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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
人形の夢

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初めての調査

【現場調査編:その1】


竜胆から渡されたリストには、すでに現場確認済みの住所に赤ペンでチェックが入っていた。その中から、まずは“人目が少なく、かつ立ち入りやすい場所”を三人で選ぶ。


「最初は……ここですね。住宅地から少し外れた倉庫前です」


鈴が地図アプリを確認しながら歩く。夕暮れの風が、少し大きめのコートの裾を揺らした。


こんが肩の上で胸を張る。「ふむ、探偵の初仕事じゃな。現場検証と聞くだけで頭が冴えてくるのじゃ」


「さっきまで『眠いのじゃ〜』って言ってませんでした?」


「それはそれ、これはこれなのじゃ」


紅はポケットに手を突っ込み、気の抜けた足取りでついてくる。

「でも、ここ本当に“何もなかった”んだよね〜。僕と竜胆、ただ風に吹かれて帰っただけだったし」


「その割には、妙に詳しく場所を覚えておりますね」


「コンビニの限定スイーツがあったからね」


「動機が不純なのじゃ」


倉庫前に到着すると、周囲はひんやりとした空気に包まれていた。人気はなく、古いトタンの壁が赤く錆びている。風が吹くたび、どこかで金属の軋む音がした。


鈴は立ち止まり、目を閉じる。


「……何か、いますね」


こんも耳をぴんと立てた。「わらわにも聞こえるのじゃ。しゃらしゃら、じゃぶじゃぶ……」


紅は首をひねる。「え、僕は……何も……」


しゃら……しゃら……じゃぶ、じゃぶ……


倉庫横の細い水路。その影から、誰かがバケツを抱えて現れた。


小柄な老人のような姿に、妙に大きなバケツ。中には小豆が山盛りだ。


「……小豆洗いですね」


鈴がぽつりと言うと、小豆洗いは顔を上げてこちらを見た。

『おや? 珍しいのう、人が来おったか』


紅が叫ぶ。「え、本当に小豆洗い!? 教科書に載ってるタイプの妖怪じゃん!」


こんが腕を組む。「しかも教科書の中でも温厚枠なのじゃ」


鈴は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。

「すみません。最近、このあたりで人の家のぬいぐるみや置物が勝手に動く、という相談がありまして。何かご存じありませんか?」


『ワシか? いやあ、最近は人の家に入るのも気が引けてのう。ここで小豆を洗っとるだけじゃよ。たまに猫が覗きに来るが、それくらいじゃ』


紅が崩れ落ちる。「完全に善良市民(?)……!」


「小豆は……?」鈴が念のため尋ねる。


『これはのう、昔ある婆さまが毎晩のように煮ておった小豆粥の“名残”よ。婆さまはとっくにおらんが、ワシだけはつい癖で洗い続けておるのじゃ』


鈴は小さく頷く。「……想いの残滓、ですね」


こんは肩を落とす。「肩透かしもここまで来ると芸術なのじゃ……」


紅は空を仰ぐ。「いや、いい話っぽいのに事件性ゼロなんだよなぁ……」


鈴は周囲をぐるりと見渡す。糸の気配は――ない。


(やはり、この現場は“別件”……)


【現場調査編:その2】


二件目の現場は、小さな公園の脇だった。夜中になると公園入口の犬の置物が、毎晩少しずつ場所を変えているという。


「警察への通報としてはギリギリですね……」


鈴がメモを見ながら呟くと、紅が頷いた。

「うん。さすがに『犬の置物が動いた気がする』だけだと、普通の部署じゃ門前払いになるよね。だから零課が“ついでに見る”枠」


「雑な扱いなのじゃ……」


薄暗くなりかけた公園には、子どもの姿はもうない。すべり台とブランコが、誰もいないのに風に揺されてかすかにきしんでいる。


鈴は公園入口の犬の置物へ近づく。その足元の土が、少しだけ乱れていた。


「足跡……?」


しゃり、と草むらが鳴る。


三人が一斉にそちらを向くと――丸っこい影が、犬の置物の脇からひょっこり顔を出した。


「……狸ですね」


本物の狸が、犬の置物の横にちょこんと座り、尻尾をふりふりしている。どう見ても“通りすがり以上”に仲が良さそうだ。


紅が絶句する。「……かわいい……じゃなくて! これも無害!!」


こんが両手を腰に当てる。「鈴、推理を」


「多分……夜な夜なここに来て、少しずつ押したり寄りかかったりしていたのでしょうね。位置がずれるのはそのせいです」


狸は犬の置物を見上げ、前足でちょいちょいと触れている。


『ワンちゃんはここにいたいのかなあ、こっちかなあ』


「友達だと思っているだけのようですね」鈴が微笑む。


紅は頭を抱える。「こんなの、ほっこり案件じゃん……!」


こんは真顔で頷いた。「そうじゃな。事件ではなく“友情”じゃな」


鈴はまた、糸の気配を探る。しかし――


(やっぱり、ここにも“夢縫いの糸”は触れていない)



【現場調査編:その3】


三件目は、商店街の裏路地。夜中になると、積んでおいた段ボールの配置が変わっているという。


「これは……」


鈴が路地裏を覗き込み、すぐにため息をついた。


「こん、あそこです」


「うむ。あれは……のっぺらぼうの子どもじゃな」


街灯の届かない影の中で、小さなのっぺらぼうが段ボールを積み木のように積み上げては、崩して遊んでいた。顔こそのっぺりとしているが、動きは完全に子どもだ。


「これはもうRTAかなにかじゃないかい?」

紅のあきれた声が小さく響く。


「いや、調査と言うものはこうして地道に潰していくものなのじゃ」こんが妙に悟った顔で頷く。


鈴はのっぺらぼうの子に近づき、そっと声をかけた。

「こんばんは。ここで遊ぶのはいいですが、お店の人が困っているので、段ボールは元の場所に戻しておいてくださいね」


のっぺらぼうの子どもはこくこくと頷き、段ボールを丁寧に積み直し始めた。


紅が小声で呟く。「……鈴ちゃんはいい保育士になれるよ」


「依頼人の皆様の味方ですから」


「いや、ここ依頼人じゃなくて段ボールだけじゃろ」


三人のやりとりの横で、のっぺらぼうの子は、最後に段ボール山のてっぺんにちょこんと座り、満足そうに手を振ってきた。


紅は長いため息をつく。「結論。三件とも“ほぼ日常”……」


鈴は笑う。「でも、こうして確認できたのは大きいですよ。これらの現場は“夢縫いとは無関係”だと分かりましたから」


こんが頷く。「つまり、本命はまだ別におる、ということじゃな」


鈴は静かに目を閉じる。


(……糸の気配が、どこにも触れていない)


それは、“本当に探すべきものは別の場所にある”という、確かな手応えでもあった。



【現場調査編:その4】


三件の肩透かし調査を終え、三人はすっかり“慣れ”が生まれていた。紅は疲れたように腕を伸ばしながら歩き、こんは肩で揺れながら「次こそは事件らしい事件を!」と意気込む。鈴は淡々と地図を確認しているが、その表情にはわずかに期待よりも“警戒”の色が濃かった。


「次の現場、今日の通報があったばかりの場所ですね」


鈴が画面を指差すと、紅が即座に食いつく。

「えっ、今日!? じゃあ今度こそ“現役犯”!? いや怪異か……?」


こんが胸を張る。「さすがに四件連続で無害怪異とは限らぬ。ここで名推理の出番なのじゃ!」


「こんちゃん。さっきののっぺらぼうの件で“調査と言うものはこうして地道に潰していくものなのじゃ”とか言ってましたよね?」


「それはそれ、これはこれなのじゃ!」



現場は、商店街から少し外れた細い路地裏。昼でも薄暗い場所だが、夕暮れが迫る今ではなおのこと影が深く落ちていた。電灯はあるがまばらで、建物の間に挟まれたような空間は妙に冷気がこもっている。


紅が足を踏み入れた瞬間、ピタッと動きを止めた。


「……あ」


鈴がその表情を見て、眉を上げる。「紅さん?」


紅の肩がわずかに震えていた。先ほどまで何も感じなかった紅が、だ。


「いる……いるよ、ここ。何かの“想い”が残ってる」


鈴とこんは一気に緊張する。

「紅、おぬしがそう言うなら本物なのじゃな?」


紅は路地の奥をじっと見つめた。

「うん……さっきまでの無害な子たちとは違う。これはもっと……切れ端みたいな、ぎゅっと丸まった……“視線”の気配だ」


通報内容を鈴が読み上げる。

「視線を感じる。ひたひたと足音。微かな笑い声。しかし姿は見えない。……同じ場所で数件寄せられています」


紅が低く呟く。

「確かに、姿を隠すのが好きな怪異もいるけど……これ、ただのいたずらじゃないよ」


こんが鈴の肩で震える。「笑い声……気味が悪いのじゃ」


鈴はさらに情報を続ける。「……あと、一件だけ。“小さな目を見た”という証言があります」


紅がビクリと反応する。「小さな目……それ、たぶん……」


そのとき――


カサ……カサ……


路地の奥から“何か”が動く気配がした。


紅が鈴の手首を掴む。「鈴ちゃん、来たよ。これだ」


その声音は、いつもの軽さとはまるで違う、怪異に触れたとき特有のものだった。


鈴はごくりと唾を飲む。

(……ここが、“夢縫いの糸”が初めて触れた場所かもしれない)


三人は慎重に、路地の奥へと一歩踏み込んだ。

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