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妖奇譚 ~妖怪、幽霊、都市伝説、現世と幽世が交わる時~  作者: Tomato.nit
第二章 蜘蛛と猫と座敷童
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動く戦場

体内から漏れ出さないように高めた念を一気に解き放つ。


全身に掛かる急激なG。


降りしきる雪が礫となり、体中に打ち付けていくが、構わずに大煙管を振りかぶる。


狙うは絡新婦の下半身。


当たれば重畳。この角度で躱してくれるなら距離を取るという目的は達せられる。


どっちに転んでも問題ない。


距離、目測二十メートル。


殺気か、気配か、音か。どれが引き金になったかは知らないが、絡新婦の意識がこちらに向く。


見開かれたその瞳には驚愕の色が浮かぶ。


奇襲は成功らしい。


一瞬の後、絡新婦は俺の軌道から逃れるように大きく後方に飛ぶ。


狙い通りだ。


「ネズミが紛れ込んでるかと思えば、知った顔じゃないの!」


毒ずく絡新婦の下半身からは同時に意図が放たれる。


「覚えていてくれるなんて光栄だな!」


振りかぶった大煙管を地面に叩きつけ、軌道を逸らす。


向かうのは、退いた絡新婦の方。


このチャンスは逃がさない。


「ちっ!」


流石に一度やり合った相手だ。お互いにある程度行動は読める。


忌々しそうに糸を吐き、無軌道に距離を取る。


だが、こいつは。


「読めないですよね!」


絡新婦が俺の攻撃から逃れた先。


完全に気配を消し、待ち構えていた鈴の踵堕としが八本の蜘蛛の足、その最も凶悪な前脚を捉え、根元から叩き折る。


「ぎゃあああああ!?」


完全な意識外からの攻撃に、悶絶の声を上げる。


「鈴!」「はい!」


阿吽の呼吸。


「もう一丁!」


俺が全力で投げつけた大煙管を掴み、無防備な空中の絡新婦目掛けて振りぬく。


打撃の瞬間轟音が響き、その巨体を彼方に弾き飛ばす。


追撃か、救出か。


その選択が一瞬のうちに訪れる。


が、同時に。


「にゃー!」


背後の瑞希さんの方から、ノワールの泣き声が響く。


「ここは任せろ」


ノワールの泣き声からはその確固たる意志を感じた。


「なら、任せるぞ」


この状況だ。猫の手だって遠慮なく使わせてもらう。信頼もしてるしな。


「このまま仕掛けるぞ!」


「合点です!」


何度も背中を合わせてきた朔夜とはまた違う安心感が体中に満ちていく。


なんだろうなこの充足感は。


「ふふ、こうやって肩を並べるのも楽しいですね」


「そうか、これ楽しいのか」


「そうですよ。私が言うのですから間違いないです!」


その通りなんだろう。


俺達の切っても切れない関係はそれを物語るには十分だ。


俺たちが向かう先には、木々をなぎ倒しながらも体勢を立て直した標的の姿がある。


「もう一匹紛れ込んでいたとはね。どこまでも鬱陶しい人間ね」


「あら、私は人間ではないので悪しからず。貴方みたいな悪い妖怪という訳ではないですけど」


「妖怪に良いも悪いも在りはしないわ。違いはその在り方だけよ!」


啖呵を切りながら、黒鉄の如き脚を振り下ろしてくるが、その手数は鈴のお陰で以前ほどの脅威ではない。


危険度の高い前脚を俺が抑える。


そして、残る脚の攻撃をかいくぐりながら鈴が的確に攻め込んでいく。


「綾戸様たちが苦戦したと聞いていましたが」


半身に構えた鈴が、拳を腰に引く。


「噂ほどではないですね!」


踏み込みと同時に放たれる渾身の正拳突き。


俺が幾度となく練習し、最も得意とする一撃は鈴も会得している。


その鍛え抜いた技が穿つべき敵を捕らえた。


「これは効くでしょう・・・えっ!?」


鈴の拳に打ち抜かれた甲殻。そのひび割れた隙間から、紫のキリが立ち込める。


「退け!鈴!」


俺が叫ぶのとほぼ同時に、巻き込まれるガントレットを脱ぎ捨て、鈴が大きく飛び距離を取る。


「忌々しい。ああ、忌々しいわ。どうして私の思い通りにいかないのかしら」


立ち上る煙がどんどんと俺たちの視界を奪っていく。


ガリ。


ガリガリ。


その煙の向こうでは何かを噛み砕く音が絶え間なく響いてくる。


「この感じ、余り良い展開にはならなさそうですね」


「絡新婦が何やってるか分かるか?」


「恐らくですが、何かしら核を取り込んでいるのでしょう。この妖気の高まり方は異常です」


核って言うと、この前戦ったときに他の絡新婦から抜き取ったものか。


ピリピリと肌を焼くような感覚が刻一刻と強くなっていく。


「来ます!」


鈴の警告とほぼ同時、俺が身を躱すと同時に、さっきまで俺が経っていた場所に巨大な槍のような前脚が突き立てられる。


「もう容赦はしないわ。ここで死になさい」


煙を払いのけるように現れた絡新婦の姿はより禍々しいものとなっていた。


下半身の蜘蛛はその大きさを増し、体を支える足の数は四本から八本へ。


攻撃に使っていた四本の前脚は更に大きく、鋭くなっている。


更に、上半身を構成する人型の背中からも同様に鋭い脚が二本伸びている。


「これは厄介ですね。単純に手数が増えて、威力も上がっていると」


「それだけな訳ないでしょう?!」


怒気をはらんだ絡新婦の声と共に、出鱈目に振るわれる無数の前脚。そこから放たれる高密度の念が刃となり襲い掛かってくる。


鈴を庇うために俺が斬撃の矢面に立つ。


死に物狂いで大煙管を振るい、どうにか防ぎきる。


「綾戸様!ご無事ですか?」


「なんとかな。ただ無傷って訳にはいかなかったが」


致命傷になりそうなものは防いだが、かすり傷は無数にできてしまった。


「まだ生きているの?本当に面倒な人間ね。というかあなた本当に人間?いくら何でもしぶと過ぎるわ」


「よく言われるが、俺としてはまだ人間のつもりなんだよなぁ」


「ふん。まあ、どちらでもいいわ。どうせ殺すのだから」


「そう言うなよ。俺達だって、瑞希さんを無事に取り返えせてお前が人を襲わないって言うなら無理に敵対することもないんだ」


「諄い上に馬鹿なのかしら?その話はこの前断ったはずだけれど」


「しかし、少しばかり強くなったところで貴様が我ら三人を相手に勝てる道理はなかろう。諦めるがよい」


俺の言葉を継いだのは朔夜。


丁度片付けて合流したところらしい。


傷一つない様子から察するに苦戦など微塵もなかったようだが。


「お断りよ。それにしても、ぞろぞろと本当に鬱陶しいわね。いいわ。ここで三人纏めて喰らってあげる。そうすれば地獄でも寂しくないでしょう?」


「ふむ。地獄か。あんな血生臭いところは三人で行ってもつまらん。貴様一人で行くがよい」


「だから死ぬのはあなた達の方なのよ!」


ヒステリックな叫び声が雪山に木霊し、無数の剣戟が放たれる。


だが、所詮は見慣れた攻撃で数が増えただけ。


一度対峙した朔夜と俺が二人いれば難なく弾き返せる。


そして完全にフリーな鈴が反撃に転じていく。


状況は完全にこちらが優勢となり、絡新婦にはダメージが蓄積していく。


「偉そうなことを言っていた割には大したことないですね!」


台詞は完全に悪役の鈴。


まあ、三対一でやってる時点で正義もクソもないんだが。


徐々に鈴の攻撃が効いてきたのか、動きに陰りが現れる絡新婦。


「いい加減往生際が悪いですね。次で決めます!」


鈴が大きく距離を取り、そのまま飛び上がる。


空中で体を捻り、右足を振り上げる。高めた念が踵の一点に集まっていく。


迎撃の姿勢を取ろうとする絡新婦を二人係で抑え込み、鈴の攻撃の軌道を確保していく。


「はあああああああああああああああああああああああ!」


気合一閃、鈴の踵堕としが直撃すると思われたその瞬間。


「やめて!!!」


突如現れた小さな影。


「え!?」


寸でのところで軌道を逸らした鈴の攻撃は空振りに終わる。


予想外の乱入に凍り付く戦場。


いち早く動いたのは絡新婦だった。


小さな影の主を掴み、飛びのく。


「なんで、かなみがこんなところに!?」


そう、小さな影の主はおいてきたはずのかなみだ。


「子狐には荷が重かったか」


「それよりも早く、かなみさんを助けないと」


鈴の一声で、目的を切り替える。


「あらあら、誰かと思ってみればかなみじゃない。最近見ないと思ったけれど、丁度良いわ」


不敵な笑みを浮かべる絡新婦がかなみの持つぬいぐるみに手を掛ける。


「クモさん、何するの?」


「何って、こうするのよ?」


かなみから取り上げたぬいぐるみをそのまま噛み砕く絡新婦。


「!?」


その予想外の行動に目を大きく見開くかなみ。


「あんまり育ってなかったわね。でも良いわ。次は貴方ね」


自分の身に何が起こるのかを察し、じたばたと暴れるかなみ。しかし、幼女の力では振り解くことは叶わない。


かなみの元に急ぐが、一度開いた距離はそう簡単には縮まらない。


間に合わないのか。


そう絶望しかけた瞬間。


かなみに食らいつこうとした絡新婦の目の前を黒い影が通りすぎる。


「ぎゃああああ!?」


悲鳴とともに緩んだ力、その僅かなチャンスから、かなみは拘束から抜け出す。











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