるかも。
「なら、終わってからなら、あたしのお願いを聞いてくれる?」
その言葉に、男は頷いた。
「終わった上で、俺のできる範囲内だったら聞いてやるよ」
真面目な顔で男は言う……さっき言った追われてるって話がホントなら、ここで終わりって覚悟を決めてるみたいだった。
……でも、そんなことは有り得ない。つまり、場当たり的な誤魔化しだろう。
それでも良いか……名前だけでも聞いておこう。
「なら、終わってからで良いからお願い。あたしはホーリー……お兄さんの名前は?」
男は一瞬、躊躇してから名乗った。
「ブライト……だ」
そして、ブライトは、あたしの頭をくしゃくしゃと撫で溜め息をつくと立ち上がる。
このブライトが嘘を言っていたなら、あたしの見る目がなかったって色々と諦められる。だから、ここであたしの逃避行は終わりになる……そう思っていた。
だって、常識的に考えたら、ブライトの言ってることって嘘にしか聞こえないし……つまり、あたしには人を見る目が全然無いって事の証明がされたというわけだ。
悲しくなったあたしは、歩いていくブライトの視線を追った。
その先には、ブライトを見つめる二人組の男。二人は声を出さない身振りで互いに連絡を取り合っているようで、ブライトが森へと逃げないよう行く手を阻むつもりのようだ……って、本当にブライトって追われてた!?
「嘘でしょっ!?」
あたしが疑問を持った途端、ブライトが歩みを二人組へと向けた。二人組も面食らったようだ。
ブライトは全く緊張していないようだが、二人組はブライトを凄く警戒してるみたいだ。
だって、身体がどこか強張っているような気配が感じられるし、うち一人は脇に吊った銃を意識しているんだろう。右手が左脇を探りたげに動いている。
だから、あたしは、こっそりブライト達に近づいてみる。
「人探しかい?」
ブライトは親しげに話しかけるが、二人組はブライトに気を許していないようだ。
「さんざん逃げ回っておきながら自分から近づいて来るなんて、いったいどういう風の吹き回しだ?」
「疲れたよ……何より資金切れの上に手詰まりだ。……俺も仲間にしてくれないかな。きっと役に立てるぞ?」
「それは我々の考えることではない」
会話が聞き取れたが、どうもブライトは全面降伏するかわり仲間にして欲しいと頼んでいるようだ。
でも、ブライトは追手を悪い奴らと言っていた。つまり、ブライトも悪者になると言うことなのだが、それがあたしには腑に落ちない。
二人組の銃を気にしている一人。
そちらをブライトも意識しているようだ……まあ、当たり前よね。
そして落ち着いて見える、もう一人がブライトの後ろに回り……抜く手を見せぬ早業で拳銃を抜いてブライトに向け発砲した。
けど、想定内みたいでブライトは発砲直前に身をかわした。
ちなみに銃声はしなかった……厳密には発砲音はあったのだろうけど、あたしの耳までは届かなかった。
たぶんコイルガンだろう……電磁石の力で鉄の弾体を加速させる銃だ。
火薬の爆圧で銃弾を加速させる火薬銃とは違い、弾速を音速以下まで抑えれば銃声を大幅に抑えられる。
火薬の燃焼によって瞬間的に発生した大量の燃焼ガスが周囲の空気を振動させる事によって爆音は生じるのだが、コイルガンは火薬を使わないため、その爆音を伴わないのだ。
でも、銃弾を音速を越えてしまうと音速の壁を破ることによって生じる衝撃波が発生するため爆音が生じる。だから暗殺目的の銃なんかは、銃声を抑えるため弾速は音速以下に抑えられてる場合が多いみたい。
ちなみに、あたしが発砲に気づけたのは、ブライトがかわした弾が地面に着弾したからだ。流れ弾を出さないよう高く掲げた上で銃口を下に向け発砲したのだ。
身をかわしたブライトは、懐から赤いコーラの缶を取りだし発砲した男に向ける。そして、そのままコーラの缶を縦に握りつぶした。
握力だけで中身の詰まった缶を潰す……ブライトって、とんでもなく力が強いんだ!
吹き出したコーラで視界を失ったようで、もう男はブライトを狙えなくなったようだ。けど、もう一人は懐から銃を抜き、そして躊躇なくブライトに向け発砲した。
けど、それもブライトは避けて見せた。
でも、表情から察し、あまり余裕はないみたい。
「ヤツを見つけた! 今オレ達と交戦中だ。大至急、来てくれっ!」
コーラで目を潰された男が、無線を使って仲間を呼んだみたいだ。
それを聞いたのか、ブライトの雰囲気が少し変化した。
防戦……と言うか逃げた気な気配が今までのブライトから感じられたんだけど、覚悟を決めて攻めに転じたような感じ。
ブライトは身を屈めると、強烈な正拳突きを男に見舞った。
自分の体を使って紡ぎだした力を、凄く効率的に拳に乗せた一撃だった。
その一撃をみぞおちに受け、男は昏倒した。
そしてブライトは、昏倒した男の銃を遠くへと蹴り飛ばし、目潰しを食らったもう一人の男の銃を奪うと明後日の方向に放り投げた。
……つまりブライトは仲間にして欲しかったわけじゃなくて、隙を作るために、あえて近づいたんだ。
とりあえず、二人組からは逃げることはできそうだけど……仲間を呼ばれたみたい。
あたしが使った車なら、走って逃げるより安全に逃げられるだろうけど……問題は、あたしがブライトに近づけない事だ。
持ち物や身のこなしから察し二人組は軍人で……たぶんブライトも軍人だ。じゃなきゃ、ああも見事に銃への対処はで気なはずだ。
そんなことを考えているうちに、ブライトは、もう一人の男を昏倒させる。
爪先による蹴りを鳩尾に叩き込んだのだ。
体捌きから察し、ブリステル宇宙軍の軍隊格闘術とは違うみたいだけど……どんな格闘術なんだろう?
ブライトが強いってのは、間違いないみたいだけど……
疑問を持った瞬間、ブライトが身をかわし……きれずに弾き飛ばされた。
バスンっという着弾音があたしにも聞こえた。たぶん銃撃されたんだ。
「痛ってぇっ!」
叫びつつブライトは肩を押さえつつ立ち上がった。
出血しているような気配はないが、本当に痛かったのだろう。
立ち上がっても、すぐには逃げに転じられないみたいだ。そして、ブライトの視線の先には拳銃を持った男……たぶん二人組の仲間だ。
この場に、目撃者を名乗れそうな部外者は……あたしだけだ。
周囲を見回し、そう結論を出す。
だから、あたしは大きく息を吸い込み悲鳴をあげた。
「誰かきてぇ~! 助けて~!!」
あたしの叫び声が他の誰かに聞こえたかはわからない。でも、ブライトを撃った男の注意は引けた。だからブライトが逃げ出す隙を作ることはできそうな感じ。
どうも、応援に駆けつけた男は、目撃者がいるなんて考えてなかったのだろう。
驚いたようにあたしを見て、躊躇なく拳銃を向け発砲した……って、ちょっと巻き込んだ部外者まで始末する気なのっ!?
引き金が引かれた直後、ブライトが男とあたしを結ぶ直線上に飛び込んできた。
再びバスンという着弾音が聞こえた。
そしてブライトは倒れ……顔をしかめながら立ち上がった。
出血している気配はない。たぶんブライトの着ているジャケットが防弾仕様なのだろうが……防弾仕様と言っても着弾の衝撃を死なない程度に抑えることはできるだけだ。つまり、撃たれて無傷で済むわけじゃないのだ。
「ブライトが撃たれたっ! 誰か助けて~!」
思わず叫ぶが、ブライトは静かにしろとばかりに、あたしを見ながら口の前に人差し指を立てる。
そして顔をしかめつつ立ち上がると、あたしを背で庇うよう立ち上がる。
あたしを庇う事で、ブライトは逃げられなくなった。それを理解しているためか、男は歩いてブライトとの間合いを詰める。
「庇うのは構わんが……いずれにせよ、その娘は始末されるぞ?」
男は感情のこもらない声で言う。
こんな場所でも躊躇なく発砲し、そして部外者を巻き込むことも厭わない……そんな相手にブライトは追われているんだ。
……ブライトって一体、何をやったんだろう?
「まだ、子どもだろうに……」
ブライトは呟き、両手をダラリと垂らしたまま男との間合いを詰める。
「巻き込んだのは、お前自身だ。とっとと始末されていれば、誰も巻き込まず済んだものを……」
だから自分は悪くない。そう思うことで自分を正当化したいのだろう。
よく見ると、男の手は震えていた……本当は人殺しなんてしたくはないのだ。
「言い訳か……アンタ、この仕事向いてないよ?」
そう言うと、ブライトは踏み出しつつ垂らした右腕を勢いよく振り上げた。
男との間合いは三メートルほど。踏み込んでも手は届かない距離だ。にもかかわらず、男は顎を打ち抜かれ仰向けに倒れ昏倒する。
そしてブライトの掌に、鎖のついた大きな懐中時計が収まった。
……時計鉄鎖術。
鎖で繋がれた懐中時計を武器として扱う、船乗り達に伝わる護身術だ。
光速不変の法則に伴うウラシマ効果に曝される船乗りたちは、自分の過ごした時間を正しく知るため常に時計を携帯している。その時計を武器として扱ったのが始まりらしい。
そして、独自の発展を遂げ、鈍器として十分機能する懐中時計を船乗りの多くは携帯しているのだとか。
宇宙軍の軍人も一種の船乗りなので、この時計鉄鎖術を扱えるものは軍人にもいる。ブライトも、そのクチなのだろう。
「巻き込んじまったんで、警察まで届けてやるよ……いや、ここに警察を呼ぶか」
ブライトは覚悟を決めたんだろう。警察を呼んだら、ブライトは逃げられなくなる……事情説明とかで、しばらく身動きがとれなくなるからね。
それと、最悪の場合を想定すると、ブライトを追いかけてる者達が警察を抱き込んでる可能性もある。部外者であるあたしはともかく、ブライトは逃げられなくなるだろう。でも、それを承知で、ブライトはあたしを警察に預けると言っているんだ。
つまり、ブライトは善人……かはさておき、間違っても悪人ではない。
あたしが、このブライトが何者なのか必死に考えてた。でもブライトは、あたしが呆然としていると思ったらしい。だから、あたしの身の安全を最優先に考えてくれたんだろう。
でも、実際は全然違う。
お互いワケあり同士だし、上手く協力関係を……ってことを、あたしは考えていたんだからね。
「まだ、ブライトの追手はいるはず……車があるから、まずはここを離れましょ?」
「車?」
面食らったように、ブライトは問い返してきた。
「ワケありってのは、あたしも同じよ?」
やっぱり、この出会いは運命的なものだ。
ブライトは絶対に嫌がるだろうけど、あたしは、そう信じているんだ!




