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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
第三章 願いの形

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エピローグ 

深夜、竜胆のアパート。静かな街の外れにあるその一室は、まだ灯りがついていた。机の上には開いたままの手帳と、湯気の消えかけたコーヒー。紅は毛布にくるまり、ソファでうとうとしている。


竜胆は机に肘をつき、窓の外の夜をぼんやりと眺めていた。湖の夜から戻っても、まだ胸の中の熱が冷めきらない。


――コン、コン。


不意にドアが叩かれた。深夜の静けさの中、その音がやけに響く。


「……誰だ?」


返事はない。だが、どこか懐かしい気配。竜胆はため息をつき、ドアを開けた。


そこに立っていたのは――花子さんだった。夜風に髪を揺らし、いつものように少し悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「あーそびましょー」


「……またお前か。夜中に来るのはやめろって言ったろ」


「だって、眠れなかったんだもの。それに、最近ちっとも顔を出してくれないじゃない。私、寂しかったのよ」


「怪異が寂しがるなよ……」竜胆は頭をかきながら部屋に通す。靴音もなく、影も淡い。存在の輪郭はあいかわらず曖昧だった。


ソファで眠っていた紅が目を覚ます。「……花子さん」


花子さんは振り返り、微笑む。「あら、ちゃんと起きてたのね。元気そうで何より。夜更かし仲間が増えて嬉しいわ」


「あなたも、相変わらずね」紅は軽く微笑んだ。「わざわざ来てくれてありがとう」


「お礼を言われるようなことはしてないわ。ただの通りすがりの怪異よ。竜胆くんの家、時々退屈だから覗くだけ」


竜胆が呆れたように息をつく。「……お前、幽霊のくせに随分と気楽だな」


「気楽に生きないと、死ぬまで気が持たないでしょ?」


「お前、もう死んでるだろ」


「そうだったわ!」花子さんは両手を叩いて笑う。「忘れてた!」


紅がくすくすと笑い、毛布を直す。「ふふ、いいね。あなたがいると、ここだけ少し明るい気がする」


「明るいって言われたの、何百年ぶりかしら」花子さんは紅の隣に腰を下ろし、脚をぶらぶらさせる。「でも、そう言われると照れるわね。私の本職は、怖がらせることなんだけど」


「まあ、竜胆が相手なら逆に驚かせ返されるんじゃない?」紅が茶化す。


「おい」竜胆がコーヒーカップを持ち上げる。「紅、お前まで敵か」


「僕は君の味方だよ。でも、ちょっとだけおもしろい」


「……もう勝手にしてくれ」


花子さんはコーヒーの香りを嗅いで、満足そうに息を吐いた。「ねえ竜胆くん、前よりずいぶん顔が柔らかくなったわ。いいことでもあった?」


「まあな。少しだけ、肩の荷が下りた」


「へえ、じゃあ記録官くんも“生きる側”に戻ったってわけね」


「そんな立派なもんじゃない。……ただ、ようやく“書く理由”が見えただけだ」


紅がそっと笑って頷く。「うん。彼、最近やっと笑うようになったから」


「それはいいこと」花子さんは小さく拍手をした。「じゃあ、これからは二人でちゃんと夜を過ごしなさい。私はまた遊びに来るから」


「やめろ。夜中にノックされるたび、心臓に悪い」


「それは結構。言ったでしょ。驚かせるのが本職なの」


紅が吹き出し、花子さんもつられて笑った。空気が柔らかくほどけていく。


「……ほんと、いい顔してる。昔の竜胆くんなら、今頃説教してたのに」


「ね?ちゃんと成長したのよ」紅が得意げに言う。


「……成長って言うな。保護者か」竜胆が頬を掻く。


「僕は君の師匠だよ?忘れちゃったかな?」


そういえばそうだった。と竜胆が頭を抱える。


花子さんは立ち上がり、ふっと微笑んだ。「じゃあ、また退屈したら来るわ。今度は昼間にしてあげる」


「昼も来るのか……」竜胆がぼやく。


「ええ。怪異にも昼寝は必要なの」


風が吹き、カーテンが揺れる。気がつくと花子さんの姿はもうなかった。


紅が窓の外を見やり、小さく呟く。「……やっぱり、ちょっと優しいね、あの人」


竜胆は頷いた。「ああ。面倒な奴だけど、悪い気はしない」


紅は微笑み、再びソファに身を預ける。「……じゃあ、おやすみ。明日は少し、いい朝になりそう」

これにて3章 終幕


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