展示会準備
――夕刻の綾戸探偵事務所。
書類よりも梱包材が幅を利かせる日は、この事務所でもそう多くない。床にはプチプチの海、机にはボンドと工具。綾戸は段ボールと格闘しながら、小さくため息をついた。
「おい綾戸、その箱は本日中にまとめると申しておっただろう」
朔夜が腕を組む。白い着流しの袖が、積み上げた箱の角を静かにかすめた。
「やってるよ。三十体もあるんだ、手は足りないさ」
「余裕がある口ぶりですね、所長」鈴がカッターをすっと走らせる。黒髪のショートが揺れ、眼鏡の奥の瞳が穏やかに笑った。
「普段は所長なんて呼ばない癖に。からかってんだろ」
「楽しんでるんですよ。忙しいのは嫌いじゃないですから」
「わらわも手伝っておるぞ!」机の上で、こんが胸を張った。「ほれ、このプチプチ、全部踏みつぶしておいたのじゃ!」
「いや、それは……手伝いじゃない」
慌ただしさの中に、どこか高揚があった。展示会――創り手として綾戸が表に立つ数少ない舞台。今回は特に意味が大きい。SNSで投稿した“Vtuber件ちゃんフィギュア”がバズり、主催から直々に声がかかったのだ。
「しかし、件ちゃんが自分から依頼してくるとはな」綾戸は肩をすくめた。「『本物より可愛い!』って喜んでたぞ」
「その台詞をおぬしが書いたせいではないか」朔夜が呆れる。
こんが尻尾を振る。「わらわも作るのじゃ!“狐巫女こん様スペシャル”じゃ!」
「お前の今の体がそれだよ……」
「くだらないこと言ってないで、手動かさないと終わりませんよ?」
鈴の指摘にうなだれるように、綾戸は追加の作品を求めて、倉庫へと向かう。
倉庫の奥から古い箱を引きずり出す。レジンと埃の混じった匂いが、昔の自分に引き戻すように鼻をくすぐる。忙しさで手を止めてしまっていた時期の作品も多い。
「これは……朔夜モデル試作」
「捨てろ」
「こっちは鈴の初期原型……確か、キャストオフ機構が組み込んであったはず」
「展示禁止です」鈴が素早く蓋を閉じる。
「で、こっちは……なんだ?」
奥の棚で、ひとつだけ異質な存在感を放つ古い箱があった。綾戸は首を傾げて蓋を開ける。
そこには――見覚えのない人形が眠っていた。
白い和装をまとった青年。柔らかな色彩、静謐な表情。繊細な皺、指先の造作。すべてが綾戸の手癖に近いのに、決定的に違う。
「……いつ作った?」
鈴が覗き込む。「柔らかい雰囲気……でも綾戸様の作品ではない気もします」
朔夜が目を細める。「造りは悪くないが、おぬしの“心の癖”とは異なるな」
綾戸は頬に触れた。ひんやりとした質感の中に、微かな呼吸のような温度が潜んでいる。
(……誰だ、お前は)
胸の奥がざらりと揺れた。
「数は必要だし、完成度も悪くない。展示に混ぜるか」
こんが鼻をひくつかせる。「このにおい……“夢”なのじゃ」
「夢?」
「うむ。寝息みたいな、忘れ去られた夢のにおいじゃ」
その言葉が、妙に喉の奥に残った。照明がわずかに揺れ、影が伸びたように見えたのは――気のせいか。
こうして、“身に覚えのない作品”を含めた数十体は展示会場へ運び出されていった。




