閑話 座敷童と黒い猫 前編
綾戸は胸に風穴があいていますが、
少し前に鈴が何をしていたのか。
そんな別視点のお話です
寒いところに行くからと、綾戸様に貰った暖かいブルゾン。
もこもこしていて温かいですし、フードも付いています。
「ノワールさんも暖かいですか?」
「にゃあ」
良かった。寒くないみたいです。
私も服の中にノワールさんが居ると、カイロみたいで暖かいのでウィンウィンですね。
綾戸様はコン様と一緒に事件の調査だそうです。
私たちは朔夜様と一緒にノワールさんのご家族の手掛かり探しです。
でも正直困りました。
手がかりらしいものは何もないですし。
「鈴よ、少し別行動でも構わぬか」
「勿論です。どこかご用事ですか?」
「うむ。足が無ければ流石に不便であろう。それに女子を寒空の下に晒しておくのも忍びない」
「女子って、朔夜様だって立派な女性では?」
「かっかっか。違いない。では、年長者としての責務としておくかのう」
年長者ですか。
聞けば朔夜様は平安の時より生きる正真正銘の鬼。
怪異としての格は生まれたばかりの私では足元にも及びません。
「そういうことでしたら。朔夜様、道中お気をつけて」
「お主もな。精々我が戻るまでは凍えぬように気を付けるがいい」
ひらひらと手を振り、朔夜様は去っていきました。
「では私たちもできることから始めましょうか」
「にゃー!」
ノワールさんの同意も得られたので早速行動開始です。
見た目は高校生か大学生くらいの女の子ですが、私だって妖怪、座敷童の端くれです。
ここは妖怪らしく、そちらの方面から攻めてみましょう。
この地域に居る妖怪に当たるのが定石なのでしょうが、残念ながら伝手がありません。
ここは地道に幽霊さんあたりに聞き込みです。
幽霊は比較的どこにでもいます。
霊感の無い人間には存在を感知することもできないような薄い霊でも私なら接触できます。
若干意思疎通は難しいですが、情報収集くらいなら何とかなります。
外国人に道を尋ねるくらいの難易度です。
という訳でまずはお墓に向かいましょう。
お化けと言えば、お墓です。
安直に感じるかもしれませんが、結局餅は餅屋。
お化けが居るのは墓地や廃病院と相場が決まっているのです。
お墓は結構大人しい霊が多いですが、俗に心霊スポットと呼ばれるような場所には邪な存在の方が多いので注意が必要です。
用事がないなら近寄らないのが吉です。
スマホでお墓の場所を調べると結構な距離でした。
歩いていくと時間もかかりますし、ここはタクシーでも呼びましょうか。
配車アプリで連絡してしばらくするとタクシーが来ました。
便利な時代になったものですね。
「どちらまで行きましょうか?」
人の好さそうなおじさんの運転手さんに住所を告げ、車が走り出しました。
「お嬢さんはお墓参りかい?」
「ええ、親戚の墓がありますので近くに来たついでに」
少し嘘を吐くのは心苦しいいですね。
霊に話を聞きにと馬鹿正直に話すのも気が引けるので仕方ないですが。
「そりゃ感心だ。近頃は墓を守るっていう文化も薄れてきたし、後百年もしたら墓参りなんて文化も廃れちまうかもなあ」
運転手さんの言うことも一理あります。
オンラインの墓参りなんて文化もできてきましたし、墓終いする家庭も多いそうです。
妖怪には住み辛い世界になってきましたが、裏を返せばその分人の寄り付かない土地や場所も増えるということ。
新しい住処もできるのでしょうね。
時代と共に在り方を変えるのが我々妖怪の性です。
運転手さんと他愛のない話をしていると、目的地のお墓に到着しました。
「それじゃ、寒いから気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
親切な方でした。運転手さんに小さな幸福が訪れると嬉しいですね。座敷童らしくそういう効果があることを祈りましょう。
お墓の敷地内には結構な幽霊が居ます。
ただただ存在しているだけのようなものから、何か未練を抱えたもの。
その目的も様々です。
「つかぬ事を伺いますが、この子のことをご存じではないですか?」
綾戸様直伝の捜査方法。
つまりただの聞き込みですね。
一時間程手当たりに次第に声をかけたところで、話の通じる霊に出会いました。
「ずいぶん懐かしい黒猫だね」
「にゃー?」
「はは、覚えてないのも無理はないさ。君がまだまだ幼いころにここを通りかかっただけだったからね」
壮年の男性の霊が懐かしそうに目を細めます。
霊に年齢という概念はあまりないですが、生前の容姿に習ってそうしましょう。
「とぼとぼと拙い足取りで心配はしていたんだが、生憎とこちらはしがない浮遊霊だ。何もできずに少し歯痒かったよ」
「その後のノワールさんのことはご存じですか?」
「ああ、その後もしばらく彼の後ろにくっついていたんだが、女の子に拾われるところを見て安心したよ」
その話を聞いた瞬間、私もノワールさんも顔が明るくなったことでしょう。
自分の顔なので分かりませんが、少なくともノワールさんは嬉しそうです。
「その、女の子に拾われた場所って今もありますか?」
「場所自体はあるだろうけど、震災で随分と変わってしまったよ。それでもいいなら案内するさ」
「是非、よろしくおねがいします」
ノワールさんと二人して、頭を下げると、浮遊霊のおじさんは照れくさそうに辞めてくれよと言います。
ふわふわと漂うおじさんに先導され、辿り着いたのは橋の下でした。
「ここだよ。君が雨に濡れながら歩いていると、女の子が心配そうに君を介護してね。そのまま、お家に連れて行ってくれたみたいだよ」
「その、お家の場所は分かりますか?」
「すまないね。私はここで、見送ってしまったからそれ以上は分からないな。でも、子供の足だしそう遠くではないんじゃないかな?」
「そうですか、でもここが分っただけでも大収穫です。本当にありがとうございます」
「いやいや。霊になっても人の役に立てたのならこちらも嬉しいよ」
そう言って朗らかに笑うおじさん。
うーん。ノワールさんのご家族を見つけるのは最優先なのは理解してはいるんですが。
「あの、おじさんはどうして幽霊に?」
幽霊。勿論様々な理由で人はそうなりますが、大雑把に言えば、この世に何か未練があるから。
何かお役に立てればと思いそんなことを尋ねました。
「私が幽霊になった理由ですか。ありきたりなものではありますが、未練ですね。
妻に先立たれ、男手一つで娘を育てたのはいいのですが、結婚のことで揉めまして。
結局娘は駆け落ち同然に家を出てしまいました。
正直言えば、娘が幸せになってくれるのであれば相手は誰でも良かったのです。
ただ、娘がどこか遠くに行ってしまうような気がして、意固地になってしまったのです。
そして後悔しながらも、自分からはなかなかな言い出せずに居るうちに事故に遭ってしまい、謝れなかったことが心残りで
この世に留まっているのです」
「その心残り、叶えるお手伝いをさせて頂けませんか?」
「にゃ!」
ノワールさんも勿論!と元気よく返してくれます。
「それは本当にありがたいんだけど、いいのかい?君たちも何か急ぎの用事があるんだろう?」
「それはそれ。これはこれです。それに私たちの探し物が進展したのは紛れもなくおじさんのおかげですから。ここで恩返ししないのは、人に幸を届ける座敷童の名折れです」
私がグッとガッツポーズをすると同時にスマホの着信音が鳴り響きます。
ディスプレイには昨夜様の表示。
「はい、鈴です」
「こちらは無事に足も手に入ったが、そちらの首尾はいかがなもかのう?」
昨夜様も順調な様子で何よりです。簡単にこちらの事情を説明すると、
「かっかっか。随分とお人好しであるな。まあ、その甘さは我も好むところ。我も人肌脱ぐとしよう。まずは合流する故、そこでしばし待て」
結局昨夜様もお人好しです。
二つ返事で協力してくれるそうです。
しばらく待っていると、もの凄いエンジン音が近付いてきました。
さっき、電話越しにも同じ音が響いていたので、昨夜様に間違いはないのですが、生で聞くと空気の振動を感じますね。かっこいいです。
「待たせたのう」
真紅のボディの車、マツダ RX-7です。今では随分とレトロな部類になるでしょうが、ロータリーエンジンの音と加速は良いものですね。
これは綾戸様の知識の受け売りですが。
颯爽と運転席から姿を現した昨夜様。
スポーツカーのスタイリッシュな出立と、額にかけたサングラスが妙にマッチしています。
決め決めです。
「朔夜様、わざわざ迎えにきて下さりありがとうございます。」
「構わぬ。そもそも足に使う予定の物、存分に使ってやるが良い」
そう言って、優しくボンネットを撫でる姿は絵になります。
「して、お主の娘とやらには連絡はつくのか?」
「私からというと物理的には不可能なのですが、生前に調べた住所に今も住んでいるのなら」
「ふむ。名前も住所も分かっておるのであれば、なんの造作もない。早速向かうとしよう」
幸い、おじさんに伝えられた住所は県内です。
娘さんも、絶縁したかった訳ではないのでしょう。ただただ、お互いにタイミングを逸してしまっただけ。
親子の縁とはそういうものです。
座敷童である以前に、私は縁を手繰る妖たる人形かみの生まれ変わりでもあります。
その私が言うのですから間違い無いでしょう。自分で言うのもなんですが。
朔夜様の運転は爆音を響かせながらもシフトチェンジの衝撃を感じさせないほどの滑らかなもの。
車の運転は人となりが出ると言いますが、包み込まれるような優しく力強い走りは咲夜様そのものですね。
そのまま車に揺られ、おじさんに伝えられた住所にたどり着きました。
表札に書かれている名前を確認したおじさんは静かに頷きます。
間違いないみたいです。
家の明かりは灯っているので在宅の様子です。
さて、このままいきなり押しかけて、貴方のお父さんの幽霊を連れてきました。と言うのは、怪しい新興宗教みたいですね。
とは言っても、おじさんの霊の存在を信じてもらわないことには無念を晴らせそうに無いです。
ここは少し強引に行くとしましょう。




