第三話 女子力の入口
七月に入り、ボクは病院を退院した
ずっと病院の服で過ごしていたので、まさかここで最初の試練があるとは・・
「ホントにこれ着るの・・?」
目の前には淡いピンクのワンピース、しかも肩に袖がない、気持ちばかりと隣には薄手の丈の短いカーディガン
紗良が外を出歩くならと、家のお母さんと買いに行って揃えたようだ
まさかこんなヒラヒラしたものを着る日が来るとは・・・
目頭にはちょちょ切れ涙がポロリ
ボクは男だと脳内のボクが騒ぎ出す
「早く着て!お願い!絶対いいから!間違いないから!」
こういうのは可愛い女の子のが着るから可愛いのであって、ボクなんかが着たらホントの男の娘になってしまう
「ボク男だったんだよ?これ着たら男の娘だよ?ボクにだってプライドが・・」
と言いかけたが被せるように紗良のトークが始まる
「馬鹿言ってないで着て?千秋は男の娘じゃなくて女の子だから、揺るがないプライドを構築するチャンスだから!絶対可愛いから!そのために朝からここ来て髪も結ったでしょ!?」
半ば半ギレで噛みつかれ、揺るがないどころか、ボクのプライドはすでにズタズタ
小動物みたいにフルフル震えがとまらない
埒が明かないと、とりあえず鏡の前まで移動して、鏡越しに紗良の動向を覗う
恐い・・ めっちゃ睨んでる・・
「千秋!様子見て逃げようとか思ってるでしょ?そうはいかないから!」
完全にボクの企みを見破られ、病院服を剥ぎ取られる
心の準備が・・優しくしてよ・・
紗良は手際よくワンピースをボクに被せるように着せ、ボクを立たせるとシワを伸ばしていく
仕上げにスッとカーディガンを着せられて鏡の前で整えられる
「ほらっ見てみ!可愛い〜じゃん!」
恐る恐る目を開ける
鏡の前には、サイドテールと言う髪の結びをした、ヒラヒラのワンピースがとても似合っている女子が映る
誰だこれ?可愛いな・・
ってボクだった・・
一瞬自分で自分にみとれてしまいそうになったけど、現実に戻って鏡から顔を背ける
やっぱりボクは女の子か・・・
「似合ってるね・・うん、可愛いかな?服が・・」
やっぱりこの現実は受け入れがたい、それにワンピースはハードルが高すぎる・・
ヒラヒラのスカスカだし・・せめてデニムの長ズボンにしてくれよ・・
そう悲観してたところで、紗良にほっぺたを両側から引っ張られた
「何その顔は・・?あと2週間で千秋をハリボテでもいいから女の子にしなくちゃいけないの!辛気臭い顔してないで黙ってやればいいのよ!」
何という荒療治・・
乙女心が傷つくだろ、とか内心思ってるボク
知らない間に少し女の子の気持ちになってるのか?
とりあえず、収集がつかないこの場面を打破すべく、大人しく紗良に従いボクは病院を出た
なんとか気張って病院前のロータリーまで来たが、迎えに来てるはずのお父さんの車がない事に気付く
紗良が電話で聞いたところ、渋滞で迎えまでもう少し時間が掛かる事を告げられた
マジか・・・
こんな格好で待つの!?下も上もスースーするし全然落ち着かない
露出狂の気持ちはこんな感じか?と、くだらない事を考えて一人でニヤけてしまう
そこで自分の無意識の行動に目を疑う
ニヤけた口元の右下に、軽く右手をグーにして添えているのに気づいてしまった
これは・・なんで添えてるの?
よく漫画で可憐な少女がやるポーズ・・
受け入れがたい・・
とっさに手を下ろそうとするが時既に遅し
少し向こうにいる3人くらいの若い男の人に、バッチリニヤけて手を添えるのを見られていた
証拠にボクから視線を反らさない・・しかもほんのり頬が赤い気がする・・
おぇぇ・・
全然嬉しくない、全然嬉しくない!と頭で呪文を唱えるが、何故か頬が勝手に熱を帯びて手を小さくその若い見ず知らずの3人に向かって振ってしまっている
何やってんだおいっ!
恥ずかしくなって、くるっと身体を反対側に回転させると、フワッとワンピースの裾がキレイな円形になってボクの足に絡まったあともとに戻る
もう限界だ・・
「紗良!ここダメだ・・暑いしあっちの樹の下で待とう」
そう言って、ロータリーの脇にある街路樹のベンチまで早足で歩いていった
ベンチにボクは座り込み、大きなため息を吐く
今までとは違う感覚、これに馴れろと?
身体の変化にもまだ完全に慣れてないのにこの環境の変化は参る・・
しかもさっきの無意識の行動はなんだ?
あれじゃ完全に女子の対応じゃないか・・
そこでまた自己嫌悪
そうだった、ボク女の子なんだった・・
「千秋?顔色悪いね?大丈夫?」
ゆっくり隣に座った紗良、さっきのボクの行動を見ていたようで、そこを上手いことついてくる
「いいんじゃない?女子の第一歩!愛想笑いと寄るなアピール!自分を守るのに必要だから覚えておいた方がいいよ?それで関係ない男遠ざけられたら一番楽だよ」
女子の裏の顔を知ってしまった瞬間
可憐な笑顔の裏には、寄ってくんなの負のオーラを纏っていたとは・・・
これは使える・・!
生き抜くための秘策・・愛想笑いか・・
女子は奥が深い・・
グッとコブシを作って、忘れないように小さくガッツポーズする
そして意外と立ち直りの早くなった自分にも驚く
初夏の青い空、遠くの入道雲、上を向くとサラサラと心地よい風がボクのサイドテールを優しく撫でて耳元を抜けていく、街路樹の木々がゆっくりと揺れ、葉の間から煌めく光がボクを照らしている
どのくらい待っただろうか、ひとしきり見知らぬ男にチラ見をされたせいか、どことなくそれに慣てきている自分に気づく
人の慣れとは怖いものだ・・
チラ見をしてくる男の目に合わせて、ボクからも目線を送ってやるというのを先程からかなりの頻度でやっているのだが、今の所100%男の方が目線を反らす
なるほど・・目には目を・・か・・
自分の才能に驚いた、まさかこんな秘策を編み出すとは!
頭の中のエセ大魔王千秋が大笑いしていると横の紗良が話しかけてくる
「あんまり視線で遊んでると、そのうち良からぬことになるから程々にしたほうが身のためだよ、女子は力が弱いからね?例えるなら・・蝶の様に舞い、蜂の様に刺す・・かな?」
うんちくか・・?全く訳がわからなかったが、とりあえず胸の一番深い片隅に置いとくことにする
それにしても遅い・・
ボクの才能がなかったら、今頃ボクは男どもの餌食になっていたかもしれない・・
そんなお馬鹿な考えが頭から出てきたとき、1台の見覚えのある白いワンボックスがボクたちの前に停まった
中から人が降りてくる、懐かしい顔だ・・
「待たせた!千秋に紗良ちゃん、さっ!家行こう!乗って乗って!」
そう言ってボク達はスライドドアから乗り込もうとすると、お父さんがボクだけ引き止める
「千秋は助手席に乗って!お願い!お父さんこれしたかったんだ」
よくわからないお願いをされて、しぶしぶボクは助手席に乗り込む
ベルトを占めてお父さんの顔を見ると、何故か見たことのないようなデレ顔のお父さんが居た
なんでデレてるの・・?
まぁ、嬉しそうだし、いっか・・
そんなお父さんを横目に見つつ、私は久しぶりの自宅へ帰っていく