第八話 さっきのあの男
女子の服はカラバリも形も豊富よのぅ
男の服なんぞ、なんとみみっちいものか・・
あれから3時間、いつの間にか紗良より服選びに没頭してしまったボクは新たな女子の境地に足を踏み入れてしまったようだ
「うわぁ・・!見て見て!めちゃクールな短パンじゃん!?色合いも好みぃ!あっ!こっちもいいなぁ!スカートみたいだけどズボンになってるし涼しそうだね!」
目移りして時間を忘れて服を吟味してるボク
こんなに没頭したのはゲームと動画アプリ以外では初めてで、自分の女子の才能が怖いくらいだと思い始める
そんなボクを呆れた目で追いかける紗良
帰りたいオーラが見え隠れしてるが、そんなことは知ったことではない
完全ガン無視で服を吟味する
色合いも形もナイスな服に手を掛けたところで、ボクは紗良に力のこもった手のひらで肩を掴まれた
「千秋?そろそろ選べよ・・?私がどんだけ待ってるかわかるよな?」
何故か怒ってる紗良、ボクの肩が割れるんじゃないか?と思うほどの怪力
ボクの楽しみを邪魔するやつは許さんぞ?
「なに?うるさいなぁ紗良は・・あっち行って座ってなよ、ほら?そこの影に椅子あるからさ!」
手を振りほどき、次の目ぼしい服に移行しようとすると、後ろから怒りのこもった両手で両肩を握られた
「千秋・・?次は言わないよ?私は凄く待ってるの、何事も限度が大事だと思わない?おまえ・・うち帰ったらわかってんだろうな・・?」
えっ?激おこなんですけど・・
紗良が激おこなんですけどぉ!
ボク悪いことしてないよ?
服選んでただけだよ?
その目はやめて・・・?
お仕置き怖いよぅ・・・
いじめないで・・・
フルフルと震える身体にムチを打って、目ぼしい服をサッと集めると、震える手で会計を済ませ紗良に引きずられながら店をでた
なんでボクがこんな目に・・誘ってきたのは紗良なのに・・
おのれ・・次は粉々うまし棒だけじゃ済まさねぇからな・・!
ボクにはまだイカ天スナックがあるんだ・・覚えとけ!
そんなおバカな策略を練っていると、ご機嫌がすこぶるななめな紗良が買い物した自分の袋をボク前に差しだしてくる
「ちょっと持っててくれる?私トイレ我慢してたから!3時間も行けなかったからもう限界!千秋ちょっとここらへんで待ってて!」
荷物を半ば強引にボクに手渡してそそくさと人混みの中に消えていく
珍しく冷や汗タップリだった紗良
なるほど・・その手があったか!
あの生意気な女王気質の紗良を手玉に取るには水分を大量に取らせてトイレに行かせないようにしてやればいいのだ
涙目で「トイレにいかせてください」とお願いしてきたところをボクが主導権を取れば紗良を意のままに操れるじゃないか!
アホチンな考えが浮かび、一人ニヤッとショッピングモールの休憩スペースのベンチに座ってほくそ笑んでいるボク
通りすがりの子供が「あのお姉ちゃん一人なのに笑ってるよ?」とか言ってるのが聴こえたがやっぱり聴こえないフリをしてやり過ごす
ふとボクは人の影が異様に近いことに気づいた
ふと目を上げると、いつの間にかボクの目の前にニヤついてボクをみる見知らぬ男が立っていた
ニヤついてやがる・・コイツはヤベェやつだと思って、ボクは俯いてやり過ごそうとしたが、その男はお構いなしにボクに話しかけてきた
「キミ一人かな?こんなとこで何してるの?よかったらさ、俺と遊ばない?ご飯もご馳走するよ?」
そう言うなりボクの白い手をいきなり掴んでグイッと強引に引き寄せてくる
ボクは急なことで怖くなり頭の中はパニック状態だ
「あ・・!や・・やめてください・・ボクお友達と待ち合わせしてるんです・・」
それを聞いた男は更にボクの腰に手を回して顔を少し覗き込んできた
「そっかぁ!待たせる友達も悪いやつだなぁ?俺と一緒に探しに行こうか?キミ自分のことボクって言うの?可愛いねぇ、今日はこのままバックレちゃってさ、二人で楽しいとこ行かない?キミの可愛いところもっと見せてよ」
完全にスケベ顔の男、ボクも抵抗してみるが完全な男の前では成すすべがない
ふと紗良が言った「お持ち帰り」が頭をよぎり自然と身体が震えてくるのがわかった
「い・・や・・うっ・・!」
恐怖で縮みあがってしまったボクは声が麻痺したのか出そうにも出ない
もう駄目だと涙のたまった目を瞑った瞬間
また知らない男の声が聴こえる
「あんた、彼女嫌がってるじゃないか?離してやれよ」
声に反応してボクは薄目を開けてみる
ボクを掴んだスケベ男の腕を、知らない男がギュッと掴んで行く手を阻んでいる
かなり力が入っているのか、血管が迷路のように浮かび上がっていた
「いでっ!離せって!くっ・・!い・・痛い!痛いって・・!」
予想以上に強く握られたのか、スケベ男の顔が歪んで、知らない間にボクの手を離していた
ボクはその場を離れようと頑張ったが、脚の力が抜けてその場にへたり込んでしまう
そのまま動けず、男達のやり取りを目の前で見ることになってしまった
「女の子の気持ちもわからんのか?クズ野郎だなあんた?あそこにいる警備員に彼女に証言してもらって痴漢で捕まえてもらうか?」
それを聞いたスケベ男は顔面蒼白になって、慌てて知らない男の手を無理やり振りほどくと、何も言わず逃げるように走っていった
ポカンと涙目でその状況を見守ってしまったボク
未だにフルフルと脚が震えてる
情けない・・元男子なのに・・ボク・・何もできないなんて・・
こんなことで力が抜けるなんて男だった時には一度も経験がない、なのになんで?
へたり込んで、無意識に女の子座りになってる自分に気づく
震える脚は白く、程よい肉付きだが靭やかさのある脚、艶があり妖艶な色気を醸し出すボクの脚
そうか・・・女の子になるってこういうことか・・・
男の常識が通用しない身体に改めて気付かされたボクは、悔しくてポロポロと涙が頬を伝っていく
そんなボクを哀れんだのか、知らない男がスッとひざまずいてボクに声をかける
「キミ、大丈夫だった?怖かったよな、もう大丈夫だから」
爽やかな笑顔を見せられ、ボクは柄にもなく見とれてしまった
ふとボクは我に返ってフイッと顔を背けたところで、待ち人紗良の声が聞こえた
「ちょっと千秋どうしたの!?泣いてるじゃん・・あんた!友達に何したの?!」
ボクの眼前で鬼の形相の紗良は、知らない男の仕業と決め込んで睨みつけている
知らない男は顔色も変えずにそれを見守っていた
殴り合いになったら敵わんと、少し落ち着いたボクは紗良に慌てて声を掛けた
「ちょっと・・!紗良たんま!その人いい人だよ?ボク助けてもらったよ・・?」
それを聞いて、鬼の形相から般若の形相にランクダウンした紗良
いい人でも男だからか警戒してるようだ
知らない男はそれを見ても態度を変えない
そんな男に紗良が言う
「とりあえず、友達助けてくれてありがと、でもあなた午前中、千秋の近くにいたでしょ?私もいたから顔覚えてるよ?」
えっ・・?そうなの・・?
あっ・・!そういえば広場のベンチに座ってたとき、何度か前通ってたあの時の男の人に似てるかも・・・
それに気づきボクは少し寒気を感じた
そんな微妙なボクの変化に気づいてか、知らない男がようやく口を開いた
「まぁ、警戒されるのは仕方ないな、でも俺はキミに危害を加えるつもりはないよ」
そう言って更に付け加える
「でも、少し用事があったのは確かかな?変な用事じゃないから安心してくれ」
それを聞いた紗良が知らない男に噛みつく
「よく言うよね、名前も名乗らないのに助けたから安心してくれ?あなた大人の癖に常識がないようね、もういいわ、千秋?立てる?帰るよ!」
そう言って紗良はボクを抱えて起こすとボクの手を引いてツカツカと出口に歩いていく
ボクも慌てて歩調を合わせよろめきながら紗良についていく
それを見た知らない男は、タイミングを見計らってボクの手に紙のようなものを手渡してきた
とっさに紗良にバレると事が大きくなると思い、買い物袋の中にその紙のようなものをねじ込みボクはショッピングモールをあとにする