大煙管
月光と鋼鉄のような硬度の足がぶつかり、激しい金属音が鳴り響く。
俺では捌くことで精一杯だった連撃も朔夜には通じないらしい。
手数で勝るはずの絡新婦の攻撃を全て弾き返し、その間にも更なる反撃を加えていく。
「ちっ、硬いのう。簡単には切れぬか」
しかし、加えていく反撃は有効打とは言えず、硬い甲殻に僅かな傷をつけていくばかりだ。
月光の刃こぼれの方が心配になる。
「攻め方を変えるとするかのう。主様、頼む!」
そう言って俺に月光を投げ渡し、素手で絡新婦の攻撃を捌いていく朔夜。
「どうするんだ!コレ!?」
「ありったけ念を込めるが良い。さすれば月光も答えるであろう」
さっぱり訳も分からないが、人形神とやり合った時と同じように念を込めていく。
光を帯びていく月光。
あの時と同じように、吸われる感覚を覚悟したが、今回はそうならない。
魂ごと持っていかれるのではなく、純粋に念だけを吸っているらしい。
俺の鼓動と同期するように明滅する月光。
刀身から零れる淡い光が徐々にその厚みを増していく。
違う。
厚みを増すのは光ではなく、月光の刀身自体だ。
その全長すら伸び、いつしかその刀身は俺の背丈を超える程のものとなる。
「凄いな」
手に感じる重みは今までの月光とは比べ物にならない程重いが、軽く一凪するとその重さが嘘のように軽くなる。
「月光も主様をしっかりと主と認めた証よのう。我も月光も名実ともに主様の使いよ。その力存分に振るうが良い」
手に馴染む感覚は依存のそれよりも上だ。
絡新婦から距離を取り、俺の隣に立つ朔夜。
絡新婦は月光の姿の変化に警戒を顕わにする。
「主様、月光に銘を重ねってやってはくれぬか。その方がそれも喜ぶ」
銘か。
分厚く全てを打ち崩すような刀身。
今までの月光とは異なるが、鈍く輝く銀色は月光のそれだ。
「月光・歳破」
俺の名付けに答えるようにキラリと光を反射する。
「うむ。良い名だ。我も気に入った」
俺は歳破を握り込むが、朔夜は素手のままだ。
「朔夜、月光なしで大丈夫なのか?」
「何も月光だけが得物という訳ではないわ。久方振りに使うとするかのう」
そう言って懐から取り出したのは金色に輝く真鍮の煙管。
「煙管?」
「左様。昔に狸から貰うたものだが、ほれ」
煙管に口をつけ、煙を吐き出す。
葉も込めていなければ火もつけていないそれが煙を出すのは仕組みが謎だが。
その煙が煙管自体を包み込んだ。
煙が晴れるとそこには巨大化した煙管がある。
「刑部狸が置き土産の大煙管。とくと味わうがいい」
煙管の煙が開戦の狼煙となり、再び絡新婦が襲い掛かってくる。
先ほどまでの剣戟の音とは異なり周囲に引くのは重厚な音。まるで鐘を鳴らすかのような音が空気を揺らす。
俺たちのどちらの武器も重量級の打撃を得意とするもの。
傷をつけるのがやっとだった絡新婦の甲殻を瞬く間に破壊していく。
「先ほどまでの勢いがなくなったのう。これで終いか?」
大煙管を肩に担いだ朔夜が正面から絡新婦を見据える。
あちこちが欠けた絡新婦の前脚からは緑色の体液が溢れ出している。
だが、その身から放たれる殺気はより濃いものとなる。
「今更だけど、ここでやめる気はないのか」
俺の問いかけは虚しく雪空に消えていく。
「残念だが無駄であろう。まともに話の通じる状態ではない」
「どういうことだ?」
「暴走しておるのか、操られておるのかは知らぬが今の奴には自我が感じられぬ」
「だったら、俺に襲い掛かってきたのは本意じゃないのか」
「その可能性もあるというだけよ。少なくとも今は彼奴を無力化することだけを考えよ」
朔夜の言う通りだ。
多少こちらが有利とはいえ、今の絡新婦が人を襲う怪異であるということには変わりない。
再び月光を構え、勝負を決めるために一歩踏み出した瞬間。
視界の端に妙なものが映る。
熊のぬいぐるみを抱えた小さな女の子。
「なんでこんな所に!?」
前のめりになる体の向きを無理やりに変え、少女の元に急ぐ。
万が一戦闘に巻き込まれでもしたら大惨事だ。
一刻も早く安全な所に運ばないと。
「危ないから離れるぞ!」
綿のように軽い体を抱き上げ、その場を離れようと、体を捻る。
「主様!手を放せ!」
突如響く朔夜の怒号、同時に俺の胸にじんわりと熱が広がる。
「な、なに?」
自らの体を見下ろす。
抱きかかえた少女。
少女の腕に抱かれたテディベア。
そして、その柔らかそうな熊とは不釣り合いな黒光りする一本の棒が腕の先から伸び、俺の胸を貫いている。
「がふっ!」
口元を押さえることもできず、吐血した血が少女の顔に飛び散る。
「きゃはは」
その赤を浴び、少女は嬌声を上げる。
まるで欲しかったおもちゃでも手に入れたかのような無邪気な声が響く。
ずるりと、テディベアの腕が引き抜かれる。
毛皮を突き破るように腕の内部から出ているのは、先ほどまで散々苦しめられた絡新婦の脚と同じ輝きを放っている。
状況が飲み込めないまま、雪に倒れ伏す。
「ええい、鬱陶しい!」
絡新婦の脚から繰り出される連撃をその身に受けながら、朔夜が一目散にこちらに駆けてくる。
自らの負傷など全く気にも留めない様子で、体中から血飛沫を巻き上げながら、少女を払い退け、俺の体を抱き抱える。
「ここは一旦引くぞ」
薄れゆく意識の中で頷くのが精一杯だった。




