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朝の零課

「ここ数日は随分静かだな」


紅と再会したあの日以来、公安零課には閑古鳥が泣いていた。報告書を出した後も、上層部からの反応は薄く、現場も特に動きはない。


「お巡りさんが暇なのは、世の中が平和な証拠だろ。喜ばしいじゃないか」


利根川が椅子の背にもたれ、空の缶コーヒーを傾けながら言う。珍しく微糖。しかし、その口調には退屈というよりも、どこか落ち着かない響きがあった。


「平和は、嵐の前触れみたいなもんだ」竜胆は淡々と返し、デスクの上の報告書を指で叩く。「湖畔と山間部、二つのデータ。波形が似すぎてる」


「似すぎてる?」綾瀬がタブレットを操作しながら眉を上げた。「発生時間も周期も違うのに……ああ、でも確かに。波の揺れ方が同じです」


「二つを重ねてみろ。呼吸のリズムになる。人間のとは違うが――あれは、何かが生きてる」


「呼吸ねぇ」利根川がため息をつく。「どっちも“生きてる”ってわけか。俺はその“生き物”の正体を知りたくねぇけどな」


「生き物かどうかは、まだ分からん」竜胆は窓の外を見た。鈍い朝の光がビルの隙間を縫って差し込み、街全体がまだ眠っているようだった。その目の奥には、あの夜の紅の姿が焼きついていた。


「しかしさあ、竜胆。お前の“勘”ってやつ、当たりすぎて怖いんだよ。」利根川がぼやく。「一回ぐらい外してくれよ」


「その時は、お前が現場に出る番だ」


「やめろ、縁起でもねぇ」


綾瀬がくすりと笑う。「そういえば、この前も利根川さん、赤外線カメラの前で“異常反応出るなよ出るなよ”って唱えてましたもんね」


「出たら怖ぇじゃねえか」


「出なくても怖がってるじゃないですか。」


「綾瀬、最近俺をイジるの癖になってない?」


竜胆はわずかに口角を上げた。「あの夜より、だいぶ平和だな」


「冗談言えるようになったのは進歩だな」利根川が肩をすくめる。「で、夢の話はどうなった?」


竜胆は一瞬だけ言葉を止め、ゆっくりと息を吐く。「……あれから、同じ夢を何度も見た。紅と過ごした夏の日の夢だ。」


「デジャヴとかじゃなく?」綾瀬が身を乗り出す。


「違う。あれは記憶だ」


「記憶……ねぇ」利根川が顎をさする。「相手が幽霊でも記憶に残るのか?」


「幽霊と決めつけるな」竜胆は静かに言った。「あの時、確かに俺は彼女と手を取った。感覚まで覚えてる」


「恋の話みたいに聞こえますね。」綾瀬の軽口に、利根川が咳払いする。「おいおい、恋バナすんな。零課ってのは人間の色恋とは一番縁がない場所なんだよ」


「ならお前が一番零課らしい」竜胆の返しに、二人は一瞬きょとんとし、次の瞬間、笑いがこぼれた。


その笑いが消えた頃、竜胆はデータを指さした。「地脈の流れを追え。二つの地点は繋がってるかもしれない。」


「地脈?」利根川が顔をしかめる。「オカルトか?」


「古い火山帯が下にあるらしいんです。地熱活動の影響かもしれません。理屈では説明できますよ」瀬織が補足する。


「理屈ではな」竜胆が小さく笑う。「人間の理屈で説明できないことを追うのが、俺太刀の仕事だ」


「はいはい、“理屈屋の皮を被った感覚派”ですね」綾瀬が肩をすくめる。


利根川が空カンを机に置き、真顔になった。「で、次はどうする?」


「湖畔だ」竜胆の答えは即答だった。「今度は夜じゃなく、昼に見る。あの光が、影を落としている場所を確かめる」


「珍しいな。夜が専門のお前が」


「夜だけが真実を隠すとは限らない。」


利根川がニヤリと笑う。「じゃあ昼飯も現地で食うか。どうせお前、またコンビニ飯だろ」


「栄養は足りてる」


「愛情が足りてねぇんだよ」


「ふん。ならお前に分けてもらうとしよう」


綾瀬が吹き出した。「こういう日常が一番怖い前兆なんですよね」


「それは言うな」竜胆がペンを回しながら小さく笑う。「静けさの後には、必ず音がある」


身支度を整え始めた竜胆に続くべく、利根側もデスクの整理を始める。「じゃあ、今から向かうか」「いや、向かうのは明日だ。今日は俺と綾瀬は先約がある」


立ち上がろうとする利根川を竜胆の言葉が席に縫い付ける。


「なんだよ。俺はハブか」


「仕方ないじゃないですか、利根側さんあんまり行きたがらないから」


「またあそこかよ。二人で行ってこい!」


苦虫を噛み潰した顔の利根川に背を向け、竜胆と綾瀬は執務室を後にする。


「たまには静かなのもいいもんだな」


一人オフィスに取り残された、利根川の小言が執務室に執務室に響く。



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