雪景色の中で
随分と間が空いてしまいましたが、更新再開です。
「よし。早速いきますか」
深紅のRX-7。
降りしきる雪を駆け抜けた鉄の馬からは仄かに湯気が上がっている。
今からが瑞希さん救出の正念場だ。
絡新婦の気配はこの山の頂上らしい。
「作戦も何もあったものじゃないが、それはいつも通りか」
「愚問よな。立ちふさがるものは叩き潰すのみ。それが我らのやり方であろう」
自分で言うのも何だが山賊か何かの類だろうか。
「今回は私もお供させていただきますので、三銃士ってところですね」
俺と朔夜の隣に並ぶ鈴もこんな調子だ。
全員殺気立っている。
「にゃー!」
ノワールも付いてくるらしい。
「童はここでかなみと留守番じゃな」
「ごめんな。流石にかなみを一人で置いておくのは心配だしさ」
「まあ、戦力的には仕方ないじゃろう。安心するのじゃ。かなみはしかっりと面倒を見ておく」
かなみに抱きかかえられてそう言うコンの姿は説得力があるのやらないのやら。
「わたしは一人でも大丈夫なのに」
「そう言うなよ。俺達も心配なんだって」
「分ったけど。みんなちゃんと帰ってきてね?」
「勿論だ」「無論」「当然です」
言われるまでもない、その思いはみんな一緒だ。
コートを羽織り、腰には月光を携える俺。
朔夜はいつもの着物姿に、煙管を咥えている。
そして、なんだかんだで一緒に肩を並べて戦うのは初めての鈴。
いつも部屋で身に着けているメイド服。
しかし、手足には金属製のガントレットやアンクレットを装備している。
「なんか、コスプレ感がすごいな。そんなキャラ見たことあるぞ」
「仕方ないではありませんか。私はステゴロが基本戦術なので」
というか、鈴の依り代になっているフィギュアの元ネタそのものだが。まあ、本人にはバレてるんだろうけど。
「では、囚われのお姫様を助けに行くとしましょう」
普段よりも血の気が多い鈴が先頭を切り、雪の山中への進軍を開始した。
人気の無い雪山。
登山用の道などあって無いに等しい。
道中は朔夜の鼻というか気配を探る能力のみを頼りに進んでいく。
「ふむ。どうやら出迎えらしいな」
一時間くらい山道を進んだ所で、朔夜が呟く。
同時に周りに漂う微かな妖気が次第に濃くなり、無数の蜘蛛がわらわらと溢れ出してくる。
「普通の蜘蛛ならいざ知らず、このサイズ感は女子供に見せてはいけない類のものですね」
「いや、お前ら女子供だし、俺もあのサイズはきついって」
俺達の目の前に居るのは百を超えるほどの数の蜘蛛。流石に絡新婦ほどのサイズは無いが、車のタイヤぐらいのデカさだ。
シンプルに気持ち悪い。
「ここで律儀にこ奴らの相手をするのも骨が折れるのう」
「でも、流石に只では通してくれ無さそうだぞ」
「仕方あるまい。主様、月光を我に。道は切り開くとしよう」
俺が差し出した月光を受け取り、そのまま腰溜めに構える朔夜。
全身から溢れ出す念が、降りしきる雪を掻き消し、その姿を艶やかに照らす。
「推して、参る」
抜き放たれた白刃が無数に舞い、行く手を阻む蜘蛛を悉く切り刻んでいく。
「付いてこられても面倒であるからな。ここは我が引き受ける。二人は先に行くがよい」
「それ、完全に死亡フラグだぞ」
「ふん。死神なら既に切っておる。我を地獄に引きずり下ろしたいなら閻魔自ら出向いてくるがよいわ」
その名に恥じぬ、鬼の如き剣捌きで、蜘蛛を薙ぎ払っていく朔夜。頼もしいことこの上無い。
「月光の代わりに、コレを」
そう言って朔夜が煙管を投げて寄越す。
「後でちゃんと返すからな」
「無論。精々大事にするがよい」
案外すぐに合流できそうな朔夜を残し、二人で頂上に向かっていく。
蜘蛛が現れた時からだが、絡新婦の気配が一気に濃くなっている。
「この感じ、既に結界の中ですね」
「やっぱりそうか。微妙にだけど俺も分かるようになった」
「いい感じですね。とはいえ、こちらに気付いているという点では向こうも同じでしょう。なにが来るか分かりませんからお気をつけて」
そんな話をしたのも束の間。
暫く進んだ所で俺たちは目的の絡新婦を発見した。
気付いていて無視しているのか、ここまで近づいたことには気づいていないのか、その真相は定かではない。、
こちらに背を向け、何かをしているが、こちらからはその内容は分からないままだ。
「このまま一気に奇襲を掛けますか?」
「いや、今は瑞希さんの救出が最優先だ。少しでも危険が及ぶ可能性は排除したい」
「それも一理ありますね。では少し回り込んで瑞希さんを探しましょうか」
「それは俺がやる。鈴はここで待機してくれ。あいつはまだ鈴には会ったことないはずだからいざとなれば隠し玉は多い方が良い」
「随分とこすっからい手ですが、賛成です。合図は任せます」
言葉尻に違和感を感じるが、今は瑞希さん優先だ。
気配を消し、回り込でいく。
真後ろからでは見えなかった、絡新婦の行動が徐々に見えてくる。
絡新婦の正面には巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、その中心には着崩れた瑞希さんが磔にされている。
見たところ外傷はない様子だが、意識もない。
俺がもう少し動けていれば。
後悔の念で押しつぶされそうになるが、ここは堪える。
俺がここで折れる訳にはいかない。
さらに、絡新婦の様子を確認するべく位置を移動するとその行動の全貌が見えてきた。
下半身に当たる蜘蛛からは絶え間なく糸が供給され、瑞希さんの足元から 徐々にその体に巻き付いていく。
そして上半身では、ゴリゴリという異音を発しながら、何かを咀嚼している。
いや、何かとぼかす必要はないか。
深紅に染まるその肉片は人間のものだ。
人を喰っている。文字通り。
吐き気を催すその光景から目が離せないが、唯一の救いは瑞希さんが気を失っていることか。
この光景を目の前で見るのはトラウマものだろう。
さて、ここからどう動くか。
瑞希さんを救出するには少々骨が折れる状況だ。月光も手元にないし。
となれば、絡新婦を引き離しながら撃破するしかないか。
プランはシンプルに。
朔夜から託された煙管を口に含み、念の火を灯す。
口内に流れこむ、仄かな桜の香りのする煙。
吐き出した煙はそれ自体が意思を持つかのように渦を巻き煙管と包み込んでいく。
徐々に重さを増す煙管。
初めて握った獲物だが不思議と手に馴染む。
よし。
行くぞ。




