表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖奇譚 ~妖怪、幽霊、都市伝説、現世と幽世が交わる時~  作者: Tomato.nit
第二章 蜘蛛と猫と座敷童
40/66

母なる者


「なんじゃ、綾戸か?動けるようになったのなら連絡くらいせんか。心配したのじゃ」


「動けるって言っても俺の体じゃないけどな」


コンから送られた住所に急ぐと、三体の絡新婦を相手に奮闘する二人の姿があった。


ほぼ一人で三体の攻撃を捌きながらコンと瑞希さんを庇う朔夜。


朔夜を搔い潜った攻撃をどうにか防ぐコン。


かなりギリギリだった。


最後の砦のコンを通り抜けた黒光りする脚を俺が間一髪防いだところだ。


「話を聞くのは後だな。先ずはここを切りぬけるぞ」


「心得たのじゃ。後ろは任せるのじゃ」


「頼んだぞ!」


瑞希さんは再びコンに任せ、朔夜の援護に回る。


「主様は少し目を離すと阿呆なことをせねば気が済まぬようであるな」


「もう否定できる気がしないな。でも。居ないよりはマシだろ?」


「それは今からの戦いで証明して頂くとするかのう」


投げ渡された月光に念を送り込み、歳破へと形態を変じさせる。


朔夜もすかさず大煙管を構える。


目の前に居るのは三体の絡新婦。


そのうちのボロボロの一匹は先日墓場で戦った個体だろう。


大きさはそれぞれ違うが、ボロボロの奴が一番小さい。


「まさか三体も居たのか。他にも居るとか言わないでくれよ」


「残念ながらこの地の絡新婦は私たちだけよ。もう一人はあの子に預けたままだしね」


奥に控える一番大きな個体が口を開く。喋れるのかよ。


「昨日の奴は答えてくれなかったんだが、あんたは喋れるんだな」


「勿論よ。この子はまだ若いから人間の言葉が離せないのよ。ごめんなさいね」


ちっとも申し訳無いという雰囲気は感じないが。


「話が通じるなら好都合だ。何故俺たちを襲うんだ」


「何故って。変なことを聞くのね?私たちにとって邪魔だから排除する。それだけの事よ」


話は通じるが、ただそれだけの事だ。やめる気はないらしい。


「自分の命が狙われているというのに綾戸はお人よしじゃな」


「俺だってそう思うよ。でも別に俺だって祓いたい訳じゃない。話が通じるなら対話で解決するのがベストだろ」


「向こうが同じ考えとは限らんようじゃがな?」


コンとの会話もお構いなしに二匹の絡新婦が攻撃を繰り出してくる。


しかし、武器の相性はこちらが上。


それに先日朔夜と一緒に戦ったばかりだ。ある程度は対処できる。


力任せに前脚に斬撃を繰り出すとその甲殻がひしゃげていく。


十分対処できるな。


「なあ、正直今の状態なら俺達でも十分勝ち目があるぞ。辞めてくれる気はないのか?」


「あら、随分親切じゃない。でもあなたになんのメリットがあるのかしら」


「別にメリットデメリットの話をしてるんじゃない。無駄な殺生はしたくない。それだけだ」


俺の言葉が届いたのか、攻撃が止む。


「あはははは。これは傑作ね。人間風情が随分と上から目線じゃない。神にでもなったつもりかしら」


憎まれ口を叩くが、攻撃に移る様子は感じられない。


何とか対話は可能か?


「俺達が邪魔だと言ったが、お前の狙いは瑞希さんか?」


「あら、案外頭は冴えるのね。ご名答よ。用事があるのはそこの女だけ。見逃してくれるな無駄な血は流れないわよ」


無駄な血ってのは俺たちのことか。


「そいつは無理な相談だな。顔見知りを見捨てるほど薄情じゃない」


「あら、それは残念ね。別に取って食おうって訳じゃないのよ?」


「どういうことだ」


「教えてあげる義理は無いのだけど、気分が良いから教えてあげる。その子には私の子供になってもらうの」


意味が分からん。


「貴様、その女子を同化させるつもりか」


朔夜が話を続ける。


「そういうことよ。丁度、体の見つかっていない子供が一人いるのよ。その子なら能力も十分だしね」


「論外よな。そのような蛮行は見逃すはずが無かろう」


「あら、随分な言い草じゃないかしら。脆弱な人間から崇高な絡新婦に生まれ変われるのよ。光栄じゃない」


心底呆れたような物言いは混じりっ気のない本心であることを物語っている。


話を聞いていれば分かるが、絡新婦は人間と蜘蛛を融合させることで絡新婦としての個体数を増やすらしい。


「そんな難そうな足なんてお断りです!」


コンの陰から瑞希さんが叫ぶ。


「本人もああ言ってるが、それでも諦めないのか」


「この素晴らしさが分らないなんて所詮人間ね。でも、良いわ。なってしまえば理解出来るもの」


残念ながら諦めてはくれないらしい。


ここまで沈黙を守っていた二匹の絡新婦が再びその前脚を高く掲げ、攻撃の姿勢を取る。


交渉は決裂か。


「綾戸君!私は蜘蛛になるなんて絶対に御免だからね。そいつらやっつけちゃって!」


決して安全地帯とは言えないがコンの後ろから幾分か気の大きくなった瑞希さんの檄が飛ぶ。


「メンコイ女子の声援とは腕が鳴るな、主様」


腕が鳴るってのは、さっきから振るわれる絡新婦の攻撃で軋む腕の話か?


「おっさんみたいだぞ、朔夜」


「主様は嬉しくないのか?折角の応援が勿体ないのう」


応援は勿論有難いのだが、その声援をかき消すほどの衝撃の音が当たりに響く。


「漫才をする余裕があるなんて随分と舐められたものね」


「偉そうなこと言う割にはさっきから自分は高みの見物かよ」


対峙していた絡新婦の一匹を歳破で弾き飛ばし、本体に向き直る。


「私が直接手を下すまでもないからよ」


その言葉を裏付けるかのように、いつの間に張ったのか、糸の張力を利用し、吹き飛ばしたはずの絡新婦が飛び掛かってくる。


超重量に加えて、弾き飛ばした際の推力すらも利用されその威力は凄まじい。


全身に念を込め、歳破の刀身で受けるが衝撃を受け止めきれず足首から先が地面にめり込んでいく。


「主様、その妙な体では長くは持たぬであろう?」


俺が相手をしていた絡新婦を大煙管で叩きつける朔夜。その勢いのまま、俺も朔夜に続き離脱し立て直す。


朔夜の指摘通りだ。


さっきから体が重い。


多少は動けるとはいえ、所詮は借り物の体だ。念を込めるにも限界がある。


「それを言われると辛いけど、その通りだ」


「ふむ。であれば一気に決めるとするか」


一気に決めるって嫌な予感がするんだが。


大煙管の吸い口を咥え、煙を吐く朔夜。吐き出した煙に包まれ、大煙管は更に大きさを増す。


丁度その煤口は人が収まるサイズだ。


やっぱりそうなるのか。


朔夜からの無言の圧力を感じる。


他に手段もないし仕方ないか。目配せし意図は理解したと伝えると同時に俺達は駆け出す。


ターゲットはボロボロの方の絡新婦。


昨日からの因縁はここでケリをつける。


助走は十分。


間合いはお互いの攻撃がまだ届かない範囲。


ここだ。


俺が地面を蹴り空中に飛び出すと同時に、朔夜は身を捻り、大煙管を振り回す。


煤口に俺の体が収まると同時に強烈な遠心力が体を襲う。


「征け!」


朔夜の合図と共に大煙管から弾丸の如きスピードで俺自身が放たれる。


助走に加えて遠心力。


絡新婦の間合いに入った瞬間、その前脚が振るわれるが、遅い。


黒光りする前脚は空を切る。


そして、既に俺の間合いだ。


勢いを殺さずに歳破を叩きつける!


インパクトの瞬間は無音。


一瞬の後に轟音が響き、絡新婦の甲殻が粉々に砕け散る。


まずは一匹。


「あら、やられちゃったの?情けないわね」


仲間がやられたというのに、眉一つ動かさず無慈悲な視線を向ける絡新婦。


それどころか、その躯に脚を突き立て、腹部を抉っている。


一体何をしているのか。


身構える俺達を他所に、絡新婦は亡骸から紫の玉を取り出す。


最近よく見かける妖怪の核だ。


「これは回収しておくわ。とはいえ、流石にこの子一匹じゃ二人相手は辛いかしら」


傍らに控えるもう一匹の絡新婦を撫でながらそんなことをつぶやく。


「いいわ。ここからは私も相手をしてあげる。精々楽しませてね?」


第二ラウンドの開始らしい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ