南東へ 15:32
午後、庁舎を出た三人は車に乗り込み、南東方面へと走っていた。例のデータが異常を示した“山間部”。
「なんかさ、最近この手の出張ばっかりだな。現場行っても大体『異常なし』で終わるし」利根川が助手席でため息をつく。
「仕事に波があるのは仕方ないですよ」瀬織が後部座席でタブレットを操作している。「でも今回は少し違います。温度変化が出た地点、地形が妙なんです。」
「妙?」竜胆がハンドルから視線を外さずに尋ねる。
「はい。地盤が妙に柔らかい。崩落跡でもないし、人工の穴でもない。地層サンプルから見ても自然のものとは思えません。」
「つまり?」利根川が振り向く。
「何かが、下にあるか、あった可能性が高い。」
「……また物騒な話か」利根川が肩をすくめる。「竜胆、どう思う?」
「嫌な感じだ」
「出た出た。竜胆先生の“勘”」
「お前ら、馬鹿にしてるようで実は頼りにしてるだろ」竜胆が小さく笑うと、車内の空気が少し和らいだ。
窓の外には、冬枯れの山並みが続く。灰色の雲の切れ間から日が差し込み、舗装の剥げた道路を照らしていた。古い案内板が見える。
『久良沢旧道 通行注意』
「ここを抜けると観測地点です。」綾瀬が言う。「昔は集落があったらしいですよ。」
「廃村か。」竜胆が呟く。「……嫌な既視感だ。」
「まさか、また昔の夢の場所とか言わないでくださいよ。」利根川が笑う。
「違う。だが、匂いが似てる。」
「匂い?」
「土と、水と、時間の匂いだ」
利根川が眉をしかめる。「詩的なこと言うな。気味が悪い」
「でも、分かる気がします」綾瀬が車窓を見ながら呟く。「なんだか、懐かしい匂いがしますね」
「人間が長くいなかった土地は、空気に記憶が残る」竜胆はそう言って、わずかに目を細めた。
その時、無線が小さくノイズを発した。『――観測点付近で通信不安定。――確認を――』
「通信が途切れたか」
「ノイズまみれで何が何だか」綾瀬が画面を叩く。
竜胆は車を止めた。「ここからは歩くとするか」
冷たい空気が流れ込む。足を踏み出した瞬間、乾いた土の下で、かすかな熱を感じた。
「……まただ、呼吸か」竜胆が呟いた。
「は?」利根川が振り向く。
「この土地だ。何かが目を覚まそうとしている。」
その声に、綾瀬の手が止まった。風が吹き、林の奥で何かが軋んだような音がした。




