メリーさん 1
――メリーさんからの電話・第一章――
夜の探偵事務所。窓の外では雨が細かく降り、アスファルトを濡らしていた。時計の針は午前一時を指している。
鈴はカップに注いだハーブティーを片手に、資料整理をしていた。朔夜はソファに寝転がりながら古い新聞を読んでいる。こんはその足元で毛布にくるまり、寝息を立てていた。
静かな夜だった。
――プルルルルル。
突然、電話のベルが鳴った。古い固定電話。事務所の片隅でひっそりと存在を主張している。
鈴が顔を上げた。「こんな時間に……依頼ですかね?」
綾戸はコーヒーをすすりながら答えた。「深夜に鳴る電話でロクなもんだった試しがないけどな」
「出ますね」
鈴が受話器を取る。「はい、廣守探偵事務所です。――ええ、はい……」
一瞬、沈黙。
鈴の眉がわずかに動く。「……え? どちら様でしょうか?」
受話器の向こうから、かすれた少女の声がした。『わたし……メリーさん。いま、駅前にいるの』
鈴は目を瞬かせた。「……メリーさん?」
『うん。これから、そっちに行くの』
「……あの、どちらの“メリーさん”でしょうか?」
『私、メリーさん』
鈴が受話器を取り落とし、受話器がコードでぶら下がり、ゆらゆらと揺れる。
綾戸が頭を抱える。「だから言ったろ。深夜の電話でロクなことが起きた試しがないって」
朔夜が欠伸をしながら言う。「あるいは、新手の怪異かのう」
「やめてください、そういう冗談」鈴が青ざめた顔で受話器を見つめる。
「まあ落ち着け。メリーさんといえばあのメリーさんだろ。なんの用事かは知らんが」綾戸が立ち上がり、受話器を拾い上げた。「……もしもし? もしもし、聞こえるか?」
一瞬の沈黙のあと、また同じ声が響く。『……メリーさん。いま、コンビニにいるの』
「……おい鈴」綾戸が顔を上げる。「この近所、コンビニ一軒しかねえよな」
「え、ええ。裏手の通りの先に……」
『すぐ行くね』
電話が切れた。
沈黙。外の雨音が、やけに大きく聞こえる。
「……やっぱり、ロクなもんじゃねぇ」綾戸が呟く。
「で、どうします?」鈴が不安げに問う。「まさか、本当に来るんでしょうか」
朔夜がゆっくり立ち上がり、古びた呪符を取り出した。「メリーさんなど、枯れた都市伝説。少し遊んでやろう」
「いや遊ばんでいい」綾戸のツッコミが飛ぶ。
「最近こいつもでばんがなくてのう」朔夜が笑いながら、傘立てに鎮座する月光の鞘を撫でる。「どちらにせよ、“次”の電話を待つとしよう」
事務所の時計が一分を刻む。秒針の音がやけに響く中、外の闇は少しずつ濃くなっていった。




