巡るもの
エピローグです。
人形神を打ち倒してから早三日。
ようやく体が動くようになった。
と言ってもこの三日間はほぼずっと眠っていたのだが。
満身創痍のまま宿に戻った俺たちを出迎えてくれたのは他でもない花子さんだった。
「どれだけ!心配!したと!思ってるのよ!」
開口一番叱られる。
無理もない。
その叱りを受け止めたいのは山々なのだが、如何せん、体は殆ど動かない。
「ちゃんと約束守っただろ」
「当たり前でしょ。でも、無事に戻ってきたんだし、お帰り」
「ただいま」
そこで、俺は力尽きた。
そのまま二日間眠り続け、無理に念を使ったり、体を酷使した反動なのか、全身の痛みで目覚め、気を失ってを繰り返した。
そして今日。
全身に燃えるような痛みとけだるさはあるものの、ようやく体を起こせる程度にはなった。
「どんだけ寝てんのよ」
寝起きに降り注いでくる花子さんの罵声。しかし、今となってはそれすらも心地よく感じてしまう。
いや、決して俺が見た目小学生の女の子に罵られて喜んでいる訳ではない。
誰に言い訳するでもないが、自分の心の平穏を保つために補足したい。
「というか、花子さん縮んでないか?」
そうなのだ。部屋に帰ってきたときは見間違いかとも思ったが、改めて見ると小さくなっている。
前までは小学校高学年くらいだったのが今は低学年くらいになっている。
「夜叉さんに持たせたお守り。あれ作るのに力使っちゃったから仕方ないじゃん」
「お守り?」
はて、見覚えが無いが。
「口に放り込んだであろう。あれよ」
夜叉からの補足が入る。
ああ、あれか。
飴玉かと思ったけど。
「だから飲み込んだ時に花子さんの声が聞こえたのか」
「はあ?飲んだの?飲み込んじゃったの!?」
突如、俺に掴みかかる花子さん。そのまま、がくがくと体を揺さぶられる。
「出して!すぐに出して~!返してくれないとちっちゃいままじゃん!」
「痛い、いたい、ちょっと揺するの止めて」
まだ、傷は治っていないらしく、揺さぶられる度に血が噴き出す気がする。
「もう手遅れであろうな。あれに込められておった念は綺麗さっぱり使い果たしてしもうたしな」
がーん。という擬音が聞こえてきそうな表情で花子さんが固まる。
「なんか、ごめんな?」
「ごめんで済んだら警察は要らないの。どうするの。ねえ、どうしよっか!?」
随分と錯乱している様子。
「というか、この前自分で大きくなってた気もするけど」
美佳さんのプレゼント選びに付き合ってくれた時は俺たちと同年代くらいの見た目になっていた。
「違うの。今でも姿は変えられるけど、ベースがこのままだと、見た目が変えられる幅も小さくなるの」
「ちなみに今の限界は?」
「中学生くらい」
しょんぼりと答える花子さん。
JC花子さんが限界なのか。高校には出没できないな。
「それは確かに困るな。っていうか念でいいなら俺のを分けてあげるっていうのはダメなのか?」
「駄目じゃないけどさ。今の綾戸君て魂ほとんどないんでしょ。そんなことできるの?」
ちょっと待ってくれ。
初耳だ。
「え、俺って魂ほとんどないの?」
「え」
花子さんと二人してきょとんとする。
ん?なんでそんなことになってるんだ?
ふと、夜叉の方を見ると、しまったという顔をする。
「そういえば説明しておらなんだ。すまぬ」
いや、頭を下げられても。
「あの時は時間が無かったからのう。簡単に説明すると、お主の魂を幾らか代償にして我をお主の式神にしたのよ」
全部初耳である。
「なにがどうなってそうなるんですか?」
「ちゃんと聞いたであろう?お主は我と共に歩む覚悟があるかと」
確かに聞かれはしたが。
「我の真の姿はあの時に見せた通り。その本質は使役されることにある」
白銀の髪の夜叉の姿を思い出す。
その状態が本来の姿らしいが。
「本来式神とするには儀式なり調伏するなりせねばならぬの。しかし、その時間もなかった故、
名付けを持って我を式神とした。そのためにお主の魂を使ったという形であるな」
理屈は分かった。
それよりも。
「え、夜叉って俺の式神なんですか?」
式神って具体的にはどういう存在なのかはよく分からんが。
イメージとしては、こう、札から呪文で呼び出すみたいな。
「式神というても、お主が死ねば我も死ぬという縛りが追加されたくらいであるがな」
事も無げに言うが、それは滅茶苦茶重要なことなのではないだろうか。
かつてのドッペルみたいな。
「という訳で、これからもよろしく頼むぞ。主様」
妙に気恥しい。
「その呼び方はなんだか照れくさいです」
「何を言うておる。名実ともに主なのだから当然であろう。というよりも前から気になっておったが、主様は何故我には敬語なのだ?」
主様は変えてくれないらしい。ニヤニヤしながら言っている。
「そりゃ命の恩人でもあるわけですし」
「うむ。却下」
何だと。却下されてしまう。
「いや、そう簡単には変えられないでしょう」
しかし、夜叉は一切の反応を返さない。それどころかそっぽを向く。
「あの、夜叉さん?」
これは敬語を止めるまでこのままなのか?
「おーい。夜叉?反応してくれ」
意を決して、敬語を止める決意をする。がそれでも反応は無くそっぽを向いたままだ。
何故だ。
「名前」
ぼそりと夜叉が呟く。
名前、か。あの時は無我夢中でつけた名前だが、まさかこう来るとは。
「じゃあ、えーっと。朔夜?」
「うむ。それでよい」
名前を呼ぶと、満面の笑みで返され、ドキリとする。
そういえば、キスしたんだよな。なんてことを考えると、顔が熱くなる。
「ねえ、二人の世界に入るのは勝手だけどさ。あたしのこと忘れてんでしょ」
じとーっとした目の花子さんがずいっと俺たちの間に割り込んでくる。
ごめんなさい。すっかり忘れてました。
そして、今のやり取りは客観的に見るとすごく恥ずかしい。
「忘れてたわけじゃないんだけどさ。こっちはこっちで衝撃の事実が判明したんだよ」
「知らなかったことの方がびっくりだし。その割には全然堪えてないみたいだし」
「だって最近まで魂欠けた状態でずっと過ごしていた訳だし。今更多少減ってもなあ」
特に実害がないなら問題は無い。
「無駄に前向きで怖いんだけど。綾戸君がその調子だと、悩んでるあたしが馬鹿みたいじゃん」
「いやいや、花子さんは実害あるし仕方ないんじゃないか?」
「そりゃそうなんだけど。なんかモヤる」
どうしろと。
「月光で食らった魂ならくれてやるが、どうかのう」
夜叉もとい朔夜から予想外の提案が来る。月光で狩った魂って取り出せるのか。知らなかったぞ。
「えーと、その刀で切ったのって悪い妖怪とかでしょ?」
「妖怪だけではないがな。幽霊なり、都市伝説なり、人に仇名す怪異は須らく」
「お腹壊しそうだし、パスで」
気持は分らんではないが、そんな食あたりみたいな。
「ふむ。無理にとは言わんが。しかし、これも無理となると時間で解決するしかなかろう?」
「そうなんだよねー。まあ仕方ないし、暫くは現世でのんびりしよっかな」
「バカンス気分か。どこか行く当てでもあるのか?」
「綾戸君の家に転がり込んでもいいんだけど、それは最終手段かな。丁度心当たりもあるしね」
「だったらいいんだけど。その時は遠慮なく言ってくれ。なんか、俺のせいみたいだし」
知らなかったとは言え、罪悪感は感じるものだ。
「はいはい。そん時はよろしくね」
とりあえず、この場にいる者の問題は片付いたらしい。
解決の目途が立っただけで、事態は一切変わっていないが、それは仕方ない。時間でしか解決できないことも多々あるものだ。
で、最後の問題だ。
机の上に鎮座している一体のフィギュア。
ドッペルの依り代になっていたものだ。
「朔夜、あれどうしたらいいんだ」
皆の視線がフィギュアに注がれる。
「人形神の魂は確かに月光で喰ろうた。後はこれをどうするか、といったところかのう」
そう言って夜叉は懐から紫色のビー玉のようなものを取り出す。
「それは?」
「人形神は復体を完全には取り込めてはおらなんだようでな。残りを月光から切り離した」
「なら、それをまたフィギュアに入れればドッペルは復活するってことか!?」
正直、人形神を討伐した時点で半ば諦めかけていた選択肢に思わず声が大きくなる。
「いや、残念ながら完全には無理であろう。ここに残っておるのは復体自身の魂の欠片とでもいうもの。
あやつが核としていたお主の魂は綺麗さっぱり人形神に喰われておる。これを戻しても以前のあ奴には戻れんであろう」
「仮にそれで復活させた場合ってどうなるんだ?」
「正直やってみんことには分らん。奴の性根が腐っておらぬ限り妙な妖が生まれることは無いであろうが」
あいつの性根が腐っていると俺の性根も腐っていることになる気がするんだが。
うーん。清廉潔白な人間だと自信を持って言えるか。と聞かれると返答に困るが、極悪人ではない。はずだ。
「だったら試してみたい」
それが俺の正直な気持ちだ。
ドッペルに会えるのであればもう一度会いたい。
ただそれだけだ。
「そう言うと思っておった。しかし、問題が一つ」
「というと?」
「あの依り代には全く念が篭っておらぬ。大方、人形神が吸い尽くしたのであろうが、あれでは只の入れ物に過ぎぬ」
ドッペルにしろ、コンにしろ、器を用意した上で俺の妙な念があるから顕現できているんだった。
「だったら念を込めればいいのか」
「とはいえ、今の主様には荷が重かろう。理由は花子さんの時と同じよ」
あー、そういえば俺の魂ちょっとしかないんだ。
「手が無い訳ではないから安心するがいい。今直ぐにという訳にはいかぬが」
「少し引っかかるけど、どうするんだ?」
「家に戻れば、念の籠った人型は沢山あろう。それを使えば良い」
なるほど。コンと同じ方式か。
果たして成功するかは分からないが、可能性があるなら賭けてみよう。
「そしたらまずは家に帰らないとだね~」
「だな。寝るのも飽きたし帰ろうか」
花子さんに賛同し、帰り支度を始めるが、疑問が一つ。
「そういえば花子さんはどうするんだ?」
いつもなら、勝手にトイレに入っていってそれで終わりなのだが。
「目的地は殆ど一緒だし、どうせ車でしょ?途中まで乗っけていってよ」
どうやら同乗するらしい。
道中は人数が多い方が気が楽だ。今の状態で朔夜と二人きりというのはどうにも気恥ずかしい。
ここから自宅に戻るとなると一日では強行軍だな。
どこかで一泊するのがいいか。
「ねえ、ねえ、どこかで一泊するの?」
既に旅行気分の花子さんは目を輝かせながらそんなことを聞いてくる。
「うん。流石に遠いしそのつもりだけど」
「だったらさ、ここ行ってみたい!」
いつの間にか自分の物のように俺のスマホを弄り回していた花子さんが、とある宿のホームページを見せてくる。
場所的には丁度いいか。
「なんでそこが良いんだ?」
「ここね、出るらしんだよね~」
「出るって何が」
「おばけ」
ぶっちゃけ今更、霊くらいでは驚かないが、正直今日くらいは勘弁願いたい。
不満そうな俺の顔に気付いたのか。
「あー、大丈夫。大丈夫。ここのおばけは別に悪さしないんだって」
中にはそういうのもいるんだろうけど。
「じゃあ、何するんだ?」
「男の人が寝てると跨ってきて、気持ちよくしてくれるらしいよ」
痴女じゃん。痴女の幽霊ってある意味普通の悪霊より質が悪いと思う。
「いや、それ十分悪霊の類だろ」
「でも、男の人はみんな気持ちよくなって次の日の朝を迎えるって。中には気持ちよすぎてぐったりする人もいるらしいけど」
「それ、搾り取られてるじゃねえか」
「ん?なんか勘違いしてない?」
「ん?」
何か話が噛み合っていない。
「その幽霊は一体何をするんだ」
「足つぼマッサージだよ?」
更に目的が謎過ぎる。
「なんでも、生前はそこそこ名前の知れた施術師さんだったらしいんだけど、事故で亡くなっちゃったらしいよ。
でも、すべての働く男の足を癒すまでは死ぬに死ねない。ってことで地縛霊になったとか」
思ったよりも健気だった。そしてめちゃくちゃ綺麗な志だった。
「でも、なんで男限定なんだ?」
「ゲイだから」
まさかの男だった。
なんというか、勘弁願いたい。
「俺はパスかな」
「ちぇー、気持ちよくてあひんあひん言ってる綾戸君見てみたかったんだけどなー」
けらけら笑いながら花子さんが言う。
「今度竜胆にでも連れて行ってもらえよ。あいつなら喜ぶんじゃないか?」
「それもそっか。今度お願いしてみようっと」
何の根拠もないが自分の身を守るために竜胆を売ってしまった。
まあ、酔った美香さんを押し付けてきた借りだ。大人しく俺の身代わりになれ。
そんなこんなでその日は普通の宿に泊まり、家に着いたのは翌日の夕方。
逢魔が時。なんていうと禍々しいが、夕暮れ時だ。
「ただいま。って今は誰もいないか」
久々の我が家は静まり返っていた。誰もいない部屋に帰ってくるというのは随分久々に感じる。
「おじゃましまーす。ここが綾戸君の家なんだね~」
きょろきょろと物珍しそうに家を物色する花子さん。好きにさせておくか。
「あれ、狐ちゃんは?」
そうか。すっかり忘れていた。竜胆たちに押し付けっぱなしだった。
家で一人は退屈だというから、適当な理由をつけて宅急便で送付しておいたのだが。
「竜胆に預けてるんだけど、呼ぶか?」
「あ、じゃあスマホ貸してよ。あたしがお話しておくから」
「はいよ。俺たちはドッペルのこと試してみるから」
花子さんはリビングに残し、朔夜と二人で作業部屋に入る。
「使うのはこれがよかろう」
棚に飾ってある中から一体のフィギュアを取り出す。以前に少し危険だと言われたもののうちの一つだ。
「コンの時みたいに念を逆転させればいいのか?」
「いや、コレに関してはその必要はないであろう。触れてみよ」
促されるまま、フィギュアに触れると、成程。感じるのは陽の気だ。
以前に時間が経てば性質が入れ替わるだろうと言われたが、こうして目の当たりにすると納得せざるを得ない。
「後はどうすれば?」
夜叉が懐から例の紫の玉を取り出す。
「コレを入れればそれで終いよ。もう一度聞くが、どうなるかは分からんがそれでも良いか?」
「ああ。それでもやるよ」
紫の玉を受け取り、呼吸を整える。
もう一度。
俺たちの元に戻ってきてくれ。
願いを籠めて、紫の玉をフィギュアに重ねる。
僅かな抵抗を感じ、少し力を加えると、フィギュアの胸元にするりと飲み込まれていく。
すると、脈動するようにフィギュアが発光する。
ドクン。
ドクン。
俺の鼓動と重なるように、紫の光が明滅する。
徐々に大きくなる光が、一際大きく輝き、部屋中を明るく包む。
光が収まった中。
部屋には人の影が佇んでいる。
カーテンの隙間から漏れる、夕焼けの光がそのシルエットを映す。
「ドッペルなのか?」
「はい。でもあり、いいえ。でもあります」
凛とした声が発せられた。
鈴の音のような優しい響き。
明るさに慣れた俺の瞳に映ったのは、メイド服の美少女の姿だった。
元になっているのは言わずもがな、俺の作ったフィギュア。ソレをそのまま大きくした外見だ。
クラシカルなメイド服に、ヘッドレスト。その下にはショートカットの可愛らしい顔立ちが覗く。
「ただいま戻りました。綾戸様」
「ああ、お帰り」
優しく微笑む少女。姿形は変わってしまったが。
「さて、感動の再開に水を差して悪いが、貴様は自分が一体どういう存在なのか説明できるか?」
肝心のところに一気に踏みこんでいく朔夜。
確かに気になるところだが。
「勿論です。そのことをお話するには少し時間がかかりそうですから、お茶でも入れましょう」
促されるままに、リビングに戻ると突然の人数の増加に驚く花子さんがいた。
「め、メイドさんだ!綾戸君のそっくりさんがメイドになっちゃたの?」
「簡単に言うとそうなるのか?その辺はこの後説明してくれるらしいけど」
「ふーん?じゃあ、あたしも聞いていい?」
「いいんじゃないか。それより竜胆たちはなんて言ってた?」
「あ、そうだった。すぐに来るって言ってたよ」
花子さんはが言い終わると同時に。
ピンポーン。
チャイムの音が鳴り響く。
「私が出ますね」
台所から声が響きそのまま、ガチャリと扉の開く音がする。
「綾戸!無事ならちゃんと声くらい聞かせろ!って、メイドさんだ!」
竜胆の声が響く。
「これはこれは、竜胆様ようこそおいでくださいました」
「綾戸君、メイドさんと暮らしていたの?」
「美佳様ですね。初めまして」
「ええ、初めまして?」
「ん?誰かと思えばドッペルか?随分イメチェンしたんじゃな」
「コン様もお帰りなさいませ。こんなところではなんですからどうそ中へ」
そのままぞろぞろと足音が響いてくる。
結局リビングには総勢六人が屯することになる。
流石に手狭に感じる。
「それでは僭越ながら、私の身の上話をさせていただきましょう」
「去る日、ご存じの通り私の体は人形神に乗っ取られました。
元々は綾戸様の中に巣食っていたらしいのですが、私がこの世に誕生する際に、僅かな綾戸様の魂の欠片と共に私の中に紛れ込んだようです。
その後は、少しずつ、私や綾戸様を通して力を蓄え、十分な力を得たところで遂に私を乗っ取ったのです」
やはり、俺の中に居たものだったのか。
そういえば交差点の怨霊と戦った時に謎の声を聴いた気がしたが、あれも奴の物だったのか。
「その後、私の魂は人形神に取り込まれ、ゆっくりと溶かされるのを待つだけでした。
しかし、人形神が美佳さんを害したことをきっかけにその力大きく削がれました。
その際に僅かな欠片を残した所、夜叉様が救ってくださいました。
そして、再び呼び起こして頂いたのが私になります」
そこで全員が一息つく。
「で、肝心な質問なんだけど、ドッペルと同一の存在ってわけではないんだよな?」
そう、結局これが解決しないとどう接していいのか分からない。
「記憶や知識としては全て引き継いでいると思っていただいて構いません。
ですが、存在の目的と言いましょうか、行動の指針がやや異なります」
「ドッペルだと俺の代わりに仕事をすることが目的だったけど」
「ええ。そうですね。ドッペルだった最後の私が残したのは、ドッペルとして成したことの軌跡です。
その中で最も大きなことは、皆さまと暮らすこの生活です。言い換えれば、皆さまの為に働くことが私の存在理由になります」
確かに、ドッペルは仕事する以外には家事ばかりやっていたが。
「あれ、でも仕事の方は特に思い入れがなかったのか?なんだかんだで楽しんでいるんだと思っていたけど」
「いえ、それは間違いなく楽しんでおりました。ですが、今の私は働くことが目的ではありますが、仕事は手段の一つに過ぎません。
家事や皆様のお世話の方がより目的に合致するというだけですね」
「それが良いなら勿論そうしてくれ。俺も助かる」
「ありがとうございます」
にこりと微笑む。が、ここで一つ問題が。
「そうなると、今はドッペルではないんだよな?」
「そうですね。ドッペルと言われていた頃の私とは結構変わってしまいましたね」
エプロンドレスをつまみながら、自分の体をしげしげと眺めまわす。
「じゃあ、なんか名前つけた方が分かりやすいか」
「お名前頂けるんですか?」
「その方が都合良いだろう。どうするかな」
「綾戸様が付けて頂けるならどのような名前でも、喜んで」
最近どうにも名前を付けるイベントが多いな。
しかし、名前というのはどうにも第一印象に引っ張られるらしい。
初めて聞いたその声の響きから連想したのは、鈴。
「鈴なんてのはどうだ?」
「良い名前ですね。それでは、皆さまも私のことは鈴とお呼び下さいませ」
こうして、ドッペル改め鈴が我が家に戻ってきた。
ひと段落着いたところで、鈴がポンと手を打つ。
「綾戸様。少しよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
手を引かれ、台所に連れ出される。
「あの、ドッペルから伝言があるのを失念しておりました」
ぺこりと頭を下げる鈴。
「まあ、仕方ないだろ。状況が状況だし、で、あいつはなんだって?」
「それではお耳を拝借します」
俺の耳に口を近づけ、言葉を続ける。
くすぐったい。
「無断欠勤が続いたせいで、会社をクビになってしまった。すまない。だそうです」
「まじで?」
「残念ながらマジです」
こうして俺はヒモからニートにジョブチェンジしたのだった。
<悪意と崩壊の輪舞>編
これにて第一部終了です。
取り合えず現状で書きたかった部分まで勢いで書いてみた次第です。
花子さんの使い勝手が良すぎてついつい登場させがち。反省。
夜叉が式神になったり、ドッペルは美少女になったり、花子さんは更にロリになったり、綾戸はニートになったり。
色々と人間?関係にも変化が訪れたかなと。
この後は、脱ニートを行うために苦心する綾戸や、夜叉の過去、新たな怪異との出会いが繰り広げられる予定です。
閑話として、花子さんの下宿先や警官コンビとお狐様のドタバタなど色々と書きたいのはあるので、
もし読みたい話などあればお気軽にコメント頂けると嬉しいです。




