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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
第四章 巡り往くもの

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件(くだん) 2

件の話によると、配信で未来を語るたびにネットに自身の気が漏れ出し、現実に影響を与えるようになったという。


次の配信のテーマは《全世界ネット崩壊》。


「件という妖怪であることは事実です」件は静かに言った。「人に見られず、恐れられずに生きるために“Vtuber”という姿を選びました。匿名の視線の中なら、妖として存在できると思ったから。でも今は――」


彼女は自分の指先を見つめ、苦笑した。「アバターの姿に、私自身が飲み込まれました。今、画面の中に映る私こそが“本体”なのです」


「つまり、逆転現象か」朔夜がうなずく。「偽りの姿を借りて隠れようとした結果、偽りの方が現実を食った」


「もともとドッペルゲンガーの私はあまり人事に思えないですね……」鈴が気を落とす。


件は小さく息をつき、続けた。「厄介なのは、私の予言は自分の意思ではないということ。私はただ話すだけ。でも、言葉が流れに乗った瞬間、未来が形をとってしまう」


「なるほどな」綾戸が腕を組む。「つまり配信のたびに“生まれ直してる”ようなもんか」


「その通りです。件は“生まれるときに予言を残す”妖。けれど今の私は、配信ボタンを押すたびに“新しく生まれ”、その都度、未来を吐き出してしまう」


「それはまずいことなのでしょうか」鈴が顔をしかめる。「予言とは言っても未来のことなんて結局誰にも分からないですよね?」


「無作為な予言であればそれでも良いのです」


室内の空気がわずかに重くなった。


「ああ、番のことか」


朔夜が続きを引き取る。


「件とは本来、禍事を告げる“牛頭の預言者”と、その凶兆を打ち消す“人の器”――二つが同じ刻に生まれ出づる宿命の妖。そなたはそのうち、災を言の葉とする“牛面の片”か」さらに厄介なことに件の予言は本人の意思によらない。


「はい。仰る通りです。そして次の予言は、全世界のネット世界の崩壊です」


「それは、恐怖の大王なんて茶化してる場合ではないですね」鈴が青ざめる。


「そしたらしばらくは請求書も送られて来なくなるな」綾戸がぼそりと呟く。


スパン。


真面目な顔をしている綾戸の後頭部をこんが尻尾で叩く。「たわけ。阿呆なことを言うておる場合か」


「冗談はさて置きだ。件とスマホの繋がりを断つ方法を真剣に考えるか」


「その文鎮ごとたたき切れば良かろう」


サラリと月光を抜く朔夜に、件が縋り付く。


「どうかそれだけはご勘弁を。私の存在も真っ二つです」


どこか嗜虐的な笑みを浮かべる朔夜から、スマホを隠しつつ、鈴が続ける。


「ある意味依り代のようなものなんですよね。流石にそれは・・・」


「スマホから配信を行うことで存在が混じり合う。ってことはスマホと配信と件が一体になってるんだよな」


そこで綾戸がポンと手を打つ。


「SIMカード引っこ抜けば解決しないか?これ」


綾戸が工具箱からピンを取り出す。


「よし、やってみるか」


「ちょ、ちょっと待ってください、心の準備が!」涙ぐむ件。


「大丈夫だ、軽く抜くだけだ」


「何を抜くんですかね?」鈴の半眼が綾戸を見下ろす。


綾戸が慎重にスマホを持ち上げ、鈴がライトを照らす。件は緊張に唇を結び、頬をうっすらと染めていた。


「ほんとに抜くんですか……? なんか、変な感じが……胸のあたりがざわざわする……」


「そう言われると、余計やりづらいな」綾戸が苦笑する。だが手は止めない。金属ピンをスマホの穴に差し込み、カチリと小気味いい音が響く。


「ひゃっ……!」件の体がびくりと震える。わずかに漏れた息が、湿った夜気に溶けた。


「大丈夫ですか!?」鈴が慌てて覗き込む。


「だ、だいじょうぶ……ちょっと、電波が走っただけ……」件の声が掠れる。その頬には薄い汗が滲み、黒髪が額に貼り付き、しっとりと輝く。


「……なんか」綾戸が思わず呟くと、鈴の拳が彼の脇腹に突き刺さった。「真面目にやってください!」


「わ、分かったよ!」


そして、綾戸は息を整え、ゆっくりとSIMトレーを引き出した。指先に伝わるわずかな抵抗とともに、金属が擦れる音が室内に響く。その瞬間、淡い光がぱっと溢れ、件の身体を包み込んだ。


青白い光は指先から肩、胸元、喉元、そして頬へと滑るように流れていく。まるで電流が皮膚の下を駆け抜けているかのようだ。件の唇がわずかに開き、熱を含んだ吐息がこぼれ落ちた。


「ん……っ……な、なんか、あったかい……っ……」


「お、おい……これ、ほんとに大丈夫か?」綾戸が息を飲む。光が彼女の輪郭をなぞるたび、肌がわずかに透けるように輝き、空気が甘く震えた。


「だ、大丈夫……です。あっ、…は、入って、く…るっ」件が震える声で答える。その身体から零れ落ちる光が、床に反射して淡く揺れた。


青白い輝きは次第に金色を帯び、件の頬が上気していく。頬を伝う一筋の汗が、光を受けてきらりと光った。


「……んっ……!」小さな声とともに、光が弾け、空気が一瞬にして軽くなった。


件はその場に崩れ落ちるように座り込み、深く息をついた。


「……スッキリした!」件が笑った。「これで未来もネットも軽くなったはずです!」


元気に跳ねる件。


その胸元は重力に逆らうことなく、質量を遺憾なく発揮する。


目をそらす綾戸の耳元で鈴の静かな声が響く。


「ちゃんと抜けましたね?」「…そう、だな」


「阿保じゃ」辟易したこんの声が小さく響く。






「……世界救っちゃいましたね」鈴がぽつりと呟く。 「まさか文明の命運を握るのがSIMカードになるとはな」綾戸が肩をすくめる。 「で、もう配信はやめとけよ。次に“電子レンジ爆発”とか言い出したらたまらん」


件はにっこり笑い、スマホを掲げた。「次のテーマは《あなたのスマホ運勢占い!》だから大丈夫!」


「占いならわらわの専門なんじゃが」


「こっくりさんは占いじゃねえっての」


事務所の窓から差し込む朝日が、昨夜の騒ぎを冗談のように照らしていた。机の上では、まだ熱いコーヒーの香りが立ちのぼっている。


「まったく懲りてねえな」綾戸がぼやきながら、モニターを指差す。


画面の中では件ちゃんが満面の笑みで手を振っていた。チャンネルの名前は《件の開運チャンネル》。コメント欄は“ご利益ありそう”“尊い。尊いじゃなくて尊い”で溢れている。


「わらわ、チャンネル登録したぞ!」こんが胸を張る。


「結局見るんですね」


鈴が苦笑する。


綾戸は窓を開け、朝の風を吸い込んだ。「まあいいか。ネットも未来も、今のところは問題なしだ」


軽やかな笑い声が事務所に広がる。モニターの中で件ちゃんがウインクした。


『それでは、みんなの未来をアップデート!』

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