夜明けの光
――夜明け――
東の空が淡く染まり始めていた。紅はその場に立っていたが、息が浅く、頬はわずかに青ざめていた。冷えた空気に、かすかな春の匂いが混ざる。湖面には薄い靄が漂い、夜の名残が静かに溶けていく。
利根川が機材を片づけ、綾瀬は最後のデータを保存した。装置のランプがひとつずつ消え、湖は再び自然の呼吸を取り戻していく。
紅は少し離れた場所で湖面を見つめていた。光に包まれていた輪郭は、夜が明けるにつれて透明になっていく。竜胆が静かに歩み寄り、隣に立つ。
「無茶しすぎだ」
紅は振り返り、微笑んだ。声を出すと少し息が震えた。「へへっ。やっぱりばれちゃったかな。力を使いすぎたみたい。もう力はほとんど残ってないよ」
竜胆は驚いたように目を見開く。「……そんな、じゃあ、お前は」
紅は首を横に振り、そっと彼の袖を握る。「いいの。すごい力はなくなっちゃったけど、人としてなら、君と同じ景色を見られる。ようやく“共に歩く”ことができるから」
竜胆の喉が詰まり、言葉が出なかった。紅の笑みは儚く、それでも確かな強さを宿している。「消えるわけじゃない。君が言ったんだよ。もっと一緒に居たいって。あれはうそだったのかい?」
悪戯っぽく笑う紅の笑顔。
風が吹き、二人の髪を揺らす。紅の瞳に、朝の光が宿る。
「記すことは、願いを繋ぐこと。……そうだろ?」
紅は小さく頷き、空を見上げた。「うん。記録が残る限り、誰かの願いも生き続ける。だから、君は書き続けて」
竜胆は手帳を開き、最後のページに静かに記す。
――夜、鏡の淵。終息。
インクが乾くと同時に、朝日が湖面を照らした。紅から漏れ出す淡い光が陽中に溶けていく。世界のどこかへ帰っていくように。
利根川が声をかける。「帰るぞ、竜胆。夜が明けちまった」
「……ああ」
手帳を胸に抱え、竜胆は湖を振り返った。水面には朝日が映り、夜の光がゆっくりと沈んでいく。
新しい記録が、また一つ始まろうとしていた。湖を背に四つの足跡とともに。




