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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
第四章 巡り往くもの

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朝と花

春の風が街を撫でていた。廣守探偵事務所の窓には、朝の光が差し込み、机の上の花瓶には、一輪の白い桜が咲いていた。


「また花を拾ってきたのか?」綾戸が机の上で粘土をこねながら言う。


鈴は微笑んで花を整えた。「ええ。あの丘に、また新しい桜が咲いていました。今度は、赤ではなく白でした」


こんがソファの上で丸まりながら尻尾を揺らす。「白い花は、願いが叶った証じゃ」


「願いか」朔夜が言った。窓辺に立つその姿は静かで、どこか柔らかい。銀の髪が風に流れる。


綾戸は苦笑し、コーヒーを啜った。


「探偵事務所に花は似合わねぇな。ハードボイルドっぽくねえ」


「半熟卵好きな人が言っても説得力なんかないですよ」


笑い声が室内に満ちる。どこか懐かしく、確かな温もりを帯びていた。


鈴がカップを置き、ふと外を見た。「……結局、桜喰は何がしたかったのでしょうね」


しばらくの沈黙。朔夜が窓越しに空を見上げた。春の空は淡く霞んでいる。「あれは、己を赦したかったのじゃ。悔いと共に生き、誰かにその痛みを分かってほしかった。ゆえに、我を呼んだ」


「それが……救い?」綾戸が尋ねる。


「我を喰えればそれでよし。我に切られるならそれもまたよし。結局一人でいることに耐えられなかったのであろう」朔夜の声は、どこか祈るように穏やかだった。


「哀れでもあり、美しくもある。願いとはそういうものじゃ」


こんが目を細めて頷く。「花が散るのも、次の春を呼ぶためじゃ」


事務所の外では風鈴が鳴り、風が桜の花弁を一枚運んできた。それが机の上に落ち、白い花の隣で静かに止まる。


朔夜が微笑んだ。「うむ。巡る。夜も、花も、人の心も」


その言葉に、誰も何も返さなかった。


春の光が差し込み、静かな事務所を包み込む。


窓際の棚には、巡煙簫と月光―響華が並んで置かれている。どちらも微かに光を宿し、朝の光を受けて脈動していた。その光は、まるでまだ語られていない物語の続きを告げるようだった。


綾戸はカップを手に取り、ぼんやりとその光を見つめる。「それでも、あいつの中には“人”がいたんだな。あんな形でも、願うことはやめられなかった」


「願いは形を変えるだけよ」朔夜が頷く。「怪異であれ、人であれ、想うことに違いはない」


鈴が少し笑う。「だったら、私たちは怪異も人も同じですね。どちらも不器用に願って、生きている」


「まったくじゃな」こんが尻尾を振る。「だったら、わらわも願ってみようかの。今日の晩飯が豪華でありますように」


「おい、急に俗っぽい話するなよ」綾戸が吹き出す。「……けど、まあ、それも悪くない」


笑い声がもう一度事務所に広がった。外では通学途中の子供たちの声が響き、遠くでパン屋のベルが鳴っている。日常の音が重なり合い、夜の名残をそっと塗りつぶしていく。


朔夜は窓の外を見つめたまま、静かに呟いた。「夜はまた来る。だが、恐れることはない。歩む限り、必ず朝に辿り着く」


春の風が吹き抜け、白い花弁がもう一枚、窓から入り込む。それがふわりと舞い、四人の間に落ちた。綾戸がそれを拾い上げ、手のひらで包む。「……この花も、また願いの証か」


「うむ。願いは巡り、また咲く」


窓の外では、朝の光が街を満たしていく。新しい一日が始まる音がしていた。

これにて第4章終了。


4章はこの4年の空白期間にあった出来事のつもりで描いています。

つまり5章こそが今という時間軸に合流するイメージです。


書きたかったのは3章で描いた、神が人となり人共に歩むという紅と竜胆の関係とは異なり、


かつて人であった者たちが

人ならざる者として一緒に歩んでいく姿です。




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