束の間の休息
「また無理をさせてしまったな。すまぬ」
治癒を終え、朔夜の元に戻ると頭を下げられた。
「気にするな。これはあくまで俺の意思だ。誰も悪くないさ。それより場所の目星は?」
どれだけ俺という存在が人間の枠から離れたとしても、俺の生き方は変わらない。
だから何の問題もない。
「なら、何も言うまい。居場所の方は安心するが良い。ちと遠いがな」
流石は朔夜だ。仕事はきっちりこなしてくれる。
それに、部屋を自由に闊歩しているかなみを見る限り、特に怖い思いはしなかったらしい。
「あ、お兄さん戻ってきたんだ」
そんなかなみが声をかけてくる。
「おう。かなみも朔夜と二人で寂しくなかったか?」
「うん。いつも一人だからいつもより楽しかったよ」
この子はこの子でなかなか大変だよな。
この事件が解決したらどうするかも考えないと。
「今宵はしっかりと休養を取り、明日出立するとしよう。主様は傷が治ったとはいえ、体力は戻さねば使い物にならぬであろう」
俺は今からでも出発する気満々だったんだが、先に潰された。
正直、朔夜の言う通りなので反論の余地はないのだが。
「でも、そんなにゆっくりしてて瑞希さんは大丈夫なのか?」
「前に伝えた通り、猶予はある。悠長に構えるつもりはないが、休養もまた戦士の務め。今は耐えるのが主様の仕事よ」
「分った。まだまだ朔夜には適わないな」
「無論よ。そう簡単に抜かれては鬼の面目が泣くわ」
かっかっか。と笑い飛ばす朔夜。
「では、そろそろ夕食としましょうか」
「だな。流石にホテルで料理する訳にもいかないし、どっか食いに行くか」
「簡単なものならおつくりしますが、外食の方がよろしいですか?」
「たまには鈴も仕事は休めよ。今日は家事はなしでゆっくりしよう」
家事はなしという言葉で少し鈴の表情が曇った。俺達の面倒を見るのが良きる意味とは言っていたが、この様子を見ると実感する。
「分りました。我儘を言うつもりはありません。綾戸様の決定に従います。ただし、お世話をしないという選択肢は私にはありませんので、
今晩は綾戸様のお背中を流させていただきます」
「それはなんだ、晩飯の交換条件か?」
「そうです。普段は頑なに背中を流させてくれない綾戸様ですから、こんなチャンスでもないと」
「いや、背中流させないのは単純に恥ずかしいからなんだが」
「恥ずかしいって、綾戸様の体のことならほくろの位置から性感帯まで全部ばっちり把握してますよ?」
「余計に質が悪い」
「でも、今晩は逃がしませんからね。ぐふふふふ」
すっげえ悪い顔をしてるが、楽しそうだし今日くらいは大目に見てやるか。
俺が恥ずかしいのを我慢すればいいだけだけだし。
「それじゃあ飯行くか。なんか食いたい物あるか?」
「油揚げ!」「パフェ!」「お肉!」「綾戸様!」「にゃー!」
見事にバラバラって言うか、一人おかしい奴がいる。
「飯の話をしてんだ。なんで一人だけ食欲じゃなくて肉欲満たそうとしてんだ」
「いえ、テンションが上がってしまい心の声が漏れただけです。お気になさらず」
「普段からそんなこと考えてると思うと余計気になるんだが」
「大丈夫です。平常時はきちんと自制できますから」
「マジで頼むわ」
それで、これだけ食いたいメニューが異なるとなると行くのはファミレス一択か。
でもノワールは流石に連れていけないな。
「ノワールは留守番してくれるか?代わりに美味い缶詰奮発するからさ」
「にゃー。にゃにゃあ」
「分った。チュールも買ってくるよ」
俺の答えに満足したらしく、ベッドの上で丸くなるノワール。
「というか、俺たちはファミレスに行けばいいけど、コンはその姿で外で食事するの無理だろ」
「む。童を甘く見るでないわ」
「いくら早食いでも人目もあるしさ」
「違うわい。ごちゃごちゃ言うより見て驚くのじゃ!」
そう言うと机の上からジャンプするコン。
空中で綺麗に一回転すると同時に、ポンとその姿が煙に包まれる。
しゅた。
そして地面に降り立ったのは、小学二年生くらいの女の子だった。
「どうじゃ!普段から油揚げを喰らうことで高めた力で童は変化も可能になったのじゃ!」
顔立ちは普段のコンと特に変わりはない。
強いて言うなら等身は幼児体系寄りになっているが、サイズアップの都合だろう。
「ほう、いつの間にやら面妖な力に目覚めおったな」
朔夜から褒められたのが嬉しいのか満足そうな表情を浮かべている。
こうしてみると、普段のキツネ耳も尻尾もないと普通の女の子っぽいな。
かなみよりは少しお姉さんという感じだ。
「大人なのは俺達三人。それで子供が二人ってどういう関係に見えるんだ?」
「私が浮きますね。綾戸様と朔夜様が夫婦ということであれば、子供が二人でもしっくり来ますよ」
「主様と鈴は兄妹でよかろう。そうなると主様ではなく旦那様と呼ばねばならぬか?」
「朔夜はなんで乗り気なんだよ。俺、まだ二十六だぞ。何歳でこいつら仕込んだことになるんだよ」
「おぉ、犯罪チックな香りがしますね、お兄ちゃん」
鈴、お前もか。
「そんなことはどうでも良い!早く飯に行くのじゃ。お父さん!」
「ん?お兄さんは私のお父さんなの?」
「ほらみろ、かなみが混乱してるだろうが」
そこで、俺の服の裾がきゅっと握られる。
「お父さんだったら嬉しい」
きゅん。
いや、きゅん。じゃねえ。
「綾戸様、この子を養子にしましょう!」
こっちにも、きゅん。ってした奴がいた。流石は鈴。俺とツボが一緒なだけある。
「ほれ、アホなことばかりしておらんとさっさと出かけるぞ」
こうして、決戦に挑む前のささやかな一晩は穏やかに過ぎていった。




