閑話 妖と年越しと
時系列的には進行中の第二章の始まる少し前の話です。
年越し気分をお届けです。
「もーいーくつねーるとーおーしょうがつー」
部屋に出した炬燵。
四面の一角を占領し、小さな頭だけを突き出したコンが歌っている。
「後に時間もすれば年は明けるけどな」
現在大晦日真っ只中。
流石に年末は怪異も休みらしい。
「綾戸様、おみかんどうぞ」
俺の隣の面に陣取る鈴がミカンを差し出してくる。
白い筋は綺麗に取り除かれ、オレンジの果実が薄皮の中に透けている。
礼を言って受け取り、口に運ぶ。
じゅわっと甘酸っぱい果汁が口内を満たす。うん。美味い。
「我にも一つ頼む」
「はい、只今」
俺の向かいに座る朔夜もミカンを要求する。
炬燵にミカンという組み合わせは日本人の心の原風景だと思っていたが、妖怪も例外ではないらしい。
「うむ。良い密柑であるな。甘味が強い」
パクパクとミカンを口に運びながら朔夜が頷く。甘党の朔夜も満足する程だ。さぞいい品なのだろう。
「そういえばこのミカン宅配で届いたけど、いつ買ったんだ?」
「買ったのではなく、頂き物ですよ」
はて、ミカンを送ってくれる知り合いなどいただろうか。
「誰からだ?お礼しとかないと」
「いえいえ、どちらかというとお礼の品がコレですね。ちなみに送り主は私の知り合いの妖怪です」
「初耳だな。どんな妖怪だ?」
「赤シャグマという妖怪はご存じでしょうか。四国に住む座敷童の一種なのですが」
これまた初耳だ。首を横に振ると鈴は説明を続ける。
「特徴としてはその名の通り赤いシャグマ、髪の毛に赤い房があるのが特徴ですね。少し悪戯好きなところもありますが、
基本的には家に福をもたらす良い妖怪ですね」
「へえー、座敷童にも種類があるんだな」
「私も勉強中ですが色々な種類があるみたいですね。私も言ってみれば座敷童の亜種みたいなものですしね」
それもそうか。
家に縛られる座敷童とは違い鈴は俺たちと一緒なら問題なく外にも出られる。多少は単独行動もできるし。
「そんな家から出られない座敷童のコミュニティがSNS上にありまして、そこの方々と交流しているうちに仲良くなったんです」
「妖怪もSNS使うんだな」
「ツイッ〇ーですよ」
「ツイッ〇ーか」
座敷童が呟くのか。家なう。そりゃそうだろ。
「外の景色の写真とか、限定品の買い出しとかしてあげてそのお礼でこのおみかん貰ったんです」
「平和な世界だな」
「世の中そうそう物騒なことばかりは起きませんよ?」
「おかしいな。俺の知っている怪異絡みの世界はもっと殺伐としたものなんだが」
口裂け女に始り、学校の怪談、人形神。
どれもこれも死に物狂いだったんだが。
「主様の運が悪いだけのことよ。この百年でここ最近が一番忙しいわ。人形神の他に数体ついておっても不思議ではない」
「そういう驚きの情報をしれっと出すのやめてくれよ。これが普通じゃないのか」
「怪異絡みの普通の事件など、この間の''寝違えたろくろ首''程度の話が普通よ。刃傷沙汰などそうポンポンと起きて堪るか」
えー、俺もそういうホンワカした事件を解決したいんだが。
こうして家でまったりしているとそんなことが起きたのは嘘みたいに感じてしまうが。
朔夜と出会い半年以上の月日が経った。思い返せばすごい密度の出来事の繰り返しだ。
一年前の俺に今の状況を話しても信じることはないだろう。
家には夜叉と座敷童とこっくりさんが同居し、一緒に年越しをする。
俺じゃなくても信じないな。
「のう、鈴。そろそろアレの準備をする頃じゃ?」
「そうですね。そろそろいい時間ですし、準備しましょうか」
すっと炬燵から出て台所に向かう鈴。
炬燵の魔力に屈さずにこうもあっさりと抜け出すとは。鈴め、なんという強靭な精神力を持っているんだ。
程なくして台所からは調理の音が響く。
大晦日に食べるもの。
勿論、年越し蕎麦だ。
炬燵の中で足にピコピコと何かが触れるが、このふさふさとした感触はコンの尻尾か。
コンの狙いは蕎麦というよりもそこに乗ったお揚げだろう。
楽しみなあまり尻尾が揺れているらしい。くすぐったい。
蕎麦は昼間にみんなで打ったものだ。いつの間にやら蕎麦打ちの技術を習得した鈴に手取り足取り。
粉まみれになりながら作った。
料理上手な鈴が監修し、自分たちで作った蕎麦だ。
味が保証されている上に自分で作った料理は美味いということを加味すると既に期待に胸躍る。
「主様。ここ」
朔夜が頬を指さす。
指摘されて気づいたが口の端からよだれが垂れている。
「随分期待しておるのう。そんなに楽しみであるのか」
「そりゃそうだろ。っていうか朔夜はそうでもないのか?」
「ん?無論楽しみにしておる。主様程欲望に支配されておらぬだけのこと」
そう言われるとぐうの音も出ない。
コンは言うまでもなく楽しみらしい。
時間経過とともに尻尾の回転数が上がっている。
「はい、お待たせしました」
それぞれの前にどんぶりが置かれる。
俺と鈴にはとろろそば。
朔夜には天ぷらそば。
コンは言うまでもなくキツネそば。
それぞれの希望に沿ったトッピングが施されている。
部屋に暖かな湯気の香りが漂い食欲をそそる。
「「「「いただきます」」」」
四人で手を合わせ、蕎麦を頂く。
「うん。美味い!」
優しくもしっかりとしたカツオと昆布の出汁の味。
蕎麦は口に含めば鼻に香りが抜け、するりとした感触が喉を通る。
箸で摘まめばそのまま摘まみ上げられる程の自然薯のとろろをつゆ溶き蕎麦に絡める。
これも美味し。
出汁を含んだとろろが口の中で蕎麦と合わさり新たな味を生む。
「綾戸様、お口に合いますか?」
「ああ、最高だよ。こんなにうまい蕎麦は初めて食ったよ」
「そうですね。自分で言うのも何ですが、綾戸様の記憶を探る限りこれが一番ですね」
そんな裏の取り方は反則だろ。
ドッペルゲンガーの時の記憶を持っているということは俺の今までの経験はほぼ覗き見れるわかだが。
「朔夜の天婦羅も美味そうだな」
「うむ。最高の出来である。さっくりとした感触と出汁が絡み海老の旨味を引き立て、ん?どうした主様。物欲しそうな顔をして」
朔夜があまりに美味そうに語るからか海老に完全に気持ちを持っていかれてしまっていた。
「ああ、食いたいのか。構わぬぞ、ほれ、あーん」
「いいなぁー、私も綾戸様にあーんしたいです」
隣の鈴が何か言っている気がするが聞かなかったことにしよう。
最近思うのだが、鈴のお世話は何か度を超している気がする。
朔夜から分けてもらった海老天も美味い。
ちらりとコンの方を見ると目があった。
「なんじゃ、童のお揚げはやらぬぞ」
「別にとりゃしないよ。ってかそれ全部で何枚入ってるんだ」
ラーメン屋のチャーシュートッピングよろしく器の縁に均等に並べられたお揚げが、くるりと一周している。
「じゃがお主のとろろは少し気になる。一口寄越すのじゃ」
「いいよ、ほれ」
食べやすいように蕎麦を二三本つまみとろろを絡めるとコンが飛びついてくる。
「ずそそそそそそそそ。うむ。美味いのじゃ!」
「いいなぁ。私も綾戸様にあーんされたいです」
最近鈴は取り繕うことをやめたらしい。実に欲望に忠実だ。
「鈴が俺たちの世話をしたいって言うのはまだ理解できるんだが、俺に対してだけ対応おかしくないか?」
「綾戸様の場合は少し特別なんです」
「特別って?」
「ご存じの通り私はドッペルのころの記憶も持っているので、綾戸様のことならなんでもお見通しです。
でもそれはあくまで過去の綾戸様であって、今も成長している綾戸様のことまでは全ては分かりません。
その自分の手を離れていく感覚が、もどかしくもどこか心地よいのです」
急に饒舌に語る鈴だが、それは質問の答えになっていなくないか?
「簡単にまとめると反抗期の息子を持ったお母さんの気分です」
成程。全く分からん。
「ちなみに、血の繋がりはないので異性としても見ます」
「自分の言ってること相当頭おかしいって自覚してる?」
「異性云々は冗談ですが、母親の気持という部分は結構的を射ていると思いますよ。ですのでお世話されるのは諦めて受け入れてくださいね」
本人が楽しそうにやっているのなら文句は言うまい。
妖の本分はその欲望に忠実なことだ。それを否定する権利は俺にはない。
「ちなみに現在の目標はお世話の究極系に到達することです」
「なんだお世話の究極系って。メイド長でも目指してるのか?」
「いいえ。メイドは手段の一つです。私が目指す究極のお世話は綾戸様をヒモとして完璧に養うことです」
こいつ目がマジだぞ。
「ですので安定収入を得るために試行錯誤している次第です。もうすぐ名実共にヒモにして差し上げますからね。うふふ」
今のは聞かなかったことにしよう。怖いし。
と、当たりに鐘の音が響く。
「除夜の鐘だな」
「人の子の煩悩の数は百八というが、そんなものでは足り無さそうであるな」
鈴の様子を見ていると本当にそう思う。人間の負の感情を糧にする怪異。煩悩のすべてがそうであるとは言わないが、その多くは当てはまる。
「除夜の鐘って妖怪的には嫌な感じがするものなのか?」
「そこらに居る低級な浮遊霊ならともかく実体を持つ妖怪には蚊ほども効果はないのう」
除夜の鐘やら火打ち石やらそういうご利益のありそうなものはあんまり効果が無いのだろうか。
「逆に確実に効果のある魔除けとかって存在するのか?」
「うーむ。怪異に対してと言われると難しいのう。種族や個体により得手不得手も異なる。しかし、襲われる側の人の子にできることは一つあるな」
怪異をどうにかするのではなく人間側の問題?
「話は単純なことよ。怪異の目的は人の子らの負の感情。それを発さぬように健やかな心を保つこと。それだけのことよ」
「簡単なようで難しいな」
「それは致し方ない。何事もそう簡単には運ばぬものよ」
そして話の締めというように百八回目の鐘が鳴り響く。
簡単な話ではないが、できることからこつこつとやっていくとしよう。
まずは手始めに今年一年の挨拶から。
「「「「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」」」」




