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妖奇譚 ~妖怪、幽霊、都市伝説、現世と幽世が交わる時~  作者: Tomato.nit
第二章 蜘蛛と猫と座敷童
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蜘蛛の少女

目の前には、ベットに横たわる俺と鈴の姿が見える。


どうやら成功らしい。


「綾人様、無事に体は動かせそうですね」


「だな。鈴の意識もこっちにあるのか?」


「サポート程度ですが、少しこちらにお邪魔しています」


「依代動かすのは鈴の方が先輩だからな。色々頼りにしてるよ」


「先輩ですか。いい響きですね」


脳内に響く鈴の声とは頭の中での会話になるらしい。


「これって俺の考えてることまで分かるのか?」


「いいえ、そこまでは。あくまで、綾人様が会話したいと思ったこと程度しか伝わらないですよ。


ただ、大きな感情の動きなどはある程度知覚できると思いますが」


なるほど。びびったりしたら恥ずかしいわけだ。


「それじゃ、俺の体はよろしく頼む」


「お任せ下さい。この身に変えても綾人様はお守りしますから」


「そこまで大層な話か?」


「大層かどうかは別の話ですが、普通の人間はこんなことしませんよ?」


確かに。自分のことながらどんどん人間離れしていくな。


「ノワールはどうする?一緒にいくか?」


「にゃー!」


「一緒に行くに決まってるだそうですよ。それじゃあ、三人で仲良く行きましょうか」


いそいそと俺のコートに潜り込んだノワールも準備完了。


さっき色々ノワールと会話もしてみたが、こっちに来る前と比べると意思疎通もかなりできるようになった。まだまだ鈴には及ばないが。


ノワールを連れていくのには一つ理由がある。


絡新婦の能力はどうやらノワールには効果が無いらしい。


それどころか、いとも簡単に絡新婦の呪いを看破し、無力化したことを鑑みるに、ノワール自身が絡新婦に対して有効な力となる。


まあ、猫に戦闘を任せるつもりはないが、本人が役に立つから連れて行けというのだから仕方ない。


ノワールに何故そんな力があるのかは謎だが、使えるものは文字通り猫の手だって借りたい状況なのだ。


行き先は昨日の墓地。


「今から行く墓地で突如絡新婦に襲われたんですよね?」


「ああ。瑞希さんに呼び出されて行ったのが昨日の墓地で途中で襲われた感じだな」


「私と、ノワールさんも一昨日に同じ墓地に行ったのですが、そういった気配は全くなかったのが不思議ですね」


「俺もそう思う。墓地に着いた時も、しばらく話を聞いてる間も全く気配はなかったしな。本当に突然空気が変わった気がする」


絡新婦の出現自体に何かしらの条件があるのかもしれないが、今のところ思い当たる節がない。


瑞希さんから聞いた怪談にもそれらしいポイントはなかった気がする。


そのまま墓地に到着し、様子を伺うが、全く怪異の気配はない。


それどころか、昨日はそこそこ派手に戦ったはずだが、その痕跡すら見当たらない。


どういうことだ?


昨日の出来事がまるで夢だとでも言わんばかりの光景。


しかし、俺の体にはポッカリと穴が空いているし、今は仮の肉体だ。戦闘自体はあったのは間違いない。


「鈴は何か感じるか?」


「いいえ、全く。綾人様に相乗りしている形なので、多少は感覚が鈍くなっていますが、それにしても何も感じません」


俺だけならまだしも鈴もか。


「にゃ?」


「ん?着いてこいって?」


こっちに何かあるけど、分からないの?という様子でノワールが俺たちを先導する。


やはりノワールには俺たちには見えない何かが見えるらしい。


近くの茂みをチョチョイと前脚で突っつくと、ピキりとガラスが割れるような小さな音が響く。


「今のは結界か?」


学校の階段事件で似たような経験をした気もする。


「そのようですね。ノワールさんには感知できるみたいですね」


ノワールが結界を破った結果、昨日の戦闘で抉れた地面や、絡新婦の甲殻の破片があたりに散乱する光景が広がる。


結界を張り痕跡を隠蔽していたらしい。


同時に、怪異の残滓もあたりに漂うが、肝心の絡新婦自体の気配はここにはない。


本体は移動済みか。


「ここにはもういないか。気配は追えそうにないな」


「少し探りましょうか。何か手がかりがあるかもしれません」


無数に張り巡らされた蜘蛛の巣を掻き分けながら墓地の奥に進んでいく。


この蜘蛛の糸の強度は昨日の戦いの時にも感じたが、物凄い。


サイズさえデカくすれば飛行機すら止められるというのが蜘蛛の糸らしいが、その話も今なら信じられる。


「綾人様、あちらを」


一般的な墓といえば、カットされた石。少し古いものでも石を切り出したものだろう。


俺たちの目の前にあるのは丸く、苔むした巨岩。


どれくらいの間、人の手を離れていたのだろうか。


全く手入れの施された気配はない。しかし、その周りにはこの場に似つかわしくないものが散乱している。


いや、ある意味ではこの場にはうってつけなのかもしれないが。


墓の周りに散らばっているいるのは無数の骨。中には髑髏すらもある。


骨の大きさからみて、人骨以外のものがほとんどだろうが、中には確実に人間のものが混ざっている。


「食事場所ってところか?」


「そう考えるのが自然ですね。それにしてもこの量。ここを根城にして相当の期間のようですね」


結界を張って現実から隔離した空間、そこに迷い込んだ者を糧にしているのだろう。


ただ、そうなるとわざわざ人を狂わせるのは何か腑に落ちない。


一応、人を狂わせる目的が、五十六の元に人の魂を送り届けることで、この食事はあくまでこの世に留まるための手段だとすれば合点はいくのだが。


「俺たちがここに入ったことは既に感知してるだろうな」


「恐らくは。見逃されているのか、警戒しているのかは分かりませんが、見られている感じはします」


俺では知覚できないが鈴の方は分かるらしい。


「攻めてくるなら迎え打てるんだが、その気はないのか」


「今のところは動きが見られませんね。目ぼしい物も見つかりませんし、ここは退きましょうか」


「無事に返してくれるならだけどな」


鈴が提案した直後。


俺の視界の端に何かが映った。視線をそちらに向けると、見覚えのある姿があった。


熊のぬいぐるみを抱いた少女。


俺の胸に風穴を開けてくれた張本人だ。


「どうやら簡単には行かせてくれないみたいですね」


「だな。鈴から見てあの子はどうなんだ?残念ながら俺は実力を見誤ったが」


「特に強い力は感じません。怪異か人間かで言えば人間の方が近いくらいです。綾人様にあそこまでの傷を与えたとはとても思えません」


油断というか完全にただの女の子だと思っていたというのもあるが、やはり怪異としての力はそこまで強大な物ではないらしい。


朔夜も直前まで気づかなかったのだから無理もないか。


「昨日は世話になったな」


「おじさん昨日の怪我は大丈夫なの?」


普通に会話が通じてしまうことに少し驚く。


「全然大丈夫じゃないぞ。今も絶賛治療中だ。あと、おじさんじゃなくてまだお兄さんだ」


「うう、ごめんなさい。あんなことするつもりじゃなかったんだけど、この子が勝手に」


泣きそうな顔をして手元のぬいぐるみをギュッと抱きしめる。


「昨日のあれは君の意思じゃないってことか?」


「私は人間だし、普段は人なんか襲わないです」


普通の人間?話を聞く限りはあの人形が何かしらの怪異ということか?


「その、人形は一体何なんだ?」


「この子はおじさん、じゃなかったお兄さんたちが喧嘩してた蜘蛛さんの子供だよ」


「絡新婦の幼体ということですか」


繁殖の方法はわからんが、どうやらそういうことらしい。


だが、こうしている今もろくに存在も感じないほどその力は微弱だ。


聞きたいことは山ほどあるんだが、どうしたものか。


「お兄さんは何でここにきたの?普通の人はここには入れないって蜘蛛さんが言ってたけど」


「君の言ってる蜘蛛さんが悪いことをしていないかどうかを調べにきたんだ」


「蜘蛛さんは悪いことしないよ?」


「でも、人を襲っているだろ」


「人を襲うのは悪いことの?人間だって動物のお肉食べるよ?」


随分と哲学的な問いだな。


「人間から見れば悪いことではある。それが妖怪から見れば当然のことでもな。でも君だってお母さんやお父さんが妖怪に襲われたら嫌だろ」


「私のお母さんもお父さんももういないよ。蜘蛛さんが私のことを育ててくれたんだもん」


これはかなり訳ありか。


「綾人様、一旦場所を移しましょう。ゆっくりと話を伺うべきです」


「そうするか。ホテルの隣の部屋も抑えてあるからそっちで準備頼めるか?」


「畏まりました。暫くこちらの体を離れますね」


俺の中から鈴の気配が消える。


「君と蜘蛛さんのことをもっと詳しく聞かせてくれないか?俺も蜘蛛さんを退治したい訳じゃない。妖怪も人間と共存できるならそれで良いと思うんだ」


「うん。それなら良いよ」


「よし。じゃあ、少し場所を変えよう。お菓子も用意するからさ」


「わーい!お菓子だ!」


ぴょこぴょこと跳ねる姿は年相応の女の子のそれだが、このあと彼女の口から語られる内容は七歳の少女の両肩には重い話となった。

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