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妖奇譚 ~妖怪、幽霊、都市伝説、現世と幽世が交わる時~  作者: Tomato.nit
第二章 蜘蛛と猫と座敷童
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墓標

瑞希さんに指定された場所。


「本当にここなのか?」


受け取った名刺に書かれた住所を検索し、スマホに導かれるままに辿り着いたのはとある墓地だった。


思わず独り言が漏れる。


「随分と趣味の悪い女じゃな。こんなところで綾戸と逢引きとは」


「それは俺の悪口なのか、墓地の悪口なのか。事と次第によってはお揚げ抜きだぞ」


「も、勿論墓の方に決まっておるじゃろ!?ひ、被害妄想は良くないのじゃ!」


この慌てっぷり。俺のことも含まれていたらしい。


「そんなことよりも来たようじゃぞ」


コンの指摘の通りに、遠くから足音が響いてくる。


「さて、どんな話なのやら」


「綾戸さーん。お待たせしちゃいましたか?」


「いえ、今着たところですよ」


デートの待ち合わせみたいな会話から始まり、瑞希さんと合流した。


店で見た時のドレスとは異なり、落ち着いた雰囲気の格好だ。


「すみません。こんなところに呼び出して」


「確かになんで墓地なんだろうとは思いましたけど」


「ですよね、でもこっちの方が話が早いかなと思って」


話が早い。全く話が見えてこないが。


「単刀直入に伺います。綾戸さん、結構見える系の人ですよね?」


この場合の見えるは十中八九幽霊の事で間違いないだろうが。


「どうしてそう思うんです?」


「私もそうなんです。お店で絡新婦の話をした時に綾戸さん、人魂見えてましたよね」


「隠したみたいになってすみません。そんなつもりは無かったんですが」


「いえ。私だって同じようにしますから。でも、こうやって本当に見える人に会うのは初めてだったのでなんだか嬉しいです」


喜んで貰えるならそれに越したことはないんだが。


「実は、今日ここに来てもらったのは綾戸さんに見て欲しいものがあるからなんです。一緒に来てくれますか?」


そう言って、墓地の奥へと歩みを進める瑞希さん。


ここまで着たら乗りかかった船だ。降りる選択肢は無い。


暫く無言のまま、墓地の中を歩く。


世間話をするという空気でも無く、ただただ、雪の積もった墓地を歩く。


暫くして辿り着いたのは無銘の墓。


というよりこれは。


「無縁仏ですか?」


「そうですね。只の無縁仏ではないんですけれど」


とはいえ、邪な気配を感じるということはない。


この中に入っている人達の出所が特殊ということか?


「ここに葬られているのは昔の災害で無くなった人達です。


親族がいらっしゃらないとか、身元が特定出来ないとか。そういった方々の」


なるほど?


何かは分かったが、それがどう関係するのかは未だに見えては来ない。


とはいえ、墓に参った以上はやることは一つ。


手を合わせ、瞳を閉じる。


暫くし、目を空けると隣で瑞希さんが同じように手を合わせている。


正面の墓に目線を戻したところで、周囲の異変に気付いた。


いくつかの人魂が墓の周りをふよふよと漂っている。


ただし、全くと言っていい程気配は感じなかった。視界に入ってようやく気付いた程だ。


「私ね、両親が居ないんですよ」


手を合わせ終えた瑞希さんが淡々と語り始めた。


「正確には居たんですよ。お父さんもお母さんも。でも、私がまだ小学生の頃に津波で二人とも亡くなったんです」


災害孤児ということか。


「地震が来て、学校から高台に避難して、私は津波に巻き込まれずに済みました。


でも何日経っても両親には再会できませんでした。家も津波で流されて両親も居なくて。一人ぼっちになっちゃったんです。


親戚も居なかったので、施設に引き取られて。今はこうして働いて、生きてるんですけどね。当時はちょっぴり辛かったです」


ちょっぴりか。瑞希さんなりの強がりなのか。俺に余計な気を回させないための気遣いなのか。


何れにしろ、両親を無くした経験がそんな簡単なものではないことは俺も十分に理解している。


「それで、当時は塞ぎこんでたんですけど、施設を出る頃には自分の力で生きていかなくちゃいけなくて。


こうして今の仕事を続けてるんです。でも、未だに両親の行方は分からずじまいなんですよ。遺体も何も出てこなくて」


「ご遺体も見つからなかったんですか」


「ええ、結構そういう方も多いそうです」


さっきよりも数を増した人魂が瑞希さんと俺の周りをゆっくりと浮遊する。


「それで、今でもこうして未練がましく両親はここにいるかもしれないと思ってお参りに来てるんですよ。仮に両親は居なくても、他の無くなった方の供養にはるかと思いますし。」


「未練がましくなんてないですよ。俺は立派なことだと思います」


「そう言って貰えると少しは自信付きます」


瑞希さんの言葉に呼応するかのように、人魂が明滅する。


何かを伝えようとするかのように。


「何ですかね?こんなの初めてです」


瑞希さんも不思議そうな顔をする。


少し試してみようか。


ノワールの言葉を読むときに行った方法は声に意識を向けること。


声の振動に含まれる感情の揺らぎを読むことで対話を可能にしたが、今回は明滅の周期に意識を向ける。


何かを伝えようとしているのなら、そこに含まれる感情さえ読めれば原理は同じだ。


暫く意識を集中することで、ぼんやりと掴めた。


これは、感謝しているのか?


「ありがとう」そう言っているように感じる。


少なくとも敵意のようなものは感じない。


「あんまり自信は無いですけど、ここの霊も多分ありがとうって言ってますよ」


「綾戸さんは人魂と話せるんですか?」


「まだまだですけどね。今は少し考えが伝わる程度です」


「それでも十分すごいと思います。それに、ありがとうですか。今までのことは無駄じゃなかったんですね」



もう少し俺に技術があれば、人魂の伝えようとすることも読み取れるのだろうか。


朔夜がこの場に居てくれたらと歯がゆさを感じると同時に、ふと思い出す。


コンだ。


俺よりも遥かに流暢に流暢にノワールと話していた。


人魂の伝えたいことも分かるんじゃないか?


さて、隣にいる瑞希さんに怪しまれずにやり遂げる方法はないだろうか。


いっそ、コンの存在を明かしてしまうか?


俺が葛藤していると、人魂の明滅がより激しくなる。


何だ?


再び意識を向けようとした瞬間、コートの内ポケットからコンの怒声が響いた。


「馬鹿者!早くここから離れるのじゃ!」


謎の声に驚く瑞希さんの腕を引き、その場から走り出す。


コンの声が響く中。俺も確かに感じた。


人魂達が必至に、逃げろ。離れろ。と声にならない言葉を伝えるのが。


「綾戸さん、急に走り出してどうしたんですか?それに今の声は?」


「良く分かりませんが、人魂がここから急いで離れろと。詳しい話は後です!」


先ずは安全の確保が最優先だ。


来た道を大急ぎで引き返している最中。


ピリピリと空気がひりつくのを感じる。


そしてこの肌の感触には覚えがある。


拘置所で会った羽鳥さんから感じた残滓の気配。


それをさらに濃くした感触。


「これは当たりか?」


既に隠す気もないのか、コートの隙間から顔を出したコンが神妙な顔で答える。


「お目当ての怪異という意味では当たりじゃな。しかし、ここまでの力となると綾戸一人で祓うのは無理じゃななかろうか?」


「人が気にしていることをバッサリと言いやがって」


「あ、あの、色々聞きたいことがあるんですけど」


ようやく墓地の敷地外に出た所で、息も絶え絶えの瑞希さんが尋ねてくる。


まあそうだろう。


「あー、簡単に説明するとこいつはコックリさん。で、今走って逃げてきたのは絡新婦が出たから。ってところです」


「さっき急に寒気がしたのはそういうことなんですね」


流石にある程度霊感があるだけのことはある。理解が早くて助かる。


「ただ、墓地から出たはいいものの、安心は出来なさそうですが」


俺の言葉を肯定するかのように、さっき俺たちが走ってきた道の奥からは異常な圧力が迫って来ている。


「コン、瑞希さんと安全な所まで避難してくれ」


「承った。綾戸、スマホをこっちに寄越すのじゃ。朔夜には童から伝えておくから、それまで耐えるんじゃぞ」


「了解。」


スマホを抱えたコンを瑞希さんが抱え、そのまま走り出す。


さて、ここでの俺の仕事は時間稼ぎだ。


正直倒すってのは考えない方がいい。


人形神の方が幾らか可愛い位の怨念を放っている。


暗闇の中から姿を現したのは絶世の美女。


という訳では無く、人間の上半身に腹から下は蜘蛛という人外の怪異。あれが本来の姿なのだろう。


全く生気を感じない真っ黒な瞳がじっと俺を見つめてくる。


それだけで、気力を持っていかれそうになるのをぐっと踏みとどまる。


黒光りする八本の足を雪に突き立てながら、一歩ずつこちらに近寄ってくる。


「何が目的だ」


俺の問いかけに返事は帰ってこない。


代わりに脚の一歩が先ほどまでよりも力強いものになる。


やるしかないか。


内ポケットから黒い筒を抜き出す。


人形神との戦いで破損した伸縮棒。


その二代目として、竜胆に発注し準備してもらったのがコレだ。


手元のレバーを引き、横に振ると格納された刀身が姿を現す。


赤く透明なアクリル素材。


これが二代目の俺の武器。


伸縮式特殊誘導棒。念を込めれば白く光るが、手元の電源ボタンを押せば赤く光る。


竜胆曰くこれなら携帯しててもギリギリしょっ引かれないだろうと。


クソダサいことこの上無いが、伸縮ギミックは少し燃える。


あと、懐中電灯代わりになるのは暗いところを捜査するのに少し便利ではある。


目の前の強大な敵に若干現実逃避していた思考が、唐突な風切り音で現実に引き戻される。


身を躱すと同時にさっきまで俺がいた空間に黒光りする前脚が突き立てられた。


「容赦無しかよ!」


思わず毒づくがその間にも雨と紛うほどの連撃が繰り出される。


回避だけでは間に合わず、警棒で攻撃を弾くが、重い。


念やら何やらを全部抜きにして、純粋な質量が半端じゃない。


俺の脚よりも遥かに太い蜘蛛の脚。合計八本あるそれらのうち後ろ半分は体の保持に使っているらしく、地面に深々と刺さっている。


しかし、残りの半分。計四本の脚が攻撃を行ってくる。


対する俺は体一つに棒一本。


あまりにも分が悪い。


五分。


十分。


瑞希さんとコンは十分遠くに逃げられただろうか。


しかし、そんな思考すら無数の攻撃の前に散っていく。


光の灯らない蜘蛛の瞳。


その目が一瞬細められた気がした。


本能的に身を退く。と同時に、蜘蛛の腹から真っ白な糸が吐き出される。


「まずっ!」


体への直撃は避けられたものの、警棒が絡めとられる。


抵抗しようにも、糸の強度は半端ではなく、とても絶ち切れない。数秒の押し問答を繰り返す

が、抵抗も虚しく警棒は彼方に放り投げられる。


ここに来てステゴロか。


本格的に不利だ。


勝利を確信したかのように、絡新婦の口がにやりと笑う。


だが、勝利の女神はまだ絡新婦に微笑んだ訳では無いらしい。


彼方から響くエンジン音。


昨日の夜に散々聞いた爆音が夜空に鳴り響き、赤い閃光が俺と絡新婦の間を通り抜ける。


「生きておるか?主様」


走り去っていくRX-7と入れ替わるように朔夜がその場に降り立つ。


「もう少し遅かったら、蜘蛛の餌食になってたぞ」


「かっかっか。冗談が言えるならまだ大丈夫であろう」


並び立つ俺たちを忌々しそうに、見つめる絡新婦。


「ふむ。紛う事なき絡新婦。如何ほど人を食うたのか想像も付かぬな」


朔夜も月光を抜き、相対する。


ここから第二ラウンドだ。














少し更新がスローペースになるかもです。


最低週に二回は更新できるように頑張ります!

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