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妖奇譚 ~妖怪、幽霊、都市伝説、現世と幽世が交わる時~  作者: Tomato.nit
第二章 蜘蛛と猫と座敷童
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記憶

黒猫の記憶

寒い。


体が冷たくなっていく。


ぽつぽつと体を濡らす雨。


体温が少しずつ少しずつ奪われていく。


久しくご飯も食べていない。


お腹がすいた。


動こうにも力が入らない。


参ったな。


こんなところで死んでしまうのだろうか。


もう諦めてしまおうか。


目を閉じると、雨音だけが響いてくる。


ぽつ。ぽつ。ぽつ。ぽつ。


ぽつ。ぽつ。ぽつ。


ぽつ。ぽつ。


ぽつ。


ああ、雨の音も聞こえなくなってきた。


「ねえ、君。大丈夫?」


誰だろう。


想い瞼を開ける。


心配そうな目でこちらを見つめる少女の姿があった。


声を出そうにも、そんな力も出なかった。


「寒いよね?一緒にお家いこう?」


家?


どこに連れていかれるんだろう。


まあ、いいか。


このまま雨に打たれて野垂れ死ぬのも、どこかに連れていかれるのもそう大差はない。


「どう?熱くない?」


雨は嫌いだ。


濡れるから。


でも、この温かい雨はなんだろう。


体はどんどん濡れていくけど、さっきまで冷え切っていた体はいつの間にかポカポカする。


「さあ、体を拭くね」


ふわふわとした布に包まれる。


わしゃわしゃと体を拭かれ、水気はどんどん抜けていく。


「はい、できた!」


さっきまで降っていた雨はいつの間にか止んで、明るい。


不思議な場所だった。


ここが家なのだろうか。


「どうしたの?」


女の子が顔を覗き込んでくる。


「にゃあ」


ようやく声が出せた。


「あ、鳴いた!元気になったの?」


でも、僕の言葉は通じない。仕方ないか。人間には猫の言葉は分からないだろう。


「お腹すいてるよね。ちょっと待ってって!」


パタパタと女の子が駆けていく。


置いていかないで欲しい。


僕もそのあとを付いていく。


「あれ、ついてきた。寂しいのかな」


何か、カチャカチャと音を立てて、コトリと目の前に置かれた。


白い水?


匂いを嗅いでみると、どこか懐かしい匂いがした。


ペロ。


一口舐めてみる。


あ、美味しい。乳の味だ。


懐かしいのはそのせいか。


お腹がすいていたからか、舐めるのが止まらない。


あっという間に無くなった。


「にゃー」


ありがとう。って言ってみたけど。


「えへへ、喜んでくれたかな?」


伝わったのかな?女の子は嬉しそうに笑っている。


それが女の子、香澄ちゃんとの出会いだった。


最初は渋っていたお母さんも、飼うのを許してくれた。


ご飯をいつもくれるからお母さんも好きだった。


お父さんは普段はそっけないけど、夜に二人になるといっぱい遊んでくれた。


なんで、香澄ちゃんやお母さんがいると遊んでくれなかったんだろう。


こっそりおやつもくれるし、僕は好きだったんだけど。


香澄ちゃんは大好きだった。


何時も優しい。


おもちゃで遊んでくれた。


たまに肉球をふにふにされると少しくすぐったかった。


一緒に寝ると暖かかった。


暑い夏も、寒い冬も一緒に寝た。


香澄ちゃんと同じ布団で眠るのが僕の一番好きな時間だった。


幸せだった。


温かい寝床。


美味しいごはん。


大好きな人。


生まれてきてよかった。


本当にそう思った。



その日も寒かった。


朝目が覚めると、窓は結露していた。


香澄ちゃんの足も冷えていた。


まだ起きるまで時間がある。


冷えてると寒いよね。だから、足に乗って温めた。


そんな冬の日の日常の光景。


香澄ちゃんが目覚め、一緒にリビングに行く。


今日の朝ごはんはトーストらしい。


カリカリを食べ終わってストーブに当たっていると、香澄ちゃんが一口くれた。


学校に行く香澄ちゃんを見送り、家にはお母さんと僕だけになった。


お父さんはいつも早くに会社に行く。


リビングに降りる頃にはもう家にいない。


「じゃあ、買い物いってくるね」


「にゃー」


今日はお買い物の日らしい。


返事をして、何をしようか考える。


といっても特にすることはないけど。


そんなことを考えていると眠気が襲ってきた。


寝てしまおうか。


お気に入りのクッションを踏んで形を整える。


うん。いい感じ。


クッションで丸くなるとすぐに瞼が閉じた。


「ただいまー」


扉を開ける音と共に、お母さんが帰ってきた。


玄関にお出迎えにいく。


「ノンちゃん、ただいま」


「にゃー」


「この子、本当によく鳴くわね。言葉分かるのかしら?」


僕は分かるけど、皆は僕の言葉分からないんだよね。


ちょっと寂しい。


洗濯したり、ご飯を作ったり、忙しそうなお母さん。


お手伝いはできないから見守るだけ。


洗濯物の山はふかふかで気持ちいけど、毛が付くと怒られる。


抜けるものは仕方ないと思う。


お母さんのおやつの時間。


「今日はバームクーヘンだよ」


なんだろう。木みたい。


「はい、一口どうぞ」


この時間はいつもおやつを少しくれる。


あ、これ美味しい。


気が付くともうなくなっていた。残念。


お母さんがおやつを食べ終わる。


後はお父さんと香澄ちゃんが帰ってくるのを待つだけだ。


そう思って家の中をうろうろしていると。


かたかたと床が揺れた。


何だろう。


そう思っていると、体がグワングワンと揺さぶられる。


周りの家具は倒れて、食器は割れる。


そこら中から、大きな音が鳴り響く。


怖い。


どれくらいの時間がたったのか。


揺れは収まった。けど、電気も消えて暗くなった。


家の中はめちゃくちゃ。


お母さんのところに行くと、とても慌てていた。


「やっぱり電話もだめか。この時間だと、香澄は学校。パパは会社かな」


「にゃあ?」


「ああ、ノンちゃん無事で良かった」


ぎゅっと抱きしめられる。


「これくらいの地震だと、学校は避難するよね。まずは無事を確認しないといけないし、避難所か」


難しくて良く分からない。


でも、なにか大変みたいだ。


「よし、それじゃあノンちゃんは家に居てね。皆を連れてすぐ戻るから」


「にゃあ」


お留守番をしておけばいいみたい。それなら大丈夫。


待ってる。


「良い子ね。それじゃあ、お留守番よろしくね」


そう言ってお母さんは外に出て行った。


お留守番か。


家が暗くて少し変な気分。


いつもは明るいのに。


でも、夜寝るときは暗いか。


ぐちゃぐちゃになった家の中。


ちょっと歩き辛い。


普段は怒られるけど、テーブルの上に飛び乗る。


ここはものが少なくて歩きやすい。


外で何か音がする。


ゴゴ、ゴゴゴ。


地響きみたいな音。


さっきの揺れと同じかな?


でも、しばらくしても揺れはこない。


音はどんどんと大きくなる。


その後。


家に衝撃が走った。


次の瞬間、バキバキと音を立てて、壁が崩れ、外から水が流れ込んでくる。


水嵩はどんとん増えていき、いつしか、テーブルの上すら水浸しになる。


逃げ場はなかった。


成すすべなく、水に飲まれた。


息ができない。


苦しい。


そこで意識が途絶えた。


次に目覚めた時。


そこは全く知らない場所だった。


久々の外。


早く家に帰りたい。


皆に会いたい。


その一心で家の場所を探した。


でも、家を見つけることはできなかった。


知っている景色も、懐かしい匂いも。


全部が無くなっていた。


それでも、皆に会いたい。


それだけを糧に今まで生きてきた。


地震も津波も。


長く生きて何なのかを理解した。


香澄ちゃんたちが今も生きているという保証はない。


それでも僕にできるのは歩き続けることだけだった。


また会えることを信じて。


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