かなみ
年端もいかない少女をホテルに連れ込んだ。
自分で言っていてかなり犯罪臭い。
というか、警察的には十分しょっ引ける案件だろう。
件の年端もいかない少女は今、俺の目の前で温かい茶をすすっている。
勿論茶は鈴が淹れたものだ。
「このお茶美味しいね。ありがとうお姉ちゃん」
「どういたしまして。外は寒かったですからしっかり温まってくださいね」
壁を一枚隔てた隣の部屋では、今も俺の体が眠らされている。
俺が依り代で活動中なことは念のた為秘密だ。昨日風穴を開けたのに元気なことには随分と不思議そうだが。
少女の名前は、まみやかなみ。漢字は良く分からないらしい。
間宮はこれでいいだろうが、かなみは候補が多すぎる。
その生い立ちを語って貰ったが壮絶なものだった。
現在の年齢は七歳。
四年前、丁度物心がつき始めたころ、彼女の両親は強盗に他殺された。
訳も分からず泣き叫んでいたところに現れたのがあの絡新婦だったらしい。
強盗を一蹴し、そのままかなみを保護し、この四年間は育ての親として振る舞っていたらしい。
人間と係わる必要のある時は人の姿を取るが、多くの時間を結界内で蜘蛛の姿のまま過ごしていたらしい。
かなみはその生涯の半分以上を妖怪と共に過ごした影響なのか、かなり霊感が強い。
とはいえ、見える、話せる。といった能力がずば抜けているだけで、俺たちみたいに戦えるという訳ではないらしいが。
だが、怪異にしてみればここまで怪異に染まった人間は餌としての魅力は低いらしく不思議と襲われたことはないらしい。
むしろ話相手や遊び相手のほとんどは下級の霊や怪異だったらしい。
俗世というか、人間との係わりは非常に薄く、怪異との関係は異常に濃い。
それがこのかなみという少女の人生だ。
そして大事そうに抱えている熊のぬいぐるみ。
その中に秘められているのは間違いなく絡新婦だ。
ただし、それは絡新婦の幼体。
二年前に生まれたこの幼体を遊び相手として絡新婦から託されたらしい。
以来片時も離れずに一緒にいるらしい。
粗方かあり終わり今はノワールとじゃれているかなみを横目に俺たちは言葉を失っていた。
「人生は人の数だけあるものですが、このような子がいるとは思いませんでした」
近くに居れば鈴の意識が俺の依り代に入っていなくても念話くらいはできるらしい。
「俺も人のことを言えた存在じゃないとは思うが、俺よりも壮絶かもな」
俺の怪異との付き合いなどまだ一年にも満たない。
それを考えれば七歳にとっての四年という歳月は途方もないものだろう。
「本人の性格というか気質は非常に素直な良い子ですね。ただ、気がかりなのは」
「倫理観か」
言葉を濁した鈴の言葉を引き継ぐ。
墓場で遭遇した時に口にした言葉からも分るが、この子の物の考え方はかなり怪異寄りだ。
俺もこの世界に足を突っ込んでしばらく経つが、あくまで考えは人間のままだ。多少変な融通は効く程度だ。
しかし、かなみの場合は話が違う。
幼少期の人格形成における大半の時間を絡新婦の元で過ごしたことで、その考えを植え付けられていると言っても過言ではない。
顕著に表れるのはやはり人間という存在に対する価値観だ。
彼女の前では人間の命の重さは他の動物と等価だ。蚊も人間も変わりはない。
本来自然の前ではそうあるべきなのだろうが、この人間社会においてはそうはいかないだろう。
今は幼く力もないかなみだが、ある程度成長してしまえばある意味怪異よりも厄介な存在になりかねない。
「何とかする方法は考えないとな」
「そうですね。この案件は後処理の方が大変そうです」
その時、鈴のスマホが音を立てる。
「朔夜様からですね。はい、鈴です。あれ、コン様?どうかなさいましたか?」
どうやら朔夜のスマホからコンが連絡してきているらしい。
「はい、はい。分かりました。すぐに向かいます!」
会話が進むに連れ、鈴の表情が緊迫する。厄介ごとか。
そして再びの念話。
「綾戸様、私は直ぐにお二人の救援に出ます」
「分った。でも、鈴が離れちゃったら俺の体大丈夫なのか?」
「あ、完全に失念してましたね」
鈴のど忘れとは珍しい。それだけ切羽詰まってるということか。
「だったらここは俺が行くべきだろ。そもそも俺が動けることは二人は知らないんだろ?」
「ええ。お伝えしてません。それがベストですね。流石綾戸様です」
さて、早速出陣だ。
「かなみちゃん、ごめんな俺ちょっと出かけてくるな」
「うん。分かった。お姉ちゃんはいるの?」
「ええ、いますよ。一緒にお留守番してましょう」
「うん!」
元気の良い返事をするかなみちゃんの頭を撫でるとくすぐったそうに目を細める。
基本は良い子なんだよな。
この子のこともどうにかしないとだな。
まずは目の前のことを何とかするしかないが。
「それじゃ行ってくる!」




