綾戸とアレッサ2
黒猫は空港の業務用通路へと迷い込み、綾戸とこんが追い詰める形になった。アレッサは遠巻きにその様子を見守り、ミラは不安げに肩で震えている。
ものの数分で――黒猫はこんの華麗(?)なジャンプに驚き、真っ先にキャリーへ自ら飛び込んだ。
「よし。入ったな」
綾戸は猫をなだめつつ蓋を閉め、深く息を吐いた。
「猫さん、つかまった、です」アレッサはほっと胸をなでおろす。
「当然じゃ!」とこんが胸を張る。「わらわの勘は完璧なのじゃ!」
(さっきまで見当違い連発してたくせに……) と綾戸は心の中でだけ突っ込んだ。
黒猫をキャリーに入れ、依頼者へ返す段取りを空港スタッフに任せたあと――綾戸はアレッサへ向き直った。
「よし。アレッサさん、宿まで送ろう」
ミラがぱっと明るい光を放ち、「安心して」と言うようにアレッサの肩にとまった。
アレッサは何度も頭を下げ、「ありがとうございますです」と繰り返した。
空港を離れ、綾戸の車で高速に乗り込む。ミラはアレッサの膝に座って静かに周囲を観察している。
フロントガラス越しに流れる街並みを眺めながら、綾戸は切り出した。
「で、アレッサさん。父親の荷物ってやつ、どこにあるんだ?」
アレッサはバッグから母の遺した封筒を取り出し、おずおずと指で住所を示した。
「ここです。母の手紙に“最後の荷物はここに残ってる”って」
綾戸は紙を一瞥し、眉を動かす。
(間違いない。あの呪物を回収した場所)
呪物を回収したのは、朔夜と零課の面々。
アレッサが続けた。
「母、あまり詳しく言わなかった、です。でもここに来てから……胸が、ざわざわして……」
ミラが淡く光る。アレッサの言葉を肯定するように。
「行くべき、って。そんな感じ、です」
こんが脇から顔を出し、「気配じゃな」と鼻をひくつかせた。
綾戸は腕を組み、複雑な表情で窓の外に視線を逸らした。
(伝えるべきか?事務所に“あれ”が保管されてるって)
(だが、本人の準備も整ってない。今知らせたら動揺するだけだろ)
悩みが胸で重く沈む。
ミラがアレッサの手に乗り、そっと頬に触れた。慰めるような動き。
アレッサは小さく笑う。「ミラもなんだか心配してる、です」
(この子たちからは悪意みたいなものは感じないし、二人の関係も友達みたいなもんか。)
綾戸は深く息を吐く。
「まあ、まずは宿だな。旅はそれからだ」
アレッサは素直に頷いた。「はい……です」
古い観光地にあるビジネスホテル。大きくはないが、落ち着く雰囲気だ。
フロントでチェックインを済ませたアレッサは、部屋に荷物を置くと綾戸へ振り返った。
「綾戸さん。今日、ほんとうにありがとう、です」
ミラも綾戸へ向かって小さく頭を下げるように光を揺らす。
「礼はいらねぇよ。困ってるやつを放っといたら、あとで鈴に怒られるしな」
「あなた、怒られるです?」 「まあ、あいつら口うるさいからな」
アレッサはくすっと笑う。
そして――少しだけ迷い、意を決した表情で言った。
「綾戸さん、明日、時間あるです? その少し、日本、案内してほしい……です」
ミラが「そうだそうだ」と言うように明るい光を放つ。
綾戸は額に手をあてた。
(案内だけなら問題ないが、あれと引き合わせるかは慎重に見極めないとな)
だが、アレッサは不安と期待が混ざった瞳で綾戸を見つめている。
「今日は疲れただろ」
「はい……すこし、ねむい、です」
「じゃあ、明日考えよう。案内するにしても、体力ないと楽しくないしな」
アレッサは嬉しそうにうなずいた。
「はいっ! 明日、よろしくいねがいしますです」
ミラも満足気に光を揺らした。
ホテルを後にし、車に乗り込んだところでこんが再び顔を出す。
「あの娘は、事務所に置いてある箱の関係者なんじゃろ?」
「ああ、間違いない。怪異が見えてたのは正直驚いたけどな」
そこで、ふとこんは不服そうに頬を膨らませる。
「あのちっこいのはなんじゃ?わらわ初めてみたのじゃ」
「あ、そういえばあの時はお前いなかったか。あれはフェアリーっていって妖精みたいなもんらしい。この前事務所に依頼に来てたぞ」
街の景色が流れていく。
エンジン音が一段と響く車内で、夜の香りが一つ強くなる。
夜の街を走る綾戸の車内。アレッサの宿を離れた直後、スマホが震えた。
画面には短い通知——
【竜胆】至急。来られるか。
助手席でこんが眉を寄せる。「竜胆からじゃな。いつも通り堅苦しい文面じゃ」
綾戸はため息をつきながらウインカーを切り、零課の入る別棟へ向けて車線を変えた。
「まあ、あいつが“至急”なんて言うときはろくでもない」
「今回は“箱”の関係か?」
「だろうな。……アレッサさんの件も多分向こうで掴んでる」
車は警視庁別棟の駐車場へ静かに滑り込んだ。
フロアの灯りは必要最小限。静かなはずなのに、どこか空気がざわついている。
利根川がコーヒー片手に振り向き、肩をすくめる。
「来たか綾戸。今日もお疲れさん。猫もターゲットも両方無事確保だって?」
「仕事と偶然だ。混ぜんな」
その後ろで綾瀬が端末を閉じ、淡々と椅子を回転させた。
「アレッサ・柏木。入国ログで確認が取れました」
竜胆は書類から視線を上げ、短く言った。
「綾戸。お前、既に接触しているらしいな」
綾戸は肩を竦める。「偶然だよ。空港で迷ってたから放っとけなかっただけだ」
利根川は口笛を鳴らす。「優しいなぁ。すっかり怪異の保護者だ」
「からかうんじゃねえよ」
竜胆は資料を綾戸の前に置いた。乾いた紙にインクのにおいがふわりと漂う。
「アレッサ・柏木。先日“箱”を生んだ呪物の持ち主——唯一の血縁者だ」
綾瀬が続ける。「彼女自身は正式な情報網に載っていませんでした。母親の遺品から“日本に残された物”を探すために来日した可能性が高いです」
利根川がモニターを指さす。「で、彼女は一般人ってことでいいのか?」
綾戸が頷く。「そこはなんとも言えんけどな。フェアリーを連れてた。名前はミラだ。このサイズの妖精が、肩からひょっこりな」
利根川は笑いながらも眉を上げた。「妖精って、ほんとに居たんだな」
綾瀬が静かに追記する。「彼女の能力は、先天的な“視える体質”かもしれない。俺や美香のように」
竜胆は書類を閉じ、厳しい眼で綾戸を見る。
「アレッサが探している“父の遺物”。それは今、そっちの事務所に預けてる呪物と同一のものだ」
綾戸は眉間を押さえ、低く呟いた。
「……確定か。薄々分かってたけどよ」
竜胆の声はいつも通り淡々としているが、緊張が滲んでいた。
「呪物とアレッサをすぐに引き合わせるのは危険だ」
頷く綾戸に綾瀬が続ける。
「朔夜さんから報告は受けていますが、まだ 不安定なんですよね?」
「ああ。中身はよくわからん土の人形だ。正直、どういうものなのかはこっちでもよくわかってねえ」
利根川が空き缶を弄びながら言う。「接触は段階的にな。触らせてドカーンてのは勘弁してもらいたい」
綾戸は腕を組み、ため息をつく。
「だよなぁ。明日、俺はアレッサさんの観光案内頼まれてるんだよ。引き離すのは簡単なんだが」
竜胆は頷く。「接触を続けてくれ。引き離すのに必要ならうちをだしに使ってくれても構わん」
利根川はにやっと笑う。「あとそのフェアリー俺や綾瀬も見えるのか?ちっさくて可愛いんだろ?」
「花子さんが見えるならもしかしたら見えるかもな。」綾戸は呆れ顔のまま肩をすくめた
—その時、こんが綾戸のフードからそっと顔を出す。
「真面目な話は性に合わんから黙っておったが、そろそろいいのじゃ?」
利根川がうれしそうに返す。「お、賑やかし担当もいたか」
「なんじゃそれ!」
フロアに小さな笑いが滲む。
竜胆が最後に言葉を締めた。
「アレッサ・柏木。彼女は危険ではない。しかし“呪物との関係”は未知数だ。 今回は慎重に動きたい。——頼んだぞ、綾戸」
綾戸は無言で頷き、コートの襟を整えた。




