閑話 ドッペルゲンガーの日常
私は複体。
世間一般ではドッペルゲンガーと言われる存在。
怪異である。
姿形こそ宿主である、○○のものを借り受けているが本質は怪異だ。
とはいえ、怪異の持つような超常的な力は一切持ち合わせていない。
できることはせいぜい不眠不休で飲まず食わずで動き続けることくらい。
それも限界がある。
人間の魂の一部を依り代にしている私にも分かりますがこれは、並の人間には耐えがたいもの。
心を無にし、機械のように歯車となり働き続けるか、この仕事自体が心から楽しめないと厳しいでしょう。
とは言え、腐っても怪異。その程度の負荷は苦にはなりません。
過密と言えるスケジュールをこなしつつ、スタッフの対応も真摯に行います。
スタッフ。いわゆる派遣社員という方々です。
派遣社員をすると言っても人により事情は様々です。
本業の傍ら、バイト感覚、正社員というプレッシャーから逃げた人などなど。
この職場では実に様々な人間と触れ合うことになりす。
それが私にとっては何よりも新鮮で刺激になります。
人間にも怪異にも魂は等しく存在します。
肉体の在り方は魂に引っ張られるという性質があります。
人間と怪異の大きな違いは、肉体という魂の器がどれほど固定されているかということに尽きます。
四肢、頭、胸、腹、五臓六腑。
しかし、人間を形作る器の形は非常に強固です。
本来魂に引っ張られるはずの肉体が逆に魂を縛り付けるほどに。
つまり、人間は魂が肉体に引っ張られ、怪異は肉体が魂に引っ張られる。
これが大きな違いになるでしょう。
例えば、
私は今、宿主の姿形を借りています。
別の魂を取り入れればその姿を変化させることが可能です。
これが魂に肉体が引っ張られるということ。
しかし、長い間この姿を維持し続けることで私の魂は徐々に宿主であるOOに似通っていきます。
根本が怪異なのでまるっきり同じという訳にはいきませんが、これが肉体に魂が引っ張られるということになります。
移動時間を使って、今の私の存在を再確認しました。
こうして思案に耽るという行為は贅沢なものですね。
我々怪異は基本は本能や命令に沿って動くことが常です。
今も働きたいという本能に従っているのは間違いはないのですが。
取引先に辿り着く。
今回は打ち合わせがメインです。
宿主が最後に出社したときにスタッフが飛んでしまい、紹介できずじまいになったところです。
「今日はお呼び立てしてすいませんねえ」
「いえ、お気になさらず。前回は申し訳ございません」
「そのことも含めて話をしようかと思っていたんだよ」
ふむ。どうやらあまりいい話ではなさそうですね。
「申し訳ないが、今御社に発注している部分は充足しましてね。最近新しく入れてみたところががんばってくれてね」
「そうでしたか。お力に成れず申し訳ありません」
どうやら前回の捨て台詞は嘘ではなかったらしい。
「口座は開けているから案件があればお願いはするんだけど、現状は充足ということで」
この話をするだけであれば、電話でもメールでもいいはず。
律儀と言えば聞こえはいいが、むやみに顔を突き合わせるのは暇人のすることだ。
この人は多少なりとも忙しい。
さて、どう切り出したものでしょうか。
「口ぶりから察するに今までの案件以外の部分で不足分があるようにお見受けしますが」
「はは。勘が良いね。少し特殊な案件なんだが、単純作業ではなく管理系の部分で」
相手が提示してきた案件。
それに合致する人物。
一人だけ心当たりがあります。
以前に面接したスタッフ。性格はプライドが高く単純作業には向かないと思っていましたが、逆にこれならピッタリでしょう。
案件の詳細を詰めつつ、コーディネイター側にもメールで情報を共有する。
稼働日数。
時給。
勤務日。
細かな条件をそれとなく誘導する。
先方が集まり辛いと感じている案件であればあるほど、条件の譲歩を引き出しやすい。
まあ、案件の条件が特殊で集まらないこともままありますが。
こちらの手元にのみ、スタッフの情報を表示し、照らし合わせていく。
うん。これならいけるでしょう。
煮詰まった案件と該当スタッフへの連絡。
この作業をいかに迅速にこなすかが勝負の分かれ目です。
商談を終える前にスタッフへの連絡をコーディネイターに依頼し、後は待ちの状態。
連絡が付きさえすれば最低五分といったところでしょうか。
予定の時間までは後十五分。
ここは一旦退却し、連絡を待ちますか。
その後の展開はとんとん拍子でした。
コーディネイターからのOKの連絡が来るとともに、即日紹介。
念の為に作っておいた書類一式もあり、即日稼働。
無駄になる可能性のあった書類ですが、結果的には大成功。
この達成感は癖になりそうですね。
というよりも、実際に私の魂には十分な刺激となっているようです。
核となっている宿主の魂は私の存在を維持するには十分な量ですが、こうして私自身が経験したことは確実にその存在感を増しています。
魂の成長とは存在の高次元化を意味します。
今でこそ、しがない複体という怪異ですが、このまま成長を続ければいずれ。
しかし、それとは別に少し違和感もあります。
私の中には
宿主の魂の欠片。
依り代となるフィギュア。
大量の怨念。
そして、私自身が得た新たな魂。
この四つが渦巻いています。
魂はある程度成長するとはいえ、その大きさには限界のようなものがあります。
基本的には大量の怨念が軸として私の魂は形成されているので、その拡張性はほとんどないはずなのです。
成長を積む度に私の中で何かが変わっている実感はあるのですが一体どういうことなんでしょうね。
世の中には不思議な事が満ち溢れていますから、これくらいのイレギュラーは些細な問題でしょうか。
この時ばかりは楽観的に考えすぎていたようですが。