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交差点の怪 前編


とりあえず出かけることにはなったが行先は不明。


「さて、着物はどうしたものかの」


出かける前に難題にぶつかった。


「いつものスーツっていうのも浮いちゃいそうですね」


「そういった感覚が良く分からんな。お主の好みで見立ててくれんか」


「俺も女性の服には疎いんですがね」


二人して、スマホと睨めっこしながら現代の服の多さに辟易してきた。


「埒があきませんね。二択で絞りましょう」


「ほう。というと」


「まずは、ボトムス。スカートかパンツか。どっちがいいです?」


「どちらも良く分からんぞ。スカートは女子が履いておるひらひらしたものか?パンツとは下着のことかの」


「スカートはあってますが、パンツに対してその認識は古いです。俗に言うズボンのこと。スーツの時のやつがパンツです」


「あのひらひらしたのは性に合わん。パンツ?とやらで頼む」


よし。まずはパーツが一つ。


夏と秋の季節の変わり目は服装が難しい。日中はそこそこ気温があるが夜は冷えるし。


アウターに脱ぎ着のしやすい薄めのカーディガンを追加。


動きやすそうなデザインのパンツで色味はベージュに。トップスは少しアクセントになるように黒。


まあ、無難なカジュアルコーデくらいには落ち着いた。


「こんなところかの。着物を選ぶのも一苦労よな」


「全くですね」


とはいえ、夜叉のスタイルならば適当な服を着せても十分に似合いそうではある。


脚は長いし、ウエストもくびれている。バストのサイズは小ぶりではあるがしっかりと存在感がある。


などと余計なことを考えていると、


「では参るかの」


「待って、待って、俺まだ着替えてないです」


適当に服を引っ張り出し、そそくさと着替えることにした。


「それで、まずはどこに行くんです?」


電車に乗り、繁華街へ繰り出した俺たち。行先は渋谷らしい。


平日でも人込みは多く、改めて見るといろんな人がいる。


制服の学生やら、スーツ姿のサラリーマン、俺たちと同じように遊びに来ている人、挙げればきりがない。


「まずはパンケーキとやらを食してみたい」


「なんか微妙に古いような」


俺の指摘に驚愕の表情を浮かべる夜叉。


「で、では、タピオカミルクティーを」


「それもブーム終わっちゃったような気が」


夜叉の顔が一段と曇る。そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても。


「我の調査は無駄だったのか」


「まあ、そういう流行りものは移り変わり激しいから」


「現世は難しいの」


「っていうか、そんなに甘いもの食べたいんですか?」


甘いものという単語に少し反応し、気を取り直す。


「うむ。甘味の類は好きでな。河童が胡瓜を好むほどではないが、三食甘味でも構わん程度には好いておる」


それはかなり好きな部類なのでは。


「そういうことなら、こういうのはどうです?」


スマホの画面に検索した画像を表示し、夜叉に見せる。


ゴクリ。


あ、生唾飲み込んだ。


この反応なら間違いないだろう。


幸い店まではここから徒歩でもそう時間はかからない。


「それじゃ行きましょうか」


「よろしく頼む」


キリっとした態度はしているが、顔がにやけている。


よほど楽しみな様子。


「いらっしゃいませー」


少し重めの木造の扉を開けると、入店の音を告げる鈴が頭上で鳴り、店員さんが声をかけてくる。


「二名様でよろしいでしょうか?」


「ええ、二名で」


「こちらにどうぞ」


店員さんに促され、窓際のテーブル席に着く。


お昼に時には少し早く、モーニングは既に終わっている時間。まあ、店からしたら暇な時間というところだろう。


店の内装は俗に言う純喫茶。レトロな感じが落ち着いた雰囲気を醸し出す。


年期の入った机やテーブルは使用感はあるが、汚れている訳ではない。


この隠れ家的な雰囲気が堪らない。


昔適当に時間を潰すために訪れ、当たり店だったので、ちょくちょく訪れている俺のお気に入りだ。


「ふむ。悪くない雰囲気よな」


「俺のお気に入りです」


おしぼりとお冷が席に運ばれてくる。


「ご注文お決まりでしょうか?」


「そしたら、これと・・・・」


適当に注文を済ませ、待つこと数分。


「お待たせいたしました。特性ジャンボパフェになります」


コトリ、いや、ゴトっという音を立ててテーブルに置かれたのは総重量一キロ以上のパフェ。


相変わらずそのインパクトは絶大だ。


他の客が頼んでいるところを見たことはあるがこうして自分の席に運ばれてくる光景は初めてだ。


アイス、生クリーム、コーンフレーク、オーソドックスなパフェの材料と様々なフルーツ。


幾層にもなるそれらの間にカラフルなゼリーが敷き詰められている。


俺がその存在感に圧倒されていると、その向こう側、俺の向かいの席に座る夜叉の目が煌めいている。


「のう、これはもう食うてよいのか?」


待てを喰らった犬みたいだ。


何もしていないが罪悪感に襲われたので、コクリとうなずくと夜叉はスプーンを手にパフェに飛び掛かった。


甘いものは別腹というが、朝から牛乳くらいしか摂取していない場合はどうなるんだろうか。


そんなことを考えている間にも、イチゴ、アイス、生クリーム、ゼリーとパクパク。パクパク。


実に美味そうに食っていく。


見ているだけでこちらも腹が減る。


「お待たせしました。ナポリタンになります」


と、丁度いいタイミングで俺の方も料理が到着する。ベーコンとピーマン、キャベツのシンプルな具材のナポリタン。


トマトケチャップで味付けされた赤色が食欲をそそる。


「いただきます」


フォークに巻き付け、一口。


うん。美味い。


味付けはほとんどケチャップのはずなんだが、これが美味い。


もちもちとした触感に野菜のアクセント。


箸が進む。


「随分と変わった色の食い物よな?」


気が付くと、や鞘が俺のナポリタンを不思議そうに眺めていた。


「食べてみますか?」


「良いのか?ならば一口頂こうかの」


そう言って、こちらを凝視する夜叉。


お互いに顔を見合わせる。


「ん?食べさせてくれぬのか?」


きょとんとした顔。ああ、食わせろってそういうことか。


一口分を巻き取り、フォークを夜叉の口元に運ぶ。パクリ。


今更間接キスがどうこうとドギマギするような歳ではないが、相手がこうも美人だとやはり役得感はある。


「うむ。これはこれで。色といい気に入ったぞ」


色って何だろう。


「色って赤いのが良いいんですか?」


疑問が思わず口を付いた。


「我も鬼の端くれ。血は好物ぞ」


夜叉の目が赤く輝く。こえーよ。


「かっか。怯えるでないわ。血なんぞより甘味の方が何倍も好みよ」


そう言って再び、パフェの山を崩しにかかる。気が付けば既に半分以上が無くなっている。


どんだけ好きなんだ。


「多かったら残しても大丈夫ですけど、あんまり心配なさそうですね」


「心配無用。これくらい訳もない。それともお主も食べるか?」


スプーンで掬ったパフェを徐に差し出してくる。


確かに味は気になるし、一口頂こうか。


「ではせっかくなんで」


自分からする分にはそこまで気にならなかったが、自分がされる方になると存外恥ずかしいものだ。


幸い、他の客の目もほとんどないので、俺の中で完結する話ではあるが。


平常心を保ち、差し出されたスプーンを口に含む。


パフェも美味い。


クリームの上品な甘さが口に広がり、イチゴの酸味が後を追いかけてきた。


この喫茶店は食い物全般が当たりなのか。


今度は別のものも試してみるか。


のんびりとした時間を過ごしながら、次の予定を決めていく。とはいっても、夜叉の当初の目的はパンケーキやら最近?流行りの甘いものだけだったらしいが。


ウィンドウショッピング。


社会人になってからは休日は体を休めることに使うのがメイン出なかなかこういう時間は無かった。


デートなんていつ以来だろうか。


就職して数か月、当時の彼女とは疎遠になり分かれてしまった。


それ以来男ばかりの職場では出会いもなく、女日照りの日々が続いている。


そんな情けない理由もあり、今の生活は結構気に入っている。


なんて感傷に耽っている脇では、夜叉があちこちに好機の視線を向けている。


「人の子らは次々と面白いものを作る。現世に来る度に変化があるのう」


「そういえば、俺と出会う前っていつ頃こっちに来たんです?」


「いつだったかの。元号は平成だったのは覚えておるが」


ってことは最短でも四年か。いや、スマホを珍しがっている当たり、もう少し前か。


「ああ、思い出した。丁度大きな地震があった頃よ」


でかい地震というと、東日本大震災か?


「当時は随分と現世が荒れておったようでな。それに託けて妖も悪さをしおって、我も大忙しよ」


「やっぱりそういう災害なんかがあると妖怪は多くなるんですか?」


「災害だけとは限らんがな。人の子らの間に蔓延る不安や不満。そういった負の情念が怪異を呼び寄せるからの」


先日の口裂け女の例を見れば納得ではある。


「とはいえ、災害ともなれば火事場泥棒と同じく一人くらい余計に襲っても足が付かぬのを良いことに人の子を殺める者もおるがな」


「物騒な話ですね」


「怪異であるからな。物騒なのは当然よ」


適当な店舗に入って商品を見たり、買い食いしたり、気になる小物を買ってみたり。


そろそ歩き疲れてきた頃合い。


少しいった先の交差点の周りに人だかりができている。


「随分と多いのう。祭りでもやっておるのか?」


夜叉は呑気な反応だが、視界の端に回転灯の明かりが明滅するのが見て取れ、そんな和やかなものではないことに気付く。


「どうやら、おめでたいことではなさそうですよ」


野次馬根性を発揮させるか、一瞬躊躇するが夜叉が口を開く。


「お主の言う通りらしい。妙な気配がする」


「怪異絡みってことですか?」


「断言はできんが、十中八九といったところか。見に征くぞ」


足早に現場を目指す夜叉の後を追う。


遠目から見た限りはそこそこの人込みだったが、近づいてみると思った以上に密度が高かった。


現場を直接見るのはなかなか骨が折れそうだ。


人込みをかき分け、どうにか、事件現場が見えるところまで顔を出す。


交通事故。


普通車同士の衝突。


フロントがひしゃげた車と側面に大きな凹みのある車が一台ずつ。


路面にはスリップ痕が刻まれ、車のパーツや、ガラス片が散乱している。


少し離れた場所では、警察と事件の当事者の二人と思しき人が事情聴取を受けている。


事故の規模の割には血痕なども見られず、怪我人はいないように見える。


脇から顔を覗かせる夜叉と顔を見合わせ、一旦その場を離れる。


「ふむ。一見すればただの事故にも見える」


「そうですよね。信号無視でわき腹に突っ込んだ感じでしょうか」


「事象としてはそうであろうな。探るべきはその因果の方よ」


因果か。事故の原因が何なのか。それを見定めろということなんだろうけど。これ俺が調べたりできるものなんだろうか。


できることと言えば現場を観察することくらいなんだが。


散らばった破片は事故によるもの。つまり事故の後に発生した事象だ。


事故が起きる前。


何かあるだろうか。


そこで、路面の状況に違和感を覚える。タイヤのスリップ痕。


走行中に思いっきりブレーキを踏むことで生じるのは原理的には理解できるが、不可思議な点はそれが二台分刻まれていること。


両者が同じタイミングで交差点に進入し、お互いの脇から車が突っ込んでくることに気づいてブレーキを掛けた?


スリップ痕が刻まれているのはどちらも交差点に進入してからだ。


まるでお互いが青信号のまま走行していたような。


丁度、俺の考えを補うかのように怒声が響く。


「だから青信号だったから普通に走ってただけだつってんだろ!嘘だって言うならドラレコ確認しろよ!」


「何言ってんのよ!こっちが青だったんだからそっちは赤信号に決まってるでしょ!」


事情聴取を受けていた二人の怒鳴り声。


二人とも頭に血が上っているのは明らかだ。


「二人とも自分の方が青だったって言い張ってるのか」


信号機の故障と言ってしまえばそれまでの話だが、夜叉の感じた気配。それらを合わせて仮説を導くのであれば。


俺は無言で交差点の信号機を見定める。


「その様子、結論は得られたのであろう。申してみよ」


「怪異の正体には見当も付きませんが、信号機に取り付いて悪さをしたってところではないでしょうか」


「うむ。我も同じ見立てよ」


信号機にたいして悪さする妖怪。聞いたこともない。


電子機器に対して何かを行うような話は聞いたことがない。


いや、無くはないか。最近出てきた怪談なんかでは。


彼女と深夜のドライブデート。


目的地をカーナビに入力し、走っていると、どうにも道が暗い。


カーナビは道を表示しているので、不審に思いながらも走り続けるが、あまりにも暗く、不安になりブレーキを踏む。


そこで車を降りると目の前は崖。


しかし、車に戻りカーナビを確認するとしっかりと道は表示されている。


どういうことだ。疑問に思った瞬間、カーナビから


「死ねばよかったのに」


という声が流れてくる。というもの。


怪談の真偽はさておき、幽霊なり妖怪なりの類が機械の類に干渉できないという考えは捨てた方がいいのかもしれない。


現に俺の隣の夜叉はスマホをポチポチと弄繰り回している訳で。


「しかし、こうも人の目があるとなると動き辛いのう。人込みが晴れるまではお預けかのう」


「仕方ないですね。幸い怪我人も出ていないようですし」


そうしている間にも野次馬の数は増え、身動きも取り辛くなっている。


「一旦離れましょうか。ここだと話も出来なさそうです」


「承知した」


現場から離れつつ、夜叉の見立てを聞いていくことにする。


「夜叉は正体とか掴めてるんです?」


「正体か。具体的に何の怪異かと問われれば答えは否。恐らく霊の類であるということくらいは読めておるがの」


「今度は幽霊ですか」


「お主はまだ出会てなかったか。なに、方針は今までとそう変わらん。気負うでない」


いくら妖怪やら都市伝説やらを見たとは言え、慣れるものなんだろうか。


今のところ慣れる気配はない。


「幽霊ってそんなに頻繁に現れるものなんですか」


「我がその気になれば、一刻程猶予があれば野良の霊くらいなら探せるであろうな」


野良猫くらいの出現頻度だ。


「とはいえ、何の力も持たぬ人の子の目に触れる程の者となると滅多には居るまい」


「存在はするけど姿は見えない。幽かな霊。読んで字の如くですね」


「お主も鍛えればある程度は見えるようになるであろう。何なら我が直々に鍛えてやろうか?」


それも一つの選択ではあるか。


最近感じるのは、自分の非力さ。いざ怪異に遭遇したところで俺は夜叉の陰に隠れてみているだけ。


俺だって腐っても男だ。女の背中に隠れて守って貰うだけというのはどうにも受け入れがたい。最近はジェンダーがどうだという話はあまり喜ばしい反応はされないが、


それでも自分のアイデンティティーが男であるという中には、確かにそういう意志が存在するのだから仕方ない。


「前向きに考えておきます。その時が来たら是非」


「かっか。あまり焦る必要はないがな。人の子の寿命は短いとはいえ、物事を始めるに遅いも早いもない。重要なのは心意気よ」


心意気か。


この時はそこまで深くは考えなかった。


しかし、決断の時はすぐそこまで迫っていた。







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