瑞希と怪談と
「いらっしゃいませ」
輝度を落とした照明の店内。
煌びやかな空間を想像していたが、案外落ち着いた雰囲気だ。
ボーイに促されるまま、席に着く。
「失礼ですが、お客様は当店は初めてでしょうか?」
慣れない空間にきょろきょろとしてしまったのもあり、確認されてしまった。
まあ、ここで嘘を吐く必要もないか。
「ええ、紹介で来たんですが、今日は瑞希さんは?」
「ご指名ですね。ありがとうございます。丁度開いていますのですぐに参ります」
一礼をし、去っていくボーイの背を眺めながら慣れない店内を観察する。
調度品はどれも高級そうな見た目ではあるが、嫌らしい感じではない。
オーナーの趣味なんだろうか。個人的には好みだ。
酒を頼むのが定石なんだろうが、俺そこまで強くないしな。
弱った。
なんてことを考えて一人で悩んでいると、急に隣に女の子が座ってきた。
「始めまして。瑞希です。よろしくお願いします」
青いドレスに身を包んだ可愛らしい見た目の女性だ。
派手なモリモリの髪型を想像していたのだが、ショートカットなこともありシンプルな装いだった。
メイクは濃いめだが。
「こちらこそ初めまして」
こういう場合どういう切り替えしが正解なんだろうか。
女遊びの経験に乏しいのがこんなところで災いするとは。人生何があるか分からないな。
「お兄さんのお名前伺っても?」
瑞希さんは二コリと微笑みながら、話を振ってくる。
「廣守です。下は綾戸で」
「じゃあ、綾戸さんって呼んでも良いです?」
「ええ、勿論」
すっと、こちらの間合いに踏み込んでくる度量は流石と言える。
それでいて悪い気はしないのだから不思議なものだ。
「綾戸さんは初めましてだと思うんですけど、どうして私を?」
「知人から紹介されたんですけど、ちょっと怪談関係で」
「あー!成程。そっち方面ってことですね」
慣れたものなんだろう。一言で納得した様子だ。
「それじゃあ、せっかくなんでスペシャルコース行っちゃいます?」
スペシャルコースとは?
俺が疑問符を浮かべていると。
「ああ、ごめんなさい。別に高額請求とかじゃなくて、せっかく怪談するなら個室でどうですかって意味です」
「そういうことなら是非。お恥ずかしながら金持ちって訳ではないので手加減して貰えると有難い」
「安心してください。家の店はかなりリーズナブルですよ」
それを聞いて一安心だ。
瑞希さんがボーイを呼ぶ。
二、三言葉を交わすと、そのまま席を立つ。
「それじゃ行きましょうか」
瑞希さんに促され、奥の個室に移動する。
こちらは店内と比べてさらに一段と暗い。というよりも、照明は必要最低限という感じだ。
「それじゃ、準備しちゃいますから、そこに掛けて下さい」
促されソファーに座る。その間に瑞希さんはテーブルの上に蝋燭を立て火を灯す。計八本。
全てに火を灯し終わると部屋の照明を落とす。
「ご紹介でいらしたとのことですが、何かお目当てのお話はありますか?」
「でしたら、絡新婦の話を願いしたいです」
その時、瑞希さんの瞳がすっと細められた気がしたが瞬きの間に元に戻っていた。
「では御所望の絡新婦の話から参りましょう」
絡新婦。元来は女郎蜘蛛と書かれるはずの妖怪の一種です。
この妖怪に関する伝承というもの自体は日本全国に存在するものであり、メジャーな妖怪と言っても差し支えないでしょう。
その外見に関する特徴と言えば、主に二つ。
一つは蜘蛛の人間の上半身と蜘蛛の下半身を備えたもの。
最近のアニメなんかではたまに見かけるアラクネを想像してもらえると分かり易いですね。
そしてもう一つは女性の姿。
それも綺麗だったり、妖艶だったりと人間離れしたものというのが多いですね。
そして、この女性の姿を用いて人間を惑わせる。
こういった行動と蜘蛛の糸結びつけ、漢文に当て嵌めたものが絡新婦という表記に繋がります。
絡新婦の話として多いものは切り株を身代わりにするというもの。これも各地に伝承が在ります。
近隣で有名な話としては賢淵の話でしょうか。
絡新婦に関する知識としてはここまでにして、この地方に伝わる伝承をお伝えしましょう。
怪談の内容まで含めようとしたら意外に長くなってしまったので分割です。
次回は怪談。
3日に更新予定です




