長い一日
話が終わると瑞希さんはふっと一本のろうそくに息を吹き掛け、火を消す。
八巻さんが推すだけのことはある。
怪談として伝わる以上はそれに連なるものが少なからず存在するということ。
絡新婦。全てが事実で無いにしろ厄介だな。
話の余韻に浸りながら、少し思案をしていると、ふと、少し寒気を感じる。
顔を上げると、目の前を青白い光が通り過ぎた。
人魂。
恐らく怪談に釣られて迷い込んだのだろうが。
百物語でもするなら、多少は変な霊が来ても不思議ではない。
一つの怪談で呼び寄せたとなると、怪談自体が何かしら力を帯びているのかもしれない。
幸い、只の人魂。放っておいてもすぐに消えるだろう。
「どうかされましたか?」
無意識で目線で人魂を追っていたらしく、瑞希さんは不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「いえ、何か虫がいたような気がして」
「えー、私虫嫌いなんですけどー」
「もう、どっか行っちゃいましたから大丈夫ですよ」
「だったらいいんですけど。それよりも、私のお話はどうですか?満足してもらえました?」
「大変素晴らしいですね。語りもお上手ですし」
俺が褒めると、少し恥ずかしそうに顔を綻ばせる。
「えへへ、そう言って貰えると練習した甲斐がありますね」
「今の話は瑞希さんのオリジナルですか?」
「いえ、話の細かい部分は多少怪談性を持たせたりはしてますけど、大筋とかはこの辺りに伝わる伝承そのままですね」
「なるほど、では今の話がこの地方に伝わる絡新婦な訳ですね」
「そうですそうです。最近は少なくなったとは思いますけど、私も小さい頃は両親によく言われました。
知らない女の人と約束はしたら駄目だぞ。絡新婦に絡め取られるって」
へそを出して寝ると雷様に取られる。とかそういう類の使われ方だな。
よくあるパターンだ。
「少し、気になってたんですけど綾戸さんはなんで絡新婦話が聞きたかったんですか?」
どう答えるべきなのかを考え、少し答えに詰まってしまう。
「答え辛いことなら全然いいんですけど・・・」
申し訳なさそうな瑞希さんの顔に少し罪悪感を覚えてしまう。
「いや、少し伝え方に迷っただけです。言ってしまえば仕事の一環ですかね。この辺りの怪談とか都市伝説とかに関する情報を集めていまして」
「面白そうなお仕事ですね!でしたらこんな話はどうでしょうか?」
その後も瑞希さんの怪談と都市伝説は続き、時間はアッという間に過ぎて行った。
最後の蝋燭を吹き消し、部屋の照明を灯す。
「私ったら、調子に乗ってしまってすいません」
「いえ、こちらも参考になりましたし、何より興味深い話ばかりでした」
「そう言っていただけると嬉しいです」
丁度そのタイミングで個室の扉がノックされる。
瑞希さんは外のボーイと話し、直ぐに戻ってきた。
「すみません、丁度他のお客さんの指名入ってしまったみたいで」
「いえ、こちらも十分話て貰いましたから」
テーブルの上でなにやらペンを走らせ、一枚の名刺を手渡される。
八巻さんに貰ったものと同じものだ。
裏面には住所と日付と時間。
「明日またお会いできませんか?名刺の場所で待ってますから」
「分かりました。伺います」
「やった!待ってますね」
瑞希三が部屋を離れ、今日の目的もほとんど終わりだ。
今日は大人しく退散するとしようか。
宣言通りリーズナブルな会計を済ませ、外に出る頃には日付も跨ぎかけている。
「ふぃ~。ようやく動けるのじゃ」
コートの中からコンがもぞもぞと声を出す。出てくるつもりはないらしい。
「お疲れさん。でも、結構話も聞けたし良かったんじゃないか」
「少しでも情報は欲しいから正解じゃな」
これで今日の活動は終了で良いだろう。
朔夜の方はどうだろうか。
スマホを鳴らすと、直ぐに繋がった。
「首尾は如何かな?主様」
「上々とは言わないが多少は進展ありだ」
「うむ。こちらも似たようなところかのう。迎えに行く故、場所を教えてくれぬか」
通話を繋げたまま、住所を送る。
「案外近いのう。十分もあれば着くか。しばし待つがよい」
「了解。コンが凍えそうだからコンビニ二でも入ってるから、着いたら教えてくれ」
了解と短く返事が返り通話が切られる。
車でも乗っているのか声の奥にエンジン音が響いていた。
コンビニで買ったカイロをコンに貼り付け、喫煙所でタバコを吹かしていると、コンビニの駐車場に赤いスポーツカーが乗り入れてくる。
今時珍しい爆音を響かせながら乗り込んで来た赤い車。
RX-7。それこそ俺が子供の頃には幾らか見かけたが、最近では見かけることすら無くなった車。
今こんなものを乗り回すのはよほどのモノ好きしかいない代物だろう。
エンジンのアイドリング音が響く中、運転席のドアが開かれ、中から見知った顔が現れる。
朔夜だった。
「やはりここであったか。待たせたのう。乗るが良い」
「待て。突っ込みたいことが山ほどあるんだが」
「質問なら幾らでも答えるが、わざわざ寒空の下ですることも無かろう?」
それはそうなのだが。
「いいから早く乗るのじゃ!暖房が無いと童はもうだめじゃじゃじゃやじ」
最後の方はガタガタ言い出したコン。
カイロだけではだめだったか。
仕方ないので、助手席に乗り込む。
流石はスポーツカー。申し訳程度に供えられた極狭の後部座席にはチョコんと鈴が収まっている。
鈴の体格ならまだ座れるだろうが、俺は辛そうだ。
シートベルトを付けると同時に、車は走り出す。
「で、コイツはどうしたんだ」
「どうしたもこうしたも元から我の所有物である。十年以上知り合いに預けておいた物である」
ってことは俺と会う前から持っていたものってことか。
「流石にこの辺りは足が無いと不便であるからな。我もすっかり忘れておったが、近くに寄った序に回収した」
十数年もこの車を稼働状態で保存していたのか。
随分お人好な知り合いだ。
「その知り合いってのは、妖怪なのか?」
「無論。名前くらいは聞いたことがあるであろうが、グレムリンと言う者である」
「グレムリンってあの可愛い人形みたいなやつか?」
「そう言えばそんな映画もあったかのう。概ねその認識で間違いあるまい。機械いじりが好きでな、動く状態なら好きにしても構わんと言えば、喜んで保管を引き受けおった」
「じゃあコイツには面白機能が満載されているのか」
「面白いかどうかは知らぬが、ロータリーエンジンのハイブリット化に成功したと抜かしておったぞ」
それは販売元のメーカーが絶賛研究中の技術ではなかろうか。
「通常エンジンとの切り替えも可能らしくてな。我はこの音の方が好きで、ハイブリットとやらは使う気はせぬが」
「これちゃんと車検通るのかよ」
「公道の走行は問題ない。リミッターは外しておるからベタ踏みすれば加速は半端ではないがな」
「その機能が活躍しないことを祈るよ」
ハンドルとシフトレバーを握りご機嫌な朔夜。
というかここに来て初めて知ったがコイツもしかして車好きなのか。
俺とは生きてきた時間が異なるから、同じ感覚かどうかは分からないが十数年ぶりの愛車というのは感慨深いものもあるのだろう。
最近では久しく聞くこともないような快活なエンジン音を響かせながら、夜の街を疾駆する。
程なくして到着したのは先に抑えておいた旅館だ。
ちゃんとペット可なので、ノワールも問題無い。
この時間には少し迷惑なエンジン音かと思えば、いつの間にハイブリットに切り替えたらしく、驚くほどの清音。
その辺は気を回すのが朔夜らしい。
部屋には既に布団が敷かれており、寝る準備は万端のようだ。
妖怪的には寝るには少し早い時間ではあるが、若干の疲れがあるのは否めない。
とはいえ朔夜達の進捗は気になるところ。
情報共有はしておくとしよう。
「それで、そっちはどうだったんだ?」
腰を落とした瞬間に用意されている、湯気を立てたお茶。
鈴の脅威のメイドスキルに圧倒されながら、朔夜達の話を聞く。
「今日の収穫ですが、ノワールさんと香澄さんの出会った場所を発見しました」
「これに関しては鈴の手柄であるがな」
「滅相もない。偶々ですよ」
はにかみながらもどこか嬉しそうな鈴。
「だったら、その近くに香澄ちゃんの家があったってことで良いのか?」
「まあ、あそこから子供の足で移動できる範囲と考えるのが妥当であろうな」
が、朔夜の声色はそこまで明るいものではない。
「何か問題があるのか?」
「うむ。周辺は津波の被害も酷かったらしくな。今となっては復興こそ済んでおるが、当時の住人が同じ場所に住んでいる方が少ないらしい」
家屋が飲み込まれる程の津波だ。巻き込まれてしまった人も多いだろう。
津波から免れていたとしても、その場所を捨て、新たな土地に移った人も多いのか。
「そうなると、香澄ちゃんの手掛かりを探すのも難儀だな」
「うむ。明日も聞き込みは続けるが、別の手段も考えねばならぬかもしれん」
それが朔夜側の状況だった。
進展はあったが、その先が厳しい。
俺達の方も簡単に状況を報告する。
「絡新婦か。我に比べれ幾分か名のある怪異ではあるが、この地方特有のものとなると別物と考える方が良いかも知れぬな」
「絡新婦って言われても俺はあんまりピンと来てないのが正直なところなんだが」
「致し方あるまい。一般的な話とお主の聞いた話を合わせて言えることは一つ。妄りに約束の類はせぬことであるな」
「やっぱりそうなるか」
「約束の範囲がどこまで適用されるかは分らぬが、人を狂わせる程のものとなればもはや契約とも言える。
契約自体が力の源になっておるやもしれぬ、油断はするでないぞ」
朔夜の警告に頷き、今日の捜査は終了となる。




