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妖奇譚 ~妖怪、幽霊、都市伝説、現世と幽世が交わる時~  作者: Tomato.nit
第二章 蜘蛛と猫と座敷童
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呪蜘蛛

胸の焼けるような痛みで目が覚めた。


最近こんなのばかりだな。


「綾人様、気がつかれましたね」


「鈴か、また心配かけちゃったか」


「本当です。少しはご自分の体を大切にしてください」


ほっとしたような怒ったような顔の鈴に諭されてしまう。


「結構気を失ってたのか?」


前回の人形神の時は結構な時間寝こけていたらしいが。


「いえ、昨晩からまだ昼にもなっていないですよ。少しお寝坊した程度です」


それは何よりだ。時間が経てば経つだけ状況は悪くなるのだから。


「でも!」


ビシっと人差し指を立てた鈴が顔を寄せてくる。


「今回は戦闘はこれ以上禁止です。いくらなんでもその傷では無理です」


「そうは言うけど、痛ってて」


反論しようにも、胸の痛みで言葉が途切れる。


「ほら。言わんこっちゃ無い。たまたま内臓と骨を外れていただけで、綺麗に風穴空いてるんですからね。」


それはできれば聞きたくなかった情報だな。


意識した途端に気分が悪くなる。


「それに咲夜様からも、綾人様に無茶させないようにしっかり見張るようにと仰せ使っていますから」


朔夜からの命令だと鈴は逆らえないか。そして、自分のことよりも優先しなければならないことを思い出す。


「瑞希さんはどうなったんだ。無事なんだよな」


「安心してください。瑞貴さんは無事に朔夜様が保護しています。綾人様を私に預けた後に直ぐに向かわれましたから」


とりあえず朔夜が一緒なら安心だな。


「でも、そうなると絡新婦の方はどうするんだ。俺も咲夜も動けないんじゃ止めようが無いだろ」


「駄目です。そんなこと言ったって、その胸の穴を塞がない限りは動くことは許しませんからね」


再び念押しされてしまうと言い返せない。


「とは言ってもこのまま放っておくとどんな無茶をするか分かりませんから、一つ解決策を提示いたしましょう」


「解決策?」


「そうです。綾人様の体は絶対安静。でも、絡新婦はなんとかしたい。そんな我儘を実現する手段です」


それができるのであれば、有難いことこの上ないのだが。


「で、どうすればいいんだ?俺にできることなら何だってするが」


「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!」


珍しく鈴が慌てる。何だ?それに顔も赤いような。


「手順を説明しますから、少しお待ちください」


ふう。とため息を一つし、息を整えた鈴。


そして、旅支度の入ったボストンバッグから包みを取り出す。


布を取り払い姿を現したのは、見覚えのあるものだ。


「俺が作ったフィギュア?」


「ええ、ご覧の通りです。自宅にあるものの中で一番念の総量が多いものを持ってきました」


話が見えてこないが、このフィギュアをどうするんだろうか。


「まずは、このフィギュアに溜まっている負の念を完全に正転させます」


それはこの前やったし、別段問題ないな。


「続いてこちらを使います」


今度は懐から水色のビー玉みたいなものを取り出す。


そこらへんのビー玉に比べれば随分と透き通っているが。


「それなんだ?どこかで見たようなきもするんだが」


「人形神から私の核を取り出したことを覚えていますか?あれは今私の中にありますが、これも性質として似たようなものですね」


見覚えがあったのはそれか。


「フィギュアは依代だろ?で、核を使うって、新しく妖怪でも生み出すのか?」


「流石は綾人様、当たらずとも遠からずです。この宝珠に綾人様の精神を込めて、依代に埋め込みます。そうすれば、綾人様の体はそのままに、依代で活動が可能になります」


「そんな便利なことできるんなら何で先に教えてくれないんだよ」


「説明はまだです。肝心なのはここから」


コホン。と咳払いをし、鈴が続ける。


「まず、現在の綾人様は魂の消耗が非常に激しい状態です。そんな状態で精神が離れてしまうと、体の負担が大きすぎます。そこで、綾人様の体から精神が離れても大丈夫なように手を打つ必要があります」


「うん。それで?」


「そ、それでですね。誰かが、綾人様の精神が欠けた穴を埋める必要があるのです」


どうにも歯切れが悪いのが気になるが、この状況だとそれは鈴がやってくれるんじゃないのか?


「それは鈴じゃ駄目なのか?」


「だ、駄目ではないです。駄目では。むしろ私的には役得というかなんというかなんですが」


「何だよ、はっきりしないな。俺はどうすりゃいいんだ?」


「ゴニョゴニョです。」


「は?」


あまりにも小さい声でつい聞き逃してしまう。


「で、ですから、その」


「ん?」


カッと瞳を見開き何かを決意した様子の鈴、その口が勢いよく開かれる。


「セックスです!」


二人きりの部屋に妙な静寂が訪れる。


「何故?」


それが俺の絞り出した唯一の言葉だった。


「だって、仕方ないじゃないですか。精神を肩代わりするとなると、肉体的にも深く結びついている必要があるんです。私と綾人様の間にはある程度の繋がりがありますが、それでも足りません。

普通だったら、お互いの体の一部を体内に取り入れる。つまり、体の一部をお互いに摂食する、くらいのことが必要になりますが、私たちならセックスでもして、私の中に綾人様の精子を注ぐくらいで問題なくできるようになるんです。そうです。これは仕方ないことなんです。だから綾人様、早くズボン脱ぎましょうね」


いきなり早口で捲し立てたかと思えば、はあ、はあ、と荒い息遣いをしながら、ゆっくりと鈴が迫ってくる。


ベットの上で身動きの取れない俺はどうすればいい。


ぺたり。


ぺたり。


四つん這いの姿勢で一歩一歩、俺の方に向かってくる。


「す、鈴!落ち着け!お前、なんか様子がおかしいぞ」


「変じゃないですよ。普段は押さえてるだけで、基本的には私は綾人様のこと大好きですから」


駄目だ、こいつ完全に目が座ってやがる。


いつの間に緩められたブラウスの胸元からはピンクの下着がはっきりと見える。


何なら、姿勢のせいか、下着の奥の桜色の突起すら見えた気がする。


気のせいだと信じたい。


でなければ、俺の中の何かが押さえが効かなくなる。


「いいじゃないですか。これは仕方ないことなんです。私も嬉しい。綾人様も嬉しい。ウィンウィンですよね?」


そりゃ、鈴は可愛いし、俺だってどちらかといえばやりたいが。


本当にいいのか?この状況で流されてしまって。


「にゃー」


「だよな、やっぱこの状況は良くないよな」


ん?今ナチュラルに会話したが、この鳴き声はノワールか?


視線をベットの隣に向けると、ちょこんと座った黒い猫が俺たちを見つめている。


「にゃ?」


「いや、出ていくとか、そんな気を使わなくてもいいもぞ。というかいつからそこにいたんだ?」


「にゃー」


「あー、俺が目を覚ました時からいたのね。それに気づかずこんなことになったと」


鈴も完全に失念していたらしい。さっきまでの完全に座った目から一転し、その顔は首まで真赤だ。


「鈴?落ち着いたか?」


「ええ、この上なく。お恥ずかしいところをお見せしました」


両手で顔を覆い、涙声の鈴が、ベットの隅にで崩れ落ちる。


さっきまでのは何だったんだ。完全に何かのスイッチが入っていたが。


「にゃにゃ」


「呪いの気配があるって?何でそんなこと分かるんだ?」


「にゃー」


崩れ落ちた鈴の背中をポンポンと叩くノワール。


すると、小さな蜘蛛が鈴の髪の間から這い出てくる。その蜘蛛を間髪入れずに前脚でペタンと潰す。


ノワールの指の隙間から、白い煙のようなものが一筋漂い、宙に掻き消えていく。


前脚を退けたところには蜘蛛の姿はない。


「今のが呪いってことか?」


「なぁー」


蜘蛛の呪い。十中八九絡新婦のものだろう。


どのタイミングで仕掛けられたのかは分からないが、俺に取り付いた呪いが鈴に流れ込んだ結果らしい。


人を狂わせる呪い。座敷童である鈴にも効力があるのか。


呪いに関しては俺は疎いとはいえ、鈴も全く感知できなかったとなるとかなり高度なものだろう。


流石に咲夜は大丈夫だろうが、念のため伝えておくとする。


「先ほどはお見苦しいところをお見せしました」


少し時間が経ち、落ち着きを取り戻した鈴が深々と頭を下げる。


「いや、呪いだし仕方ないだろ。俺も流されそうになったしお互い様だ」


「そ、そうですよね。さっきのことは忘れて下さい」


忘れろと言われても、忘れられるわけはないのだが。


忘れる前に一つ確認だ。


「念のため聞いておきたいんだ、さっきの依代が云々ってのはどこまでが本当なんだ?」


「手順自体はそのままです。ただ、精神が離れても大丈夫なようにするだけであれば、私が隣で手でも握っていれば十分です」


「それが、ああなったのか。随分盛ったな」


「ですから忘れて下さい!」



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