第六話 可愛くなれ
今日はお母さんとお出かけだ
どこへ行くかというと美容院、髪をカットしに行くらしい
お母さんに「これを着て私と歩いて!」とボクに薄茶色のキャミソールワンピースと言うものと、白のインナーシャツを手渡されたから、とりあえず着用
ゆういつボクができるサイドテールに髪を高めに結んで準備万端
家を出ておよそ30分、お母さんの隣を歩いている
まぁ・なんだ、紐みたいな肩掛けだがシャツを着てるし恥ずかしくはないな、スカート部分も長いしなかなか良いではないか!
無意識に笑顔がこぼれて、周りの男が何人か振り向くのがわかった
いかんな・・ボクの無意識の笑顔は破壊力が強すぎる・・
寄ってこられると、ボクには太刀打ち出来ない・・気をつけよう・・
まぁ、男の事なんかはもうどうでもいいが
なんなんだ?この底の厚いサンダルは・・
走りづらいし、何かあったら蹴れないじゃんか・・
女子とは不可思議な生き物よのぅ・・
その不可思議な生き物のボクは、周りから見たらさぞかし素敵に映っているのか?
証拠にお母さんがボクをチラ見して、その都度ほくそ笑んでいる・・
まぁいいか・・少し慣れたわ・・
そのまま歩いてお母さんにさっきの男の事を突かれる
「千秋?あんまりいたずらに愛想振りまいちゃ駄目よ?あなた可愛いんだから自覚を持って行動なさい?」
はい・・?自覚とな?生憎そんなものは持ち合わせてねぇ・・
可愛いは許すが、愛想はばら撒いてねぇぜ?
ボクは悪くない、勘違いした男が悪い
そこでボクは気づく
愛想がいいと男が勘違い・・?
これは、中1のボクに顔が合うたび笑顔を向けてくる女子に、勝手に舞い上がったボクが告白したら振られた・・
それじゃないか!?
何ということだ・・
あの笑顔が愛想だっただと!?
くそっ!なめた真似を・・
そう思い返したところで、それと同じ事をしたボクは少し反省
自覚を持てるように頑張ると心に命じる
「ついたついた、さあ、千秋入って!」
洒落た店構えだな、女子オーラがムンムンしてやがる・・
まぁ大丈夫だ、ボクはただの付添だからな
そう思って、ボクは先陣を切って店に入っていく
すると、派手目の服装のお姉さんが僕達を出迎える
「松元さん!お久しぶりです!お待ちしてましたよ、予約時間ぴったりなのでもう場所空いてます、こちらにどうぞ」
見た目とは裏腹に誠実なお姉様だな
人は見た目で判断しちゃいけないな・・
と、一番見た目で判断してはいけないボクが脳内で感服している
そうこうしてる間に、いつの間にか個室のチェアの上に座らされているボク
あれ?なんで座ってんの?ボクは付き添いなのに?
そんなボクの気持ちを無視して、勝手に話が進んでいる
「ホントに可愛いですねー、背もあるしモデルさんじゃないんですよね?それにしても松元さんに娘さんが居たなんて知りませんでしたよー」
そりゃそうだろうな・・元男だからな
あとボクはモデルさんじゃねぇ・・
それは可愛くて美人な女子がやることだろ?
寝言は寝て言え!ていうか、寝てしまえ!
お姉様とか思った相手に、脳内で毒づく悪い娘のボク
紗良がボクの頭の中を覗けたなら、おそらく今頃ボクは廃人になっていたであろう
そんな妄想家のボクが無限の彼方に行ってる間に、お姉さんが髪をカットする準備をしていた
うそ!?髪ホントにカット?
聞いてないよ?言われてないよ?どんな髪にするかも情報ないよ??
せめて要望くらいボクにも聞いてよ・・
できればスポーツ刈りにしてね?
初めての経験で身体が金縛りにあったように動けなくなる
あ・・いや・・初めてだから・・
美容院初めてだからぁ・・
床屋さんとどこが違うのぉ・・
痛くしないで・・優しくしてよぉ・・・
そんな女子全開のボクは脳内で、か弱い女子を演じているとチョキチョキと髪を切るお姉さんが目の前にいた
いや〜っ!年上お姉さんがボクを見つめてるよ〜!
目のやり場に困っちゃう・・
少し狼狽えたところでお姉さんの胸の膨らみに目がいく
むっ?前屈みで胸をボクに見せつけてるのか?
ふん、大したことない・・ボクの方が少し大きいじゃないか!
ボクはたまに紗良に揉まれているからな
キミと違って胸の細胞が活性化され続けている・・まだまだボクは成長するぞ?
とまたまたアホな子の発想をしてニヤッと右手を口元に添えてほくそ笑むボク
それを見た美容院のお姉さんにチョキチョキされながらクスッと笑われてしまう
はぅあ・・!誘われてる・・
ボク・・お姉さんに誘われてる・・・
ダメ・・胸は揉まないで・・・
せめてボクの許可を取って・・・
と妄想し始めたところで大人の対応を見せてやる
まぁ許してやるか、ボクの方がデカかったという事実は変わらん
ボクにもだいぶ余裕というものがついてきたようだ
余裕の笑顔でお姉さんに返してやる
するとお姉さんが後ろでボクの髪をいじりながら言いだす
「千秋さんホント可愛い!私の友達に可愛い子探してる子がいるんだけど、今度千秋さんの事、紹介してもいい?」
チョキチョキと後ろ髪を切る音と店舗のBGMの中に、混ざるお姉さんの声
微妙に何言ってるか、わかんねぇじゃん?
とか思ったが、さっきの余韻に浸って気分がいいから、笑顔を向けて「わかりました」と控えめに言ってやった
それを聞いたお姉さんの表情が明るくなり髪さばきが至極の一品を扱うがごとく、見事な技でボクの髪をカットし始めた
はにゃ〜・・
キモチイイニャ〜・・
意識が飛びかけ現実に戻ると、何故か椅子ごと仰向けに寝かせられている
なっ・・なんだ・・?
次はどんなプレイが・・
と思った瞬間、頭皮と髪に程よい温度の、これまた程よい圧のシャワーがボクの頭部をこねくり回す
はわわ・・
なんてキモチイイの・・?
これが女子の特権なの・・?
あぁ・・昇天してもいいや・・・
身体の力が抜けてボクはいつの間にか夢の中に・・
肩をトントンと叩かれる
ん?ボクが気持ちよく寝てるのに・・
妨げるやつはどこのどいつだ・・?
眠気まなこを擦りながら不機嫌そうに目を開ける
「起きたね〜、寝顔も可愛かったよ?千秋さん!」
ニコニコ笑顔のお姉さん、ボクは寝込みを襲われたのかと悟られないように服装をチェックする
あぶねぇ・・危うく誘惑お姉さんの餌食になるところだった・・
いい人ぶってあんなにボクを気持ち良くさせるとは・・
大人の女は危険すぎる・・
寝起きに寝言を脳内で吐いて、現実で大あくびをかましてやる
よく寝た・・
そんなボクを鏡越しに見つめるお姉さん
何か言いたげに、ガン見してくる
な・・なに・・そんなんじゃ・・ボクは脅せないぞ・・
怖くはないが身体が小刻みに震えてくる
女の子の身体はバイブ内蔵なのか?とか女の子になった鏡の自分に哀愁の目を向ける
同時に誘惑お姉さんの口がなにか言っている
「どうかな?すごく似合ってると思うんだけど、気に入ってもらえた?」
はぇ・・?似合ってる?ボクの哀愁の眼差しがってことか?
鏡を見て自分の眼差しを確認するが至って普通のクリっとしたお目々だ
嘘こきやがったな、とか思っていると鏡に映るボクの髪型に違和感を感じた
「ボクの髪は・・?あれ・・!?」
なにぃー!自慢の佐々木小次郎張りの長髪がない!
結わなきゃお尻までゆうに隠れた髪を切っただと?!
隠せなきゃ紗良にイタズラされるじゃねぇか!
脳内激おこモードのボクに、誘惑お姉さんがボクの髪を触りながら説明しだす
「かなり荒れてたから半分くらいカットしといたよ、それでもセミロングくらいあるからアレンジは色々出来るからね!でも髪質きれいだね!こんなにサラサラのストレートの子もなかなかいないよ」
ニコニコ話す誘惑お姉さん、姿形はさっきと変わらないが、ボクには誘惑お姉さんが女神に見えた
「しゅごいキレイでしゅ・・」
女神の神々しさに言語麻痺をきたし、舌っ足らずに変貌しているボク
ボクの髪ごときを心配してくれてる・・
しかもだ・・荒れた部分だけを取り除くと言う神業・・!
言語麻痺が収まっていると信じてボクは感想を述べた
「なんか・・とても女の子っぽいです・・可愛い・・!」
紗良の毒にやられたのか、ボクの女子の部分が言わせたのか、現実で可愛いとか口走ってしまい自己嫌悪しそうになるが、女神に失礼だから考えるのをやめたボク
ボクはスッと立ち上がり、くるりとお姉様の方へと身体をひねらす
サラッとキレイに放物線を描き、顔の前でファサッとボクの形のいい鼻をくすぐる
ツヤツヤの髪がライトに照らされ天使の輪が浮かび上がった
女神が作りし最強のヘアスタイル・・
是非直接挨拶せねば・・
両手を前で重ねてペコリと頭を下げるボク
「お姉様、感謝いたします・・」
紗良の調教のせいで女子っポイ言い回しになったのは腹が立つが、女神様に免じてボクは許すことにした
そんなボクを見た女神様は、面を上げなさいと言っているように聞こえた
「千秋さん!そんなかしこまってお礼なんていらないですよ!お客さんなんですから!でもやっぱり可愛らしいですね!でもせっかくなんで写真撮ってもいいですか?こんなに感謝されたの初めてなので記念に」
どいつもこいつも写真が好きだな、とか思ったが、女神様の言いつけなので二つ返事で了解するボク
その後何故か、ここに来る時間と同じくらいの時を個室で過ごすボクであった