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閑話 廣守探偵事務所

――閑話――


同時刻、廣守探偵事務所。


朝の光がレースのカーテンを透かし、室内に淡い金の縞を落としていた。机の上には資料や機材、半ば壊れかけたカメラやテープレコーダー、そして飲みかけのコーヒーのカップが並ぶ。壁際には観葉植物と、鈴が趣味で買ってきたアンティークのランプが揺れていた。カーテン越しに聞こえる街の雑踏が、ほんの少しだけ現実を思い出させる。


結局昨日は一睡もできなかった。ソファに腰を下ろして背を伸ばすと、パソコンのファンが低く唸った。


「俺たちも調べに出るべきか。とはいえ、今のところは依頼もないし。どうしたもんか」


その呟きに応じるように、奥のソファから鈴が顔を上げた。昨日は遅くまで情報収集を行っていたらしい。シャツの袖を捲り、無造作にまとめた黒髪から銀の筋が光を拾う。人の姿をしているが、どこか空気そのものに溶け込むような存在感を持つ。


「竜胆さんたちのことですか?」


「ああ。この前の依頼の時に感じた妙な気配が、ちょうど竜胆たちが調べてる山の近くでな」


鈴はゆっくりと立ち上がり、軽く欠伸をした。薄いフレームの眼鏡を掛け直しながら言う。


「気配、ですか。最近はずっと落ち着いてましたけど……竜胆さんが絡むと、やっぱり波が立つんですね」


「ほんとそれ。放っとくと怪異の方から顔を出すんだからな」


鈴は苦笑しながらコーヒーを淹れ直し、マグカップをこちらに差し出した。指先が触れた瞬間、微かに温かい気が流れる。座敷童としての性質が、自然と空間を和らげるのだろう。


「それよりも、こんちゃんと綾戸様が見た女の子? 大丈夫なんですか」


「今のところ、あの子が何なのかは断言できないな。害意は感じなかったが……」


その時、重い木製のドアが開き、ベルがカランと小気味よく鳴る。ふわりと香のような匂いが漂い、白銀の髪をなびかせた朔夜が姿を現した。淡いグレーのシャツに黒のタイトスカートという出で立ち。相変わらず人間離れした美貌だが、表情は柔らかい。


「仕事熱心なのは感心するが、体を壊しては元も子もないぞ?」

挿絵(By みてみん)


「仕方ないだろ。気になったままじゃ眠れない質なんだ。それより朔夜、その服装のほうがよっぽど俺の健康に悪い」


朔夜はくすりと笑い、カウンターに腰を預ける。艶のある低音が、部屋の空気を心地よく震わせた。


「別に我は拒むつもりはないんだがなぁ? ん? たまには甲斐性の一つでも見せてみんか」


「やめろやめろ。取って食われるのが目に見えてる」


鈴がマグを持ったまま、にやりと笑う。その表情が年齢不詳で、どうにも落ち着かない。


「どうせ綾戸様にそんな度胸ありませんよ。この前だって――」


「やめろ! それ以上は思い出させるな!」


頭を抱える綾戸。数ヶ月前の、あの事件の惨状が脳裏をよぎる。記録から抹消したい記憶ほど鮮明に蘇るのは理不尽だ。


「お主を揶揄うのも悪くはないが、まずは竜胆の状況を聞かせてくれ。少なくとも我の観測では、祟り神のような気配は感じられなかった」


「俺が見た範囲でも悪いもんじゃなかった。和服を着た高校生くらいの女の子で、反応も『え、見えてるの?なんで?!』みたいな感じでさ」


竜胆の後ろで、ぴょんぴょん跳ねながら大きくバツ印を作ったり、指を立ててしーっとしたり。どう見ても悪霊というより人懐っこいタイプだった。


「可愛らしいかどうかと、危険かどうかは別問題だがな」


朔夜はいつの間にかプリンを手にしていた。スプーンをくるりと回しながら、満足そうに微笑む。説得力という点では、この場で誰よりも上だ。戦闘力的にも。


「ほんとその通りだよ」


綾戸は肩をすくめ、ソファの背に身を預けた。鈴が笑いながら整理中の資料を持ってきて、テーブルに並べる。コーヒーの香りが再び漂う中、事務所は穏やかで賑やかな空気に包まれていた。


「……で、結局現状をまとめると――"


鈴は資料を手に取り、ペン先で要点を指し示しながら話し始めた。整理の早さは相変わらずだ。


「まず、現場は“鏡の淵”。過去に何度か光の反射現象が確認されてる場所です。竜胆さんたちはすでに現地入り。利根川さんと綾瀬さんが同行しているので、調査の安全は確保されてるはずです」


「零課の連中は信用していい。特にあの綾瀬は、現場のデータ処理に関しては抜け目がない」朔夜がプリンのカップを軽く指先で叩く。「だが、竜胆の勘は良くも悪くも鋭い。何かを感じれば真っ直ぐ突っ込む」


「そこが怖いところですよね」鈴はため息をつきつつも、どこか微笑ましげに言った。「で、こっちの動きですが――」


彼女は新しいメモを開き、すらすらと書き出していく。


「一、紅い影の出現は“人を喰う怪異”ではなく、“願いを残す現象”の可能性。二、現象の中心地は湖畔南東部。三、過去に類似する記録が二件。周期的なものとみて間違いないでしょう。つまり――」


「今夜、もう一度現れる可能性が高いってことか」綾戸が補足する。


「はい。なので、現地へ向かうなら今夜が一番確実です」


朔夜が頷き、静かに立ち上がる。白銀の髪が朝の光を反射して揺れた。


「我と綾戸で現地に出よう。鈴は念のためここに控えておれ。山のほうで何かあればそちらを見に行ってもらわねばならん」


「畏まりました。でも、無理はしないでくださいよ。最近は竜胆さんたちが巻き込まれる怪異の質が変わってますから」


「心配性め」綾戸が笑い、コートを掴んで立ち上がった。「ちゃんと報告くらいはするさ」


「報告だけじゃダメです。ちゃんと帰ってくること。約束、ですよ」


鈴の声は柔らかいが、底に確かな力があった。座敷童としての直感か、それとも――ただの優しさか。綾戸はその目を見て、少しだけ笑う。


「わかってるよ。ちゃんと帰ってくるさ」


「指切りげんまんでもします?」「そんな年じゃないだろ」


朔夜がドアを開けると、街の喧騒が一気に流れ込む。朝日が三人の影を床に伸ばした。


「さて、願いの淵を覗きに行こうか」


その言葉に、鈴が微笑みながら軽く手を振る。「いってらっしゃいませ、綾戸様。朔夜様」


「おう。留守番、頼んだ」


ドアが閉まると、事務所には再び静けさが戻った。鈴はそっと窓辺に立ち、遠ざかる二人の背を見送る。その唇が、小さく動いた。


「……どうか、“願い”が誰かを呪わないように」


「のう、童も一緒に見たんじゃが、なんで誰も聞いてくれんのかのう?」


机の上で不服そうなこんが声を上げる。やってしまった。プリンは先ほど、朔夜様が食べてしまったし、どうやって誤魔化そうか。鈴の新しい戦いも静かに幕を開けた。

流石に4年ほったらかしにしていたので、主人公サイドも改めて描写。

ただ、よくも悪くも勝手に動いてくれるのはいいところです。


いつの間にか探偵事務所ができてたりしますが、そのあたりは追々

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