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妖奇譚~社畜やめて怪異と過ごす日々~ ※年内毎日更新  作者: Tomato.nit
海を越えた想い

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女子会 in Tokyo

朝の光がやわらかく差し込む。ホテルロビーで合流した三人は、昨日よりも少し打ち解けた空気をまとっていた。ミラは相変わらずアレッサの肩に乗り、こんはバックパックの奥からそわそわと外を覗こうとしている。


綾戸が鍵を回し、車のエンジンが低く唸った。「さて、今日はどこ回るか……鈴、任せるぞ」


「はい。昨日の続きとして、もう少し落ち着いた場所をご案内しますね」


そんな会話をしていた矢先だった。


綾戸のスマホが短く震える。画面を見た瞬間、眉がわずかに動いた。


「竜胆さんから?」鈴が問いかける。


「ああ。どうも急ぎの話みたいだ。すまん!先に行っててくれ。午後には合流できるかもしれない」


アレッサが不安そうに首をかしげた。「綾戸さん、行ってしまうです?」


「悪いな。ちょっと仕事だ。鈴ならしっかり案内できるさ。、こん……お前は絶対に大人しくしてろ」

「わらわは常に大人しいのじゃ!」


「昨日の浅草寺で三回出ようとしたやつが何を言ってんだ」


こんがむくれつつも、鈴のコートのポケットの中へ沈んだ。


綾戸はアレッサに小さく笑みを向ける。「すぐ戻る。何かあったら鈴に言え」


アレッサは胸の前で両手を重ねた。「気をつける、です」


綾戸が去っていく背中を見送り、残されたのは鈴、アレッサ、ミラ、そしてポケットの奥でもぞもぞするこん。


鈴がほっと息をつき、微笑んだ。「ではせっかくなので、女子だけで行けるところに、行ってみます?」


アレッサの目がぱちりと輝いた。「女子だけ。それ、楽しそうです!」


ミラが羽をふるふると震わせ、賛成の意を示す。


向かったのは、都内の女性専用カフェ。落ち着いた内装で、季節のスイーツが人気の店だ。


アレッサが入った瞬間、目を輝かせた。

「かわいい、です! 香りも甘いです」


鈴は自然と笑顔になり、席へ案内した。

ミラは小さな姿なので、アレッサの肩にそっと座っている。こんはバックパックの奥から、そわそわと外を覗いているが、鈴がひじで軽く押して戻す。


「ここは女性しか入れないので、落ち着いて過ごせますよ」


アレッサは席につきながら、ちらりと鈴を見つめた。


「鈴さんは、こういうところ好きですか?」


「はい。甘いものも好きですし、こういう空間も落ち着きます」


「わたしも、好きです。いい匂いです」


ミラがくすくす笑うように羽を揺らした。


ケーキが届き、ほんのり甘い香りが漂う頃。

アレッサがストロベリータルトをつつきながら、ぽつりと言った。


「鈴さん……ひとつ、聞きたいです」


「なんでしょう?」


「あなたはミラに似ているように、見えるです。でも、普通の人、みたいです」


鈴は驚くでもなく、静かに微笑んだ。


「ええ。実は私は、生まれたときから“普通の人間”ではなかったんです」


アレッサは姿勢を正し、ミラも興味深そうに耳を立てる。


「私は、もともと“ドッペルゲンガー”という怪異でした。綾戸様の影というか綾戸様から漏れ出して、しばらくはもう一人の綾戸様として過ごしました。」


アレッサは言葉を失い、タルトのフォークを持ったまま固まった。


「ドッペルゲンガー。見たことが、あります。向こうにも、似た存在はあるです。姿を写す、怪異」


鈴の目がわずかに陰を落とす。


「ええ。そのあとも色々あったんですけどね、結局ドッペルゲンガーのままではいられなくなって、新しい依り代をいただいて。今の姿になりました」


アレッサは胸に手を当て、鈴をじっと見つめた。


「鈴さん。あなたは、自分を、人だと思っているです?」


「はい。怪異としての特性は残っていますが、“今の私は、廣守探偵事務所の一人”だと思っています」


その言葉に、アレッサの表情がやわらかく緩んだ。


「……いいです。すごく……きれいな話、です」


鈴は少し照れくさく笑った。


ミラがちいさな手をぱたぱた振る。まるで“すてき、すてき”と言うように。


アレッサは、ハーブティーの香りを吸い込みながら語り始めた。


「わたしの国にも、似た話があるです。“ホムンクルス”。瓶の中で作られる命の話です」


鈴は興味深く耳を傾けた。


「人が作った命、ですね」


「はい。でも、それはたいてい悲しい話です。誰かの願いのために作られて、それで……終わるです」


鈴は一瞬、綾戸を思い浮かべて微笑む。


「綾戸様の作るものは、少し違いますよ。誰かのためだけでなく、“その存在自身のため”でもありますから」


アレッサが小さく笑った。「それは、すごく、素敵です」


ミラがアレッサの肩で頷くように揺れた。


そのとき、ポケットからこんがひょこっと顔を出す。

「わらわも綾戸の作るものは好きなのじゃ!」


「こら、声が大きいですよ」鈴が慌てて押し戻す。


アレッサはくすくす笑い、ミラも羽を揺らして大喜びしていた。


こうして、女子だけの時間は穏やかに過ぎていく。


外の光がやわらかく揺れ、午後のカフェの空気はゆったりと温かかった。


アレッサはこの時間そのものを胸に刻むように目を細める。


——日本の怪異の世界は、怖いばかりではない。


——“縁”によって、美しく生き直すこともある。


その気づきが、アレッサの心にひっそりと根を下ろし始めていた。


カフェを出て歩き出したころ、アレッサはふと立ち止まり、胸元を押さえた。鈴が気づき、そっと覗き込む。


「大丈夫ですか?」


アレッサはゆっくり呼吸し、困ったように笑った。


「また、です。あなたを見てると、“知ってる”気がするです。会ったこと、ないのに」


鈴はほんの一瞬だけ目を細めたが、すぐに柔らかく微笑む。


「綾戸様にも、既視感があったんですよね?」


「はい。こんちゃんにも、です。なんでか……すごく自然で、安心する……」


アレッサは自分の胸に手を当て、不思議そうに指先をすべらせた。


「まるで、どこかで、ずっと一緒にいたみたいな感覚です。変ですよね?」


鈴は静かに首を振る。


「変ではありません。もしかしたらどこかで会っていたのかもしれませんよ?」


アレッサはその言葉に救われたように微笑むが、その奥に、説明のつかないざわつきが残っている。


(でも、懐かしいのに、自分の懐かしさとは違う気がする)


その胸のざわめきと呼応するように、アレッサの背後。


背負われたバックパックの中であの宝石がカタリと小さな小さな音を立てる。

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