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妖奇譚 ~妖怪、幽霊、都市伝説、現世と幽世が交わる時~  作者: Tomato.nit
第二章 蜘蛛と猫と座敷童
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欺瞞

二対二とはいえ、こちらは背後の瑞希さんの防衛にも気を配らなければならない。


向こうも瑞希さんの奪取が目的なので、迂闊に攻撃をするということはないだろうが、こちらが不利であることには違いはない。


そしてなにより、俺の体は結構限界らしい。


こちらが攻めあぐねている間にも、息は上がっていく。


「あら、さっきまでの威勢はどこに行ったのかしら?随分苦しそうじゃない」


「余計なお世話だ。お前の子供の方も結構ボロボロだぞ」


朔夜と俺の連携で何とかダメージは蓄積させられている。動きも目に見えて遅くなっている。


「そうねぇ。この子も結構頑張ってはいるけどそろそろ限界かしら」


そう言う絡新婦自身は余裕たっぷりだ。


悔しいが、子供の方に有効打を加えるのが精一杯で本体の方には碌に攻撃が通っていない。


「主様、無茶は禁物と言いたいところではあるが、そうも言ってはおれぬ。もうひと踏ん張り付き合ってもらぞ」


「端からそのつもりだ。でもさっきみたいなのは勘弁してくれよ」


ニヤリと笑う朔夜。


何をするつもりだよ。


すかさず二匹の絡新婦の間に飛び込んでいく。


二匹の猛攻を一身で捌き、俺に目配せをする。


「了解だ!」


朔夜に攻撃が集中する間に子供の方に標的を絞る。


一撃必殺。


手数で攻めるよりも確実な一撃を加えることに集中する。


朔夜に対して繰り出される攻撃。


その合間に生じる僅かな空白。


狙うのは柔らかい箇所でいい。


人間の上半身と蜘蛛の下半身のつなぎ目。丁度臍の辺り。


歳破に込め続けた念を解く。


現れるのは見慣れた月光の刀身だ。


以前にコレを振るった時には散々な目に合ったが、今回は無事に済んで欲しいな。


月光を鞘に戻し、腰だめに構える。


見よう見まねも甚だしいが、俺が考えうる限り最もスピードが出せるのがこれだ。


両脚に力を籠め、機を伺う。


三、


二、


一、


ここだ!


渾身の力で地面を蹴り、一気に女郎蜘蛛に肉薄する


月光の抜刀、上半身の捻り、腕の振り、すべての動作を連動させる。


全身に込められる念の量は上限がある。


だが、一連の動作であればそれぞれに必要な念を切り替えることで普段の全力と同じだけの念を一個ずつに込められる。


ぶっつけ本番だが。


解き放たれた月光が空気を切り裂く。


もっと早く!


腰の捻りを加える。


もう一段!


刃の軌道を対象に合わせ、一気に振りぬく!


音速を超えた白刃が空気を置き去りにし、絡新婦の胴体を捉えた。


一閃。


切り抜けた直後に衝撃派が辺りを包む。


手に残るのは確かな感触。


どうやら上手くいったらしい。


振り返ったそこにあったのは、絡新婦だったもの。


俺に対して脚を振り上げた姿勢のまま微動だにしない。


カチリと月光を鞘に戻すと同時に上半身が音もなく滑り墜ち、事切れる。


「あらら、この子もやられたちゃったのね」


「その余裕もここまでだな。次はちゃんと二人を相手してもらうぞ」


「私は別に構わないのだけれど、貴方達で私の相手が務まるのかしら?それに貴方はもうほとんど動けないでしょう?」


ぶっちゃけると図星だ。


立っているのがやっとだ。


「ふむ。別に二人でなくとも構わん。我一人で十分であろう」


「私も舐められたものね。たかが鬼風情が随分と偉そうな口を叩くじゃない」


下がっていろと朔夜の背中が語る。


「それは此方の台詞よのう。蜘蛛如きに遅れは取らぬ」


二人の間に無言の殺意が充満する。


気付けば朔夜の頭髪は既に白銀に染まっている。


曰く白銀に染まるのは本気の証ということだが、発動には色々と条件があるらしい。


大雑把に言えばピンチになるのが発動条件というなんとも扱い辛い能力だ。


本人の言葉を借りるなら能力ではなく呪いの類。


今回は何が発動条件になったのかは分からないが、少なくとも楽に倒せる相手ではないということだ。


「朔夜!」


最低限動けるだけの力を残し、残りを全て月光に込め、投げ渡す。


動けない俺が持っていても宝の持ち腐れだ。


「然と受け取った。後は任せるが良い」


歳破と大煙管の重量級の得物を両手に携え、朔夜が絡新婦と激突する。


重量を感じさせないほどの動きで振るわれる二つの鈍器が次々と繰り出される絡新婦の脚を打ち払う。


「手数が増えたくらいでいい気になるんじゃないよ!」


絡新婦の声に若干の苛立ちが混じる。


無理もない。


得物が二本になった朔夜は先ほどまでとは比べものにならない手数を繰り出している。


四本の足から繰り出される連撃を的確に捌き、反撃すら行う。


「先ほどまでの余裕が無くなておるな?」


「五月蠅いよ!鬼如きが!」


絡新婦の怒りに非礼するように苛烈さを増す攻撃。


しかし、一撃が重くなるにつれ、生じる隙も大きくなる。


それを見逃す朔夜ではない。


「随分と焦っておるではないか。ほれ!」


がら空きの胴体に歳破の斬撃が直撃する。


メキ。


鈍い音を立て、腹の甲殻に亀裂が生じる。


ここに来て明確なダメージが現れた。


「「よし!」」


俺と背後のコンの声が重なった。


「このまま罷り通る!」


更に追撃を加える朔夜と遂に防戦に転じる絡新婦。


この調子で行けば勝てる!


そう確信した瞬間。


「にょわ!?」


背後に控えるコンが悲鳴を上げる。


振り返ったそこには、蜘蛛の糸に絡めとられ、簀巻きにされたコン。


「済まぬのじゃ綾戸。ぬかった!」


コンの後ろでは、今まさに蜘蛛の糸に絡めとられる瑞希さんの姿がある。


「瑞希さん!」「綾戸君!」


二人の声が重なる。


同時に俺は駆け出す。


目標は糸の主。巨大な蜘蛛。恐らく絡新婦の言っていた、瑞希さんを取り込ませるつもりの個体だろう。


得物は無いが、やれるだけのことはやる。


もう限界に近い体に最後の念を込める。


強化するのは最低限の箇所でいい。地面を蹴る脚と殴り飛ばすための右腕。


それだけでいい。


「間に合ええええええええええええええええ!」


絶叫と共に拳を繰り出す。


瑞希さんを奪われる前に殴り飛ばす!


しかし、振り上げた拳が微動だにしない。まるで空中に固定されたかのように。


いや、実際に縛り上げられていた。


視界の端に映る自分の手首には蜘蛛の糸が巻き付いている。


その出所を目線で追うと、倒したはずの絡新婦。その腹部から蜘蛛糸が伸びている。


「クソっ!?」


悪態をつくが、事態は好転しない。


蜘蛛の糸に絡めとられた瑞希さんは、そのまま蜘蛛に攫われる。


「逃がすか!」


絡新婦の相手を放り出し、追いかけようとする朔夜。


だが絡新婦はそれを許さない。


朔夜が振り返った隙を付き、その体を蜘蛛の糸で絡めとる。


「駄目よ。行かせる訳ないじゃない」


朔夜も負けじと糸を引きちぎるが、その速度は蜘蛛には届かない。


「あはははは、これで目的は達したわね。今回は私たちの勝ちよ」


勝ち誇りながら、後退していく絡新婦。


蜘蛛糸に囚われ、碌に追うこともできない俺たちはただその姿を目で追うことしかできなかった。








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